映画「スリーカウント」より話は遡りますが06年12月31日に常打ち会場の市谷アイスボックスに進出してからは週に1回の定期戦を組むようになり、毎回超満員札止めの観客を動員しました。
07年3月からは江東区Bunb東京スポーツ文化館マルチスタジオでの定期戦もスタートし、月に6大会前後の興行が組まれています。
88年の新生UWF全盛期にUWFについていかなければいけないことに疲れ果てたファンが辿り着いた「最後の楽園」ジャパン女子プロレスのようにPRIDE、K−1に疲れ、新日本プロレスの暗黒時代に見切りをつけたファンが癒しを求めて市谷にやってきたのでしょうか?まさに歴史は繰り返す。
本連載でも全日本女子プロレスの分裂について書いてありますが、ジャパン女子プロレス以降に旗揚げした女子プロレス団体は大概が全日本女子プロレス、ジャパン女子プロレスの流れを組む派生型団体であり、さくらえみの作り上げた我闘姑娘は全くゼロからのスタートでした。
リングを使ったアイスリボンの別ブランド「future Star」との2本立てで業界で瞬く間に注目を集めました。
興行がコンスタントに組めるようになったことでアイスリボンは独自のタイトルを制定することになりました。
07年4月4日市ヶ谷アイスボックスで提携先であるNEO女子プロレス主催の「NEOリボン」で初代インターナショナルリボン・タッグ王座決定ワンナイト・トーナメントが行われ、4チームが参加。真琴は師と仰ぐ三田英津子とタッグを結成、希月あおい&野崎渚組の「ザ☆青春緑」、タニー・マウス&宮崎有妃組のNEOマシンガンズ、輝優優&勇気彩組の「浪速のド根性」が出場。
レフェリー&リングアナはさくら。NEO勢は初めてのマットでのプロレス、1回戦第1試合はタニー&宮崎組と希月&野崎組で、タニーがNEOマッスルスパーク(キン肉マンから取った技のネーミング、蝶野正洋のバタフライロックのような羽根折り固め)で野崎を破り決勝進出。
1回戦第2試合は三田&真琴組と輝&勇気組の一戦、輝の威嚇にビビりまくる真琴、輝のエアプレーン・スピンの前にフォール負け。
アイスリボン勢は誰も決勝に残れませんでした。メインイベントでタニー&宮崎組vs輝&勇気組の王座決定戦が行われ、宮崎がダイビング・ボディプレスで勇気を破り、チームキャリアの長いNEOマシンガンズが初代王者チームとなりました。
07年12月15日さくらの出身地である千葉県君津市アクアマリンスタジオでNEOとの合同興行によるさくらえみ凱旋興行「さくら祭り」が開催されました。
大会は2部制で1部はマットを使ったアイスリボンのスタイルでの試合、さくらはリボン高梨(高梨将弘)とのタッグでミスター雁之助&りほ組と対戦、地元凱旋で張り切るさくらでしたが、小学校4年生のりほのエビ固めにフォール負けを喫してしまいました。
2部はリング使用の試合でさくらは「タムラ様」田村欣子とのタッグで元全日本女子プロレスOG、豊田真奈美&堀田祐美子組と対戦、試合前のセレモニーではさくらの母校の同級生の友達や所属していたバレーボール部の顧問の先生がリングに上がり花束を贈呈。
全女OG組のハードな攻めに苦戦したさくらでしたが最後はラ・マヒストラル3連発で19分44秒、堀田から3カウントを奪い勝利。地元凱旋を最後に白星で飾っています。
そんな中、08年に入ってさくらのIWAジャパン時代の怖い先輩だった市来喜代子がアイスリボンにフリーとして参戦。
市来はIWAジャパン退団後、ガイアジャパンに入団しましたが、こちらも直ぐに退団、同じ時期にガイアを退団した中野知陽呂と共にターザン後藤が主宰していた「革新浪士団」、大日本プロレス女子部に入団も退団し、フリーとして時折試合に出ていました。
08年6月6日市ヶ谷アイスボックスでアイスリボン初参戦を果たした市来は星ハム子と対戦、ダブルリスト・アームサルトで快勝。
6月20日の市ヶ谷アイスボックスでさくらと市来がタッグながらついに対決、さくらは真琴とタッグを結成、市来はりほとのタッグで試合に臨みました。
さくらも真琴も市来との対戦を嫌がります。そこへりほがさくらの胸板にドロップキックを連発し試合開始。りほと一緒に真琴を痛めつける市来。ようやくさくらと市来の顔合わせとなり、エルボー合戦からさくらはロメロスペシャル、さくらの串刺し式ボディアタックは市来にかわされるも2発目は成功。
ここで真琴に繋ぎますが、市来は真琴にコーナーポスト代わりに用意された椅子から得意の延髄ニーの連発、最後はりほがくるくるリボンで真琴を丸め込んで、フォール勝ち、市来&りほ組が快勝しました。
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