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2025年04月07日07:10

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【特別編】マイティ井上さん追悼(74)

全日本プロレス対ジャパンプロレスの抗争も2年目に突入、86年は新春シリーズとなる「ニューイヤー・ウォーズ SUPER BATTLE86」は、ついに全日本プロレスが元日興行を初開催。従来の1月2日、3日の恒例の昼興行と併せての後楽園ホール3連戦で幕開けとなりました。

新日本プロレスは82年から4年連続続けて来た元日興行からは撤退。1月3日が金曜日だった為、新春シリーズである「ニューイヤー・ダッシュ86」開幕戦となる後楽園ホールからの生中継と前85年12月25日猪木、藤波が新しい提携先であるフリッツ・フォン・エリック主宰のワールドクラス・レスリングに遠征、テキサス州ダラス・リユニオンアリーナからの中継(猪木vsスティーブ・ウィリアムス、藤波vsマスクド・ディモン他)が特番90分枠で放送されました。

前85年12月6日両国国技館に自主興行開催が困難となったUWFの前田日明、藤原喜明、木戸修、高田伸彦、山崎一夫の5戦士が新日本プロレスのリングに「業務提携」として会場に現れ、このシリーズから若手の中野辰雄(翼燿)、安生洋二、宮戸成夫(優光)らと共に新日本プロレスへ参戦。人員不足に苦しんでいた新日本プロレスは陣容が強化されました。

これは後日談ですが前田の話によるとUWFが興行活動を休止した時、選手の今後の身の振り方を考えた前田が、新日本プロレスを離れた経緯から、いきなり頭を下げて新日本に復帰を依頼するよりも、まず、全日本プロレスに参戦を打診したところ、馬場は、

「ウチも今ジャパンプロレスだ何だと大変だから、全員は取れない。前田君と高田君だけでいいんだよ」と回答。グッドワーカーを自認しどこでもいい仕事が出来ると思っていた藤原、木戸はショックを受けた、UWFはあくまでも全員引き取ってもらうことが前提条件で、そんな中、山本小鉄に「戻ってこい」という言葉をかけてもらい新日本プロレス復帰が決まった、という話です。
  
全日本プロレスは2年連続の新春シリーズ名変更。新日本プロレスも74年以来12年間続けて来た「新春黄金シリーズ」の名称を変更しています。これは80年代も後半に入り、シリーズ名も横文字を使い、若いファンにアピールしていこう、BIの時代から鶴藤長天の時代へと移行しようと試行錯誤をしていたからだと思います。

参加外国人は序盤戦特別参加が初来日となるニキタ・コロフ&クラッシャー・クルスチェフ組のザ・ロシアンズ、第2戦からの参加がミル・マスカラス、第2週目からの特別参加がバリー・ウィンダム&マイク・ロトンド組のUSエキスプレス、序盤戦特別参加がトム・マギー、また、後述致しますが、当初は来日メンバーとして発表されていなかった謎の外国人、マイティ・ミロが途中参戦しています。

1年前のジャパン勢シリーズ初参戦となる「激突!オールスター・ウォーズ」に比べると外国人のメンバーが大きく減少しています。やはり、所帯は倍近くに増え、興行数も全日本、ジャパン双方併せて大幅に増加していますが、観客動員までが倍増したとは言えず、馬場もオーナーとしてはポリシーとしていた外国人選手の招聘を削らない訳にはいかなくなり、「少数精鋭」にシフト。

また85年「世界最強タッグ決定リーグ戦」に続いてシリーズに参戦予定だったダイナマイト・キッド&デービーボーイ・スミス組のザ・ブリティッシュ・ブルドッグスが、WWF参戦のスケジュールを優先させた為に来日がキャンセルされ、代わりにウィンダム&ロトンド組のUSエキスプレスが来日しています。

84年の年頭からスタートしたビンス・マクマホンによるWWFの全米制圧は新日本プロレスとの父ビンス・シニアからの親密関係を壊してしまいましたが、WWFの影響は薄いと思われていた馬場の全日本プロレスにもついに被害が及び始めてしまいました。

キッド&スミスはスチュ・ハートがカルガリーのスタンピート・レスリングの株式をビンスに売却した時、個人ではWWFと契約を結ばずフリーとしてWWFの試合に出場、ビンスもそんな二人を快く思うはずもなく、前座の扱いでカルガリー大会に出していました。

地元のヒーローが前座では観客も集まらず、WWFのカルガリーマーケットは衰退。スチュの次男であるブルース・ハートがこの86年スタンピート・レスリングを買い戻すことになりますが、キッド&スミスは新日本プロレスから全日本プロレスに移籍はしたものの、馬場も年間3シリーズ程度呼ぶのが限界、また馬場を通してNWAのクロケット・プロ等で仕事が出来るという目論見は外れました。既に全米の85%程度のマーケットはビンスの手中に収まってしまっていたのです。

生活の為には選択の余地はなく、ビンス側に寝返りWWFと契約をかわしていました。ビンスのこの年さらなるマーケット拡大を狙っての体制強化でついに来日キャンセルとなりました。

開幕戦は全日本プロレス史上初の元日興行、1月1日、後楽園ホール(テレビ収録、観衆3,400人超満員発表)大会。この日はジャパンプロレスへの売り興行でした。試合開始は午後6時30分、私は後楽園ホール3連戦は全て観に行きました。

マイティ井上は渕正信組とタッグを組みこの日が頚椎損傷からの復帰戦となるアニマル浜口&新倉史裕組と対戦10分49秒、M井上が新倉をオースイ・スープレックスホールドで丸め込みカウント3を奪いました

メインイベントは長州力初の異種格闘技戦と銘打って行われた長州とマギーの5分10ラウンドマッチ。ルールはフォール、ギブアップありのプロレスルールでした。

試合は頑丈な肉体を持つマギーがそのタフネスぶりを発揮しましたが、3R、長州のリキラリアットとマギーのラリアットが相討ち。しかしダメージが大きかったのはマギーの方。長州はマギーにバックドロップからリキラリアットを決めてフォールに入るもカウント2。

長州はトドメとばかりリキラリアットの2連発、相討ちを含めると4発のリキラリアットを出して3R2分13秒、体固めでフォール勝ちを収め、86年のスタートダッシュを切っています。

セミファイナルは「東洋の神秘」ザ・グレート・カブキが国際血盟軍の助っ人として登場、鶴田&天龍源一郎&大熊元司組とラッシャー木村&カブキ&阿修羅・原組が対戦、14分5秒、全日本軍の反則勝ちとなりました。

セミ前に注目のニキタ&クルスチェフ組のザ・ロシアンズが登場、初来日第1戦の相手はジャパンの谷津嘉章&寺西勇組。ロシアンズはソ連国旗を持ち、ソ連国歌をテーマ曲に入場。

クルスチェフが小兵の寺西をバックドロップの体勢に担ぎ上げ、コーナーポスト最上段に登ったニキタがダイビング・ラリアット。この合体技は「ロシアン・シックル(鎌)」と呼ばれ5分1秒、ニキタが寺西を片エビ固めに決めてロシアンズが来日第1戦を勝利で飾りました。

タイガーマスクと先シリーズ85年「世界最強タッグ決定リーグ戦」腰を負傷して途中欠場していた石川敬士が復帰してタッグを結成、小林邦昭&仲野信市組と対戦、8分49秒、タイガーマスクが仲野をジャーマン・スープレックスホールドでフォールし全日本軍に軍配が上がりました。

前年末に凱旋帰国したサムソン冬木は御大・馬場と2人だけで初タッグを結成、国際血盟軍の鶴見五郎&剛竜馬組と対戦。冬木と鶴見は国際プロレス時代はランクが違い対戦せず、全日本プロレスに移ってからも同じ理由で対戦はなし。また冬木と剛は冬木が国際に入門した79年当時は既に剛は国際を退団、フリーとして新日本プロレスに上がっており、対戦はなし。

11分18秒、冬木が国際プロレスの大先輩だった剛をスピンキックからの片エビ固めでフォールし馬場&冬木組が完勝しています。

第2戦、1月2日後楽園ホール(テレビ収録、観衆3,400人超満員発表)大会。試合開始は午後12時30分。
 
井上は渕と2日連続のタッグを結成しジャパンプロレスの小林邦&寺西組とジュニア対決。20分時間切れ引き分けとなりました。 

この年も前85年に引続き、全日本対ジャパンによる戦闘モードが強く新春恒例の豪華絢爛「スーパーヘビー級バトルロイヤル」は行われず。古くからの全日本プロレスファンは物足りなかったのではないでしょうか?

メインイベントは鶴田&天龍組の鶴龍コンビがニキタ&クルスチェフ組のロシアンズとノンタイトルで対戦、鶴田がクルスチェフをジャンピング・ニーパット、ジャンボ・ラリアット、そしてトドメとばかりバックドロップを決め、フォールの体勢に入りましたが、そこへニキタがチェーンを持って乱入、鶴田の首をチェーンで絞め上げて11分31秒、鶴龍コンビの反則勝ちとなりました。

反則決着ではありましたが、クルスチェフは鶴田のフォールを自力で返せなかったので内容では鶴龍コンビが圧倒していました。

セミファイナルはジャパン対国際血盟軍、長州&谷津&浜口組とR木村&カブキ&原組の一戦。カブキの助っ人参戦でさらなる戦力増強を果たした国際血盟軍。長州と谷津が原に合体式ハイジャック・パイルドライバー、R木村がカットに入り、止めに入ったレフェリーにも暴行を加え、13分42秒、ジャパン軍団の反則勝ちに終わっています。

セミ前に組まれたのは夢のシングルマッチ、タイガーマスクとマスカラスのシングル初対決。(45分1本勝負)、試合はグラウンドによる攻防が中心となり、空中殺法の応酬を期待したファンは肩透かしを食らいました。

タイガーマスクがマスカラスにコブラツイスト、マスカラスも切り返し、コブラツイストの掛け合いから両者もつれて場外に転落、11分34秒、両者リングアウトの引き分けに終わっています。ハッキリ言って凡戦でした。

前日の元日興行で長州と異種格闘技戦を行ったマギーはこの日は通常のプロレスの試合に出場、ジャパンの栗栖正伸とシングルマッチを行い、4分38秒、ツームストン・パイルドライバーからの片エビ固めでフォール勝ちを収めました。

馬場&石川&冬木組と鶴見&剛&アポロ菅原組の国際血盟軍の対戦は12分7秒、石川がちょうど1年前に引退した大仁田厚の得意技であるサンダー・ファイヤーから菅原を片エビ固めに決めて全日本軍の勝利。 

第3戦は1月3日後楽園ホール大会3連戦最終日(観衆3,400人超満員発表)。試合開始は午後12時30分。

この日は午後6時30分より、新日本プロレスが同所にて「ニューイヤー・ダッシュ86」開幕戦を開催しており(1月3、4日2連戦)、83年1月2日、昼が全日本、夜が新日本の時以来3年ぶりの2団体昼夜興行開催となりました。ちなみに、この時は夜に興行を行う新日本の坂口征二副社長と新間寿営業本部長が馬場を表敬訪問していますが、流石にこの時は前年暮れに「引き抜き防止協定」は結んだものの、長州力以下ジャパンプロレス勢が会場にいたので、とてもそんな雰囲気ではなかったでしょう。

井上の試合はセミ前に組まれ馬場&冬木組とのトリオでR木村&カブキ&原組と6人タッグマッチ30分1本勝負で対戦。注目は馬場とカブキ(変身後)の初対決。共に「東洋の巨人」、「東洋の神秘」として全米を震撼させた者同士の対決。カブキは前85年8月にヒールターンして以来、鶴田とは何回かタッグで対戦していますが、馬場とは初対戦でした。

馬場とカブキはカブキが高千穂明久時代の77年「第5回チャンピオン・カーニバル」公式戦、5月9日、奈良県橿原市体育館で1度だけシングルで対戦しており、12分2秒、馬場が片エビ固めで勝っています。また、同年12月の「世界オープン・タッグ選手権」では馬場&鶴田組vsM井上&高千穂組の公式戦が組まれ、(12月12日、大分県営体育館、12分39秒、鶴田が高千穂を回転エビ固めで破る)馬場&鶴田組が勝っていますが、いずれも団体トップと中堅の消化試合でした。

また、国際プロレス末期にデビューした冬木と国際のエースだったR木村、国際の救世主とはなり得なかった原の顔合わせも注目でしたが11分42秒、R木村がラッシング・ラリアットからの体固めで元同門の井上を体固めに破り国際血盟軍に凱歌が上がっています。馬場の顔面にカブキが毒霧を吹きかける場面は残念ながら実現せず…。

3日目のメインイベントは全日本対ジャパン軍団抗争、鶴田&天龍&タイガーマスク組と長州&谷津&小林邦組の一戦。両チームめまぐるしく動く展開になり、長州が天龍にロープ際でリキラリアット、この一撃で天龍は場外に転落。そのまま6人入り乱れての乱闘となり、17分56秒、天龍と長州が両者リングアウトの引き分けとなりました。

セミファイナルはニキタ&クルスチェフ組のロシアンズが石川&大熊組と対戦、7分17秒、ニキタが大熊をロシアン・シックル(ダイビング・ラリアット)から体固めに決めてロシアンズの勝利。

マスカラスはジャパンプロレスの新倉とシングルマッチを行い、6分55秒に低空のブレーンバスターからの片エビ固めで完勝。マギーはハル薗田とシングルマッチで対戦、6分5秒、ツームストン・パイルドライバーからの体固めでこちらも完勝しました。
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