84年全日本プロレス「ジャイアント・シリーズ」は10月5日横浜文化体育館で開幕しましたが、新日本プロレスからの退団を表明し新日本プロレス興行の所属となった長州力率いる維新軍が会場に姿を現すのでは?と思ったファンが相当数おり5,400人超満員発表の観衆が集まりました。
結果的に長州は姿を見せませんでした。マイティ井上は第7試合(セミ前の前)に出場、馬場とタッグを組んで上田馬之助&鶴見五郎組と対戦、9分18秒、反則勝ちとなっています。
10月5日金曜日は、選手の大量離脱で苦境に追い込まれた新日本プロレスが埼玉県越谷市体育館で「闘魂シリーズ」開幕戦、UWFが後楽園ホールで「ストロング・ウィークス」開幕前を開催し首都圏で3団体の興行戦争となりました。
UWFはこの日、旗揚げメンバーだったラッシャー木村と剛竜馬の元国際プロレス勢が「プロレスに対する方向性の違い」を理由に退団を表明、試合には出ていません。
このシリーズにはAWA世界ヘビー級王者リック・マーテルが序盤戦特別参加、Rマーテルは76年10月にリッキー・マーテル表記で国際プロレスに初来日、また井上とIWA世界タッグ王座を賭けて激闘を展開したリップ・タイラー&エディ・サリバン組が全日本プロレス初参戦。RIタイラー&サリバンは仲の良い上田の紹介による参戦でしたが、これで日本、新日本、国際、全日本の昭和4団体を制覇したことになりました。
またテリー・ゴディ&マイケル・ヘイズ組のザ・ファビュラス・フリーバーズのプレーイングマネージャーとして全日本プロレスに初登場したバディ・ロバーツはこれで国際、新日本、全日本の昭和3団体制覇したことになりますが井上とはジェリー・ブラウンとのブロンド・ボンバーズ(ハリウッド・ブロンドスの前名)として74年1月に対戦、何かと因縁の深い顔ぶれが集まっています。
このシリーズ、後に新日本プロレスにロン・シモンズとの「ザ・ドゥーム」として参戦する黒人の新鋭ハックソー・ブッチ・リードが初来日する予定でしたがキャンセルとなり、代わりにハーリー・レイスが特別参加しました。
第7戦の10月11日井上の地元、大阪府立体育会館(テレビ収録、観衆7,600人満員発表)では井上はこの日から特別参加のリッキー・スティムボートと組んで上田&サリバン組と対戦。9分20秒、リッキーがサリバンを体固めで破りました。上田はこのシリーズを最後に全日本プロレスのリングから姿を消します。
長州ら維新軍の来襲が決定し、自分の居場所がなくなったと考えたのでしょうか?選手大量離脱で層が薄くなった新日本プロレスへの復帰が噂されました。
大阪大会メインイベントはRマーテルのAWA世界ヘビー級王座に鶴田が挑戦、22分42秒、場外でのバックドロップで鶴田がリングアウト勝ちしましたがルールによりタイトル移動はなし。
10月15日後楽園ホールで行われる予定だった8月26日田園コロシアム大会の再戦となる井上に大仁田厚が挑戦するNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級選手権試合は大仁田が右膝靭帯損傷の為欠場しており、中止になりました。
10月22日長崎国際体育館(テレビ収録、観衆1,800人発表)大会ではプロモーターをしていた阿修羅・原が失踪。現地入りした全日本プロレス一行は興行の宣伝活動が全く行われていなかったことに愕然としました。チケットの販売、警察・消防署への興行許可申請をせずに失踪したことが判明。これを知った馬場は「テレビ放送と来てくれるお客さんがいるんだから、やろう」と開催を決めました。
長崎大会で予定されていた原&石川敬士組に佐藤昭雄&マジック・ドラゴン組が挑戦するアジア・タッグ選手権試合は原欠場の為、中止となりました。新日本プロレスに比べてアクシデントによる試合中止の少ない全日本プロレスですが、やむを得ない事情とは言え2週連続、発表済だったタイトルマッチが流れたのは珍しかったです。
長崎大会では井上はRIタイラーとのシングルマッチで、10分32秒、片エビ固めでフォール勝ちしていますが井上を石川と組ませて佐藤&Mドラゴン組と王座決定戦をやっても良かったかと思いますし10月29日大田区体育館か最終戦の11月1日後楽園ホールで長崎大会の勝者チームにRIタイラー&サリバン組を挑戦させて欲しかったと考えます。
長崎大会メインイベントは天龍にMヘイズが挑戦したUNヘビー級選手権試合で15分20秒、首固めで天龍が7度目の王座防衛。
シリーズ最終戦の11月1日後楽園ホール(観衆3,000人満員発表)大会。同日同時刻に新日本プロレスが東京体育館で選手大量離脱後初のビッグマッチを開催していましたがこの日ついに長州が姿を現しました。試合が始まってからの19時45分頃茶色の革ジャンに下は白のシャツ、ジーンズにサングラスをかけて来場、南側の観客席に座って試合を観戦しました。
メインイベントは鶴田&天龍組とゴディ&Bロバーツ組、入場してきた天龍が客席にいた長州を見つけてジッと睨みつけます。すると天龍はマイクを持って「長州、出てこいっ!」と声を上げました。長州は革ジャンを脱いで階段を下ってリングサイドまで現れましたが全日本プロレス側のセコンドに制止され、そのまま新日本プロレス興行改め「ジャパンプロレス」の大塚直樹代表と共に後楽園ホールを後にしました。
メインは12分6秒、天龍がコーナーポスト最上段からの背面飛び式ダイビング・エルボードロップからの片エビ固めでBロバーツを破りました。
井上は第3試合でウルトラセブンとシングルマッチで対戦、8分10秒、片エビ固めでフォール勝ちしています。
ジャパンプロレスは10月15日には8月に新日本プロレスでデビューしたばかりの新人、笹崎伸司とレフェリーのタイガー服部が入団、10月30日には在米フリーだったマサ齋藤の入団が発表されますます勢力拡大となりました。
さらに「ジャイアント・シリーズ」終了後にはまだも新日本プロレスを揺るがす前代未聞の事件が起きています。
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