86年全日本プロレス夏の陣「サマー・アクション・シリーズ」は7月4日埼玉県大宮市民体育館(現さいたま市大宮区)で開幕。
スタン・ハンセン、テッド・デビアス、ザ・デストロイヤー、ピート・ロバーツの4選手がシリーズ全戦参加、シリーズ後半戦にはブラッド・アームストロングが特別参加。
その前にシリーズオフの6月29日ジャパンプロレスの谷津嘉章が駒沢オリンピック公園体育館で行われたアマレス全日本選手権フリー130kg級に出場したことに触れておきたいと思います。
谷津は足利工業大学附属高等学校から日本大学を通してレスリングで活躍、日大在学中の76年モントリオール五輪では90kg級日本代表として出場し8位の成績。80年のモスクワ五輪にも出場が決まっていましたが、当時の米ソ冷戦状態から同盟国であるアメリカのボイコットに合わせて日本も参加をボイコットした為に「幻の日本代表」となりました。
その年の10月23日に新日本プロレス入団を発表、プロレスラーとしてのキャリアをスタートさせていますが、アマレスへの未練は絶ち難く、この日の出場となったものです。
谷津は1回戦で猿田充(山梨県民スポーツ事業団)に5分34秒、警告失格勝ち。2回戦では三田智康(日体大)に55秒、フォール勝ち。3回戦は不戦勝。準決勝では奈良英則(日大)に52 秒、フォール勝ち。
決勝戦では浅井勲に3分50秒、警告失格勝ちとなり見事優勝。谷津は「三十路(この年に30歳となる)の青春です。」とコメントし喜びをあらわにしました。谷津がプロでなければ次の88年ソウル五輪の日本代表となる権利を得たところですが、残念ながらプロの五輪出場が認められるようになったのは次々回、92年のバルセロナ五輪からで、谷津は結果的には2回も「幻の日本代表」となりました。
参加外国人のプロフィールにいきたいと思います。AWA世界ヘビー級、PWF世界タッグ王者のハンセンは3〜4月の「チャンピオン・カーニバル」以来2か月ぶりの来日、前回はジャンボ鶴田、長州力と互いのベルトを賭けて2回ずつ対決、4月5日横浜文化体育館での長州とのAWA世界ヘビー級、PWFヘビー級両王座を賭けたダブルタイトルマッチでの反則暴走によりPWFヘビー級のみ長州に王座を明け渡しました。
今回は長州との防衛戦は予定されていませんが、7月26日、金沢・石川県産業展示館で天龍源一郎の挑戦を受け、AWA世界ヘビー級王座防衛戦が決定。防衛に成功した場合はシリーズ最終戦、7月31日、両国国技館で鶴田とインターナショナル・ヘビー級王座とのダブルタイトルマッチが行われることになっています。
PWF世界タッグ王者デビアスもハンセン同様、3〜4月の「チャンピオン・カーニバル」以来2か月ぶりの来日、前回は4月12日、ハンセンとのコンビで長州&谷津組に反則勝ちでPWF世界タッグ王座の防衛には成功しましたが、4月26日、大宮スケートセンターでのUNヘビー級王座決定リーグ戦の決勝戦で天龍に敗れて、王座奪回は成りませんでした。今シリーズは天龍のUNヘビー級王座への挑戦はありませんが7月27日、長野市民体育館でタッグ無冠である鶴田&天龍組の挑戦を受けます。ここはすんなりと防衛して、長期政権を築きたいところ。
「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤーは前85年6〜7月の「熱風!サマー・アクション・ウォーズ」以来1年ぶりの来日、故郷で自宅のあるニューヨーク州アクロンの高校でフットボールのコーチをしており、学校が休みとなる夏場の来日となりました。全日本本隊、ジャパン軍団は勿論、カルガリー・ハリケーンズのスーパー・ストロング・マシンとの夢のマスクマン対決が果たして実現するか?
注目の全日本プロレス初参戦、新日本プロレスの常連外国人だった「英国の魔豹」ピート・ロバーツは84年11〜12月のUWF「イヤーエンド・スペシャル」以来1年7か月ぶりの来日。UWFに参戦したのはこれ一度きり。
ハンセンが新日本プロレスに初参戦した77年1〜2月の「新春黄金シリーズ」にロバーツが参戦しており、ハンセンとよくタッグを組んでおり、80、81年の「ブラディ・ファイト・シリーズ」でも一緒に来日。ハンセンはロバーツをプロレスラーとしても人間としても尊敬しており、ハンセンの紹介で全日本プロレス初来日が決まりました。
イギリスの「蛇の穴」ビリー・ライレージム出身のランカシャースタイルレスリングの継承者。その実力は猪木も高く評価しています。今回は7月19日長崎県島原市体育館で新設された「世界ジュニア・ヘビー級王座」初代王者決定トーナメントにヨーロッパ代表として出場、日本代表となったカルガリー・ハリケーンズのヒロ斉藤と対戦します。
7月18日山口県徳山市(現周南市)体育館〜最終戦31日、両国国技館までの特別参加が初来日のブラッド・アームストロング。名レスラー、ボブ・アームストロングを父に持ち、兄スコット、弟スティーブいずれもプロレスラーという3兄弟の真ん中。
80年に19歳でデビューしており、子供の頃から父ボブの激しいトレーニングを受け、この時既にキャリア6年。ハンセンとはジョージア地区で知りあい、3〜4月に全日本に来たオレイ・アンダーソンのブッキングで初来日が決定。
初代世界ジュニア・ヘビー級王座決定トーナメントにアメリカ代表として選ばれ、1回戦シード、7月31日、両国国技館で19日、島原でのH斉藤vsロバーツ戦の勝者と決勝戦で対戦が決まりました。
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