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2025年02月04日06:13

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(29)

第350戦、7月24日発売号●【予想】ボックの陰に隠れたもう一人の欧州の強豪「東欧の爆撃機」が長州を粉砕、長州力vsミッシェル・ナドール(81年新日本プロレス刈谷市体育館)【正解】NWA世界ベルトよりも日本のビールを優先した狂犬、新日本プロレスがディック・マードックの獲得を発表(81年ロサンゼルス・ニューオータニホテル)

※参考 2019年7月24日発売号は●【予想】猪木のNWFヘビー級王座戦で唯一、放送されなかったお蔵入りの試合、vsペドロ・モラレス(78年新日本プロレス広島県立体育館)【正解】“流血怪人”が悲願のIWA世界ヘビー級王座を奪取、IWA世界ヘビー級選手権試合ラッシャー木村vsアレックス・スミルノフ(79年7月21日国際プロレス村上市民会館)この時点での対戦成績は95戦19勝76敗、勝率200。【参考】2013年7月24日発売号は馬場、ビル・ロビンソンから2フォール奪ってPWFヘビー級王座を防衛。(76年全日本プロレス蔵前国技館)

【予想解説】新日本プロレスの81年「サマー・ファイト・シリーズ」後半戦の目玉は何と言っても「墓堀人」ローラン・ボックの初来日に尽きると言っても過言ではないかと思います。
 
この予想をしていた時期は澤田悟さんの「ローラン・ボック自伝の日本語版を自費出版したい」というクラウドファンディングが始まる(8月から)という時期で、ボックがプロレスマニアの間でも話題になっていました。ボックがレスラー人生の中で苦杯を舐めた強豪の一人がこの日から特別参加となる「東欧の爆撃機」ミッシェル・ナドールでした。

日本にはこれまでマイケル・ネイダー表記で国際プロレスに2度来日。初来日は68年11月の「ワールド・チャンピオン・シリーズ」(第1回IWAワールド・シリーズ)。この時はジョン・ダ・シルバに勝っただけでビル・ロビンソン、ジョージ・ゴーディエンコに負け、豊登、グレート草津と両者リングアウトで持ち点がなくなり失格となりました。

2度目の来日となった70年1月には初来日のモンスター・ロシモフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)とタッグを結成。

1月18日福岡九電記念体育館で豊登の引退により空位(パートナーはストロング小林)となったIWA世界タッグ王座決定戦でグレート草津&サンダー杉山組を破って第2代王者チームとなりました。(2月3日、広島県立体育館で草津&杉山組のリターンマッチに敗れベルトを明け渡す。)

実に11年半ぶりの来日。1932年(月日不詳)ハンガリー出身の当時49歳とベテランの域に達していました。ナドールはセミファイナルで長州とシングルマッチ45分1本勝負で対戦、長州もレスリングでは72年ミュンヘン五輪出場経験があり、ナドールとレスリングで勝負し、ゴツゴツしたカタい試合になりましたが最後は9分24秒、ナドールが強引なサイド・スープレックスを決めて体固めでフォール勝ちしています。

【正解解説】81年5月のアブドーラ・ザ・ブッチャーの新日本プロレス移籍に端を発した新日本プロレスと全日本プロレスの引き抜き抗争、5月17日には全日本プロレス「第三の男」タイガー戸口がIWGPへの参加を表明して全日本プロレスを退団発表。

報復宣言をした馬場の全日本プロレスは7月3日熊谷市民体育館での「サマー・アクション・シリーズ」開幕戦にタイガー・ジェット・シンが乱入、翌4日の後楽園ホールから試合に出場しています。(3試合のみ行い帰国)。また大物ではないですが新日本プロレスに参戦していたビクター・リベラ、ラリー・ズビスコも全日本プロレスに来日しました。特にリベラは新日本プロレスの「サマー・ファイト・シリーズ」のチケットに顔写真があったことからこれも引き抜きと言えます。

本稿のマードック新日本プロレス移籍は渡米中だった新間寿営業本部長が滞在先のロサンゼルスで発表したもので当時マードックはロサンゼルス地区でファイトしており、そこで新間と契約を交わしたものでした。

マードックはこの年の2〜3月の「エキサイト・シリーズ」まで全日本プロレスにレギュラー参戦していたばかりであり2月12日には三重県津市体育館でNWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスとノンタイトル戦を行い、13分6秒、両者リングアウトで引き分けています。

まあ、全日本プロレスにそのままいたとしてもNWA世界ヘビー級王者になるつもりもなかったでしょうし日本のビールも好きなだけ飲めたとは思いますが、そこは流さんの「古典文学」の世界でありそこを突っ込むのは野暮というもので、そこを味わうのも昭和プロレスマニアの楽しみの一つでしょうか。

新日本プロレスでのマードックは全日本プロレス時代のナマクラぶりを封印。新日本プロレスのスタイルにも見事に対応してみせ、スタン・ハンセンとのテキサス・ロングホーンズ、ダスティ・ローデスとのテキサス・ジ・アウトローズ、アドリアン・アドニスとのマンハッタン・コンビ、マスクド・スーパスターとのタッグ、87年には猪木とタッグを結成し「ジャパンカップ争奪タッグ・リーグ戦」に出場。81年から89年の8年間、トップ外国人レスラーとして君臨し続けました。

※対戦成績は350戦57勝293敗、勝率163。
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