第348戦、7月10日発売号●【予想】「アリ・ショック」後のシリーズ「アジア・リーグ戦」開幕。タッグ部門トーナメント1回戦、猪木&木戸修組vsガマ・シン&ゴーディ・シン、シングル部門予選リーグ戦山本小鉄vsタイガー・ジェット・シン、坂口征二vsジート・モンゴル(76年7月9日新日本プロレス後楽園ホール)【正解】掴みの達人対蹴りの達人が生み出したUFCの原型、猪木vsザ・モンスターマン戦ルール会議(77年東京スポーツ新聞社)
※参考●【予想】NY興行戦争、米IWAニューヨーク近郊でMSG定期戦の2日前にビッグマッチを開催。(75年ニュージャージー州ジャージーシティ・ルーズベルト・スタジアム)【正解】長州が180度変えてしまった「興行の損益分岐点」長州力&谷津嘉章&アニマル浜口組vsスタン・ハンセン&テッド・デビアス&ピート・ロバーツ組(86年全日本プロレス横手市平鹿広域体育館)この時点での対戦成績は93戦19勝74敗、勝率204。【参考】2013年7月10日発売号はテリー・ファンクさよならシリーズ後楽園大会、馬場&テリー&鶴田組vsタイガー・ジェット・シン&上田馬之助&アレックス・スミルノフ。(83年全日本プロレス後楽園ホール)
【予想解説】76年2月16日港区南青山の新日本プロレス事務所で猪木が記者会見を行い、7月に「アジア・リーグ戦」の開催を発表しました。猪木は2月6日日本武道館で柔道家ウィリエム・ルスカと「格闘技世界一決定戦」を闘い20分35秒、バックドロップ3連発でTKO勝ちをしたばかり。
猪木は「最近アメリカに行く機会が多いが向こうに行くとファンから『アジアのチャンピオンはいないのか』とよく聞かれる。世界チャンピオンの次にアメリカにはアメリカの、ヨーロッパにはヨーロッパのチャンピオンがいる。アジアのチャンピオンがいないのはおかしい。この際、アジアのチャンピオンを決めたい」とコメントしています。
大会実行委員長となった新間寿営業本部長は「日本の団体にもぜひとも参加してもらいたい。全日本プロレスからは馬場、鶴田選手、国際プロレスからはラッシャー木村、マイティ井上選手に参加してもらいたい」 と全日本プロレスと国際プロレスにも参加を呼びかけました。
馬場と国際プロレスの吉原功代表は案の定これを黙殺。馬場は「猪木はウチのオープン選手権に出ろと言った時は無視したくせに自分のところの興行に出ろとは虫が良すぎる」と怒りをあらわにしています。
そして、その1か月後の3月19日には港区六本木の全日本プロレス事務所で記者会見を行い、興行活動停止した日本プロレスが管理していたアジア・ヘビー級とアジア・タッグの両王座を「こちらが本家」とばかり復活させると発表。
王座決定戦は3月25、26日の両日韓国・ソウル市文化体育館で行われ、アジア・ヘビー級王座は3月25日最終保持者だった大木金太郎がグレート小鹿を2−1で破り王座獲得。
アジア・タッグ王座は3月26日最終保持者だった小鹿(パートナーは松岡巌鉄)が大熊元司をパートナーにし、韓国・金一道場の呉大均&洪武雄組を2−1で破り王座獲得しています。
新日本プロレスの「アジア・リーグ戦」はシングル、タッグの両部門に分けて行われ、シングル部門はNWF世界ヘビー級王者である猪木は不参加。日本側は坂口、ストロング小林、星野勘太郎、小鉄、木戸、永源遙、柴田勝久が参加、外国人側はインド代表のTJシン、ガマ、モンゴル代表のジート&ボロのザ・モンゴルズ、パキスタン代表のマジット・アクラ、ゴーディ、トルコ代表のアリ・ババ、香港代表のハン・リーの15人がエントリー。
タッグ部門は猪木&木戸組、坂口&S小林組、星野&小鉄組、永源&柴田組、TJシン&アクラ組(シリーズ中に仲間割れでガマにパートナー変更)、モンゴルズ、ガマ&ゴーディ組、アリババ&Hリー組の8チームがエントリー。
モハメドアリ戦直後の7月9日、後楽園ホールで開幕。テレビ生中継で2,200人発表の観客を動員しています。
アリvs猪木戦は長い年月を経て色々な人物が様々な角度から検証され、再評価されていますが、試合が終わったばかりのこの時期は悪評の方が多く、新日本プロレスは地方興行のキャンセルが相次ぎ「アリショック」と言われていました。
メインイベントはタッグ部門予選(45分1本勝負)、猪木が木戸修と組んでガマ&ゴーディ組と対戦。猪木はモハメド・アリ戦以降初の試合、猪木はアリ戦で見せたローキック(アリキック)をプロレスの試合で初披露、最後は15分51秒、木戸がガマをパワーボム気味のエビ固めで破り、猪木&木戸組が決勝リーグ戦への進出を決めました。
セミファイナルはシングル部門予選(30分1本勝負)で坂口征二がGモンゴルと対戦、8分9秒、アトミック・ドロップからの片エビ固めでフォール勝ちし決勝リーグ戦ヘ進出。ジートが予選敗退した為、このリーグ戦でもボロとのモンゴルズ対決は実現せず。
セミ前も同じくシングル部門予選(30分1本勝負)、山本小鉄とTJシンの一戦。ゴング前の奇襲攻撃で小鉄を血だるまにしたシンは初公開のバックドロップを披露、3分28秒、体固めで小鉄を破り決勝リーグ戦ヘ進出を決めました。
【正解解説】猪木の「格闘技世界一決定戦」シリーズの中で名勝負の呼び声が高い初回のザ・モンスターマン戦(77年8月2日日本武道館)。そこにはモハメド・アリ戦のがんじがらめルールとは違い、プロレスラーの投げ技が認められるルールになりました。
この日発表されたルール大綱は�〇邱腓錬格�1ラウンドの10ラウンド制、猪木は素手、モンスターマンはグローブを着用。�⊂’圓賄蠅乙察▲僖鵐舛砲茲襯瀬Ε鵑魯�ウント10で決し、どちらかがギブアップした場合も同様、負傷の場合はリングドクターの意見を聞きながらレフェリーが決める�6悗玄蠅脇�突き、目潰し、金的攻撃、頭髪を掴む、チョーク攻撃、噛みつき、逆関節を取る行為�と紳Г魯蹇璽廚忘道阿墨砲辰篤┐欧襪海函⊂豎阿貌┐欧疹豺隋▲譽侫Д蝓爾�20カウント数える内に戻らなかった場合は負けとなる。
モンスターマン側は猪木の関節技は危険としてそれだけは拒みましたが後は概ねフリールールに近いモノとなりました。
8月2日日本武道館で行われた試合では猪木はルー・テーズ式のパイルドライバー(リバーススラム、固めないパワーボム)からギロチンドロップで5ラウンド1分35秒、KO勝ちを収め、1年前のアリ戦で悔しい思いをしたファンの留飲を下げました。
ですが、この試合をオクタゴンで闘うUFCの原点と定義してしまうのはいささか無理があるような気がします。UFCの方がバイオレンス性が強く、マウントパンチかチョークスリーパーで決着がつくのが主流で、むしろUFCの原点と言うならば前76年8月7日(現地時間)新日本プロレスのブラジル遠征シリーズのリオデジャネイロ・マラカナ体育館で行われたウィリエム・ルスカvsイワン・ゴメス戦のバーリトゥード的喧嘩マッチ(通常のプロレスの試合として行われている)の方がUFCにより近いと思います。
猪木vsモンスターマン戦は「格闘芸術」でした。
※対戦成績は348戦57勝291敗、勝率164。
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