大きく動いた00年の日本プロレス界、新日本プロレス7月30日横浜アリーナでは引退していた長州力が大仁田厚の再三の対戦要求についに応じ、ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチで復帰、対戦しています。
4月19日に27歳の若さで無念の死を遂げた福田雅一の遺影を持ってリングに上がった長州。3度の爆破は全て大仁田が被爆。長州は大仁田の両足を捕らえるとサソリ固めでガッチリとホールド。大仁田はギブアップはしませんでしたが自力脱出は不可能、レフェリーのタイガー服部が試合を止めて7分56秒、長州のレフェリーストップ勝ち。
この一戦は横浜アリーナに超満員18,000人札止めの大観衆を集め、当日券の発売はなし。スカパーのPPV3,150円の有料番組が爆発的に売れ、新日本プロレスに多大な利益をもたらしました。
大仁田はこの試合でほとんど何もさせてもらえず一方的に敗れましたが、引退していた長州を自分の土俵である電流爆破のリングに上げたことで大仁田の「勝ち」だと思います。
全日本プロレスから選手が大量に移籍し設立された三沢光晴の新団体プロレスリング・ノアは8月5日ディファ有明で旗揚げ興行を行い、入れなかった観客が多数おりました。
三沢社長の肝入でディファ有明の敷地内にビジョンが設置され闘いの模様をライブビューイングで「無料放送」しています。
旗揚げ戦メインイベントはタッグマッチ60分3本勝負。三沢、小橋建太(ノア参戦を期に建太に改名)、田上明、秋山準の4人がリングに上がりその時点で組合わせが観客に分かるという仕組みになり、三沢&田上組vs小橋&秋山組という組み合わせに。
1本目、僅か2分、秋山が三沢をフロント・ネックロックでレフェリーストップ勝ち、2本目も秋山が田上をエクスプロイダーで破り、秋山が1人で2本奪って2−0のストレート勝ち。試合後パートナーの小橋に握手をした後にバックドロップ一閃!
翌8月6日同じディファ有明で小橋と秋山のシングルマッチが組まれ、秋山がエクスプロイダーからのフロント・ネックロックで勝利、全日本プロレス時代は四天王に加えて「五強」と言われた秋山でしたがやはり4人の前では充分存在感を発揮出来たとは言えず。ノア旗揚げで団体を牽引していく意気込みが伝わりました。
同じ8月6日大日本プロレス秋葉原・昭和通り広場特設リングでは四半世紀を超えて「ファイヤーデスマッチの最高傑作」と言える松永光弘&葛西純組vsCZWのザンディグ&ニック・ゲージ組の一戦が行われています。
自分達でリングに火をつけたCZW勢の行為でリングは火焔地獄と化し、さらにリング外では大日本プロレスのリング輸送用のトラックの上でザンディグが葛西にパワーボム、松永は自分で車を運転し、車に向かってきたザンディグを跳ね飛ばしました。
実際に跳ねてはいないのですが、アクセルを一歩踏み間違えただけで本物の交通事故になりかねない危険なものでした。観客は大熱狂しましたが登坂栄児統括部長は危険すぎるとの判断で以後ファイヤーデスマッチ封印を宣言しました。
選手にとっても危険には違いないですが一番危険なのは興奮した観客が危険行為に及ぶ可能性があったことではないでしょうか?
所属日本人レスラーが川田利明と渕正信の2人だけになってしまった全日本プロレスは生き残りを賭けて新日本プロレスとの対抗戦に活路を見い出します。
8月11日新日本プロレス両国国技館に渕が登場、渕はマイクを持つと「30年!全日本プロレスと新日本プロレスの間には高い壁がありました。今日、その壁をぶち破りに来ました!」とマイクアピール、10月9日の新日本プロレス東京ドームでは新日本プロレスのIWGPヘビー級王者佐々木健介と川田がノンタイトルで対戦、川田がジャンピング・ハイキックからの体固めで健介からフォール勝ちし頂上対決を制しました。
この日の東京ドーム大会で4月7日の同所で小川直也に敗れ引退が取り沙汰された橋本真也が復帰を果たしました。相手は前99年6月に坂口征二の後任として新日本プロレスの社長に就任した藤波辰爾。第1試合で組まれたこの試合はレフェリーは山本小鉄が務め、アームロックで橋本のギブアップ勝ち。
復帰した橋本は新日本プロレス内での衛星団体として「プロレスリングZERO」の旗揚げを画策、新日本プロレス営業部員だった中村祥之が橋本につきましたが、新日本プロレス内部の権力争いに巻き込まれ長州&永島勝司ラインと対立、11月13日に橋本は新日本プロレスを解雇されてしまいます。
女子プロレス界は前99年に続きGAEA JAPANの一人勝ち状態が続きました。5月14日有明コロシアムで長与千種&ライオネス飛鳥のクラッシュ2000が復活、9,000人満員発表の観客は熱狂、デビル雅美&北斗晶組と対戦し長与が北斗をオーバー・ザ・クラッシュから体固めでフォール勝ち。
この年、スター選手の離脱、引退により団体設立時は全日本女子プロレスに次ぐ第二番目の人気を誇っていたJWPが活動休止。篠崎清との複数代表だった創業者である山本雅俊が経営から撤退します。
また、ネオレディースも前99年末頃より代表だった篠泰樹と選手の間に溝が生じ篠社長体制でのネオレディースは活動休止。新たに甲田哲也が代表となりNEO女子プロレスとして再スタートを切りました。
GAEA JAPANの有明コロシアム大会にはJWPのエースだったダイナマイト関西、ネオレディースのエースだった井上京子が参戦しています。
老舗全日本女子プロレスはフジテレビが放送を継続したことで生き延び、「全日本女子プロレス中継」は深夜枠ながらエンターテインメント性の強い「格闘女神ATHENA」にリニューアル。
番組の中でモーニング娘。をプロデュースしたつんくプロデュースにより中西百重、高橋奈苗(奈七永)、脇澤美穂、納見佳容の4人によるユニット「キッスの世界」が「バクバクKISS」でCDデビュー。
女子プロレスと芸能と言えばマッハ文朱、ビューティー・ペア、クラッシュ・ギャルズブームがあり松永高司会長らは「一発当たれば、借金返せる」とばかり何匹目かのドジョウを狙いましたが、時代背景もあり、ブームを起こすところまではいかなかったですが、確実に延命することは出来たと言えます。
そんな中、芸能大手である吉本興業が運営するJdではBSジャパンとタイアップし、プロレスラーが芸能活動をしていた従来の逆でプロレスラーとしてデビューさせてからアクション女優としての道を歩ませる「アストレス」プロジェクトをスタートさせました。
アストレスとはアスリートとアクトレスを合わせた造語で00年に「新世紀スター誕生 アクション・シンデレラ・オーディション」を開催し合格者にはJdでの2年間のプロレス活動を通して、アクション女優を育成していく企画でした。
オーディションで4人がアストレス1期生に選ばれ、12月以降順次プロレスラーデビューしていき、その後も2期生から5期生まで続きました。アストレスの活動を追ったドキュメンタリーもBSジャパンで放送されています。
1期生は大森彩乃、賀川照子、柏田千秋、古田圭子。2期生は石川美津穂、桜花由美、東城えみ。3期生は小粂あかね、秋山恵。4期生が亜沙美(川崎)、風香。5期生が井上明子(プロレスデビュー前に退団)、丸山美和(水色革命のMARU)のアストレスオーディションを受けていたが不合格となり一般レスラーとしてJdに入団)。
香ばしい東城えみの名前もありますが、このプロジェクトもまたプロレスラーのデビューのハードルを大幅に下げることになりました。
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