03年3月1日プロレスリング・ノア日本武道館大会で三沢光晴と壮絶な死闘を行い第6代GHCヘビー級王者となった小橋建太はその激しいファイトで「絶対王者」ロードを歩み初めていきました。
4月13日有明コロシアム(観衆11,500人超満員発表)大会では本田多聞の挑戦を受けて本田のサブミッションに苦戦しましたが剛腕ラリアットからの体固めで初防衛に成功。
また、この日新日本プロレスのリングで復活したNWFヘビー級王座の防衛戦が行われ、王者高山善廣が力皇猛を相手に防衛戦を行い、エベレスト・ジャーマンでフォール勝ちし3度目(柳澤龍志、スコット・ノートンを相手に2度防衛)の防衛を果たしています。
当時、ノアと新日本プロレスは提携関係にあり、猪木色の強い同王座が馬場の遺伝子を受け継ぐ三沢が代表を務めるノアのリングで防衛戦が行われるというのは時代が変わったと感じました。
本田はアマレスでは最強だった実力者ではありますが地味な中堅レスラーのイメージがあり、有明コロシアムでやるカードとしては弱かったですがノアは破竹の勢いにあり、超満員の完勝を動員しました。
また旗揚げメンバーだった大森隆男ですが前02年5月にアメリカ遠征に旅立ち、帰国後はノアに戻らず長州力率いるWJに入団しています。
小橋は5月2日新日本プロレス東京ドームの「ULTIMATE CRUSH」に出場し、蝶野正洋を相手にGHCヘビー級王座防衛を果たしますが、こちらは既に書いており割愛致します。
6月6日日本武道館(観衆16,000人超満員発表)大会では4月13日に有明コロシアムで対戦した小橋と本田がタッグを結成し秋山準&齋藤彰俊組の保持するGHCタッグ王座に挑戦。本田が回転地獄五輪スペシャルで全日本プロレスで1年先輩にあたる秋山から3カウントを奪い、小橋&本田組が王座獲得。
小橋はGHCヘビー級と併せて二冠王者となっています。
ノアはヘビー級、タッグ、ジュニア・ヘビー級に次いで4つ目のベルト、ジュニア・ヘビー級タッグ王座の新設に乗り出しました。7月シリーズで初代王座決定トーナメントが開催されました。
7月16日大阪府立体育会館(観衆5,300人超満員発表)大会でトーナメント決勝が行われ、丸藤正道&KENTA組が獣神サンダー・ライガー(新日本プロレス)&村浜武洋(大阪プロレス)組と対戦。24分27秒、丸藤が村浜をシューティングスタープレスからの片エビ固めで破り、丸藤&KENTA組の「丸KENタッグ」が初代王者チームに輝いています。
GHCヘビー級王者小橋は8月26日名古屋市国際競技場でバイソン・スミスを破った後、9月12日日本武道館では新日本プロレスの象徴であるIWGPヘビー級王座最多防衛記録10回(当時)を誇る「ミスターIWGP」永田裕志の挑戦を受けました。
永田は7月16日大阪府立体育会館で秋山を秋山の必殺技であるエクスプロイダーからの体固めで破り、前02年1月4日新日本プロレスの東京ドームで敗れた借りを返し、挑戦権を手に入れました。
永田は小橋の闘志に火を着けるべく、挨拶代わりの張り手、小橋もこれに応えるチョップ連発、滞空時間の長いブレーンバスター。
永田はラリアット封じとばかりに小橋の右腕にキックの連打から倒して上に乗っての逆腕固め、「白眼」はまだ開眼前…。小橋はマシンガンチョップからパワーボムの体勢に移行しターンバックルに叩きつける荒技。続け様、小橋のスリーパースープレックス、ハーフネルソンスープレックス、永田は危険な角度からマットに叩きつけられました。
この小橋のエグい攻めを凌いだ永田はキックの連打で突破口を開きコーナーポスト最上段からの雪崩式エクスプロイダーからカバー、これは小橋がカウント2でクリア。
永田は延髄斬りの連発からバックドロップ・ホールド、小橋はカウント2.9で返します。さらにハイキック、永田は次の一手に出ようか、と生じた隙に小橋は強烈な左の剛腕ラリアット、リアルブレーンバスターから最後は右腕でショートレンジの剛腕ラリアット、30分13秒、体固めで小橋が勝利、3度目の防衛に成功しています。互いの持ち味が出た好試合でした。
ログインしてコメントを確認・投稿する