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2025年02月01日09:57

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(26)

第347戦、7月3日発売号●【予想】戦いの場を変えたブッチャーとシンが同日同時刻に日本マットを襲撃、猪木&坂口征二組vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&バッドニュース・アレン組(81年新日本プロレス後楽園ホール)馬場&鶴田組vsディック・スレーター&ビル・ロビンソン組(81年全日本プロレス熊谷市民体育館)【正解】馬場と猪木が意思疎通ゼロ状態で最後の防衛成功、インターナショナル・タッグ選手権試合、馬場&猪木組vsイワン・コロフ&ダッチ・サベージ組(71年7月1日日本プロレス大阪府立体育会館)

※ 参考●2019年7月3日発売号は【予想】藤波、NWA世界ジュニア・ヘビー級王者レス・ソントンとジュニア世界一を賭けて対戦。(81年新日本プロレス後楽園ホール)【正解】祝・放送開始50年!「ワールドプロレスリング」第1回放送の詳細NETワール(69年7月2日)この時点での対戦成績は92戦19勝73敗、勝率207。2013年7月3日発売号は初の同一会場日本テレビ、NET同時中継、インターナショナル選手権試合、馬場vsフレッド・ブラッシー。アジア・タッグ選手権試合、猪木&大木金太郎組vsブルート・バーナード&クルト・フォン・ストロハイム組。(69年日本プロレス蔵前国技館)

ブッチャーの新日本プロレス移籍に端を発した新日本プロレスと全日本プロレスの引き抜き抗争の真っ只中、両団体の夏の陣は同じ7月3日に開幕戦が行われました。

新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」は7月3日後楽園ホールで開幕。

初のシリーズフル参戦となるブッチャー、マスクド・スーパースター、バッドニュース・アレン、NWA世界ジュニア・ヘビー級王者レス・ソントン、スタンリー・レーン、フランク・サベージがシリーズ全戦参加。

後半戦特別参加がミッシェル・ナドール、終盤戦にはついに「墓堀人」ローラン・ボックが特別参加、他にメキシコからスコルピオの特別参加が決定。

全日本プロレスの「サマー・アクション・シリーズ」は埼玉県熊谷市民体育館で開幕。こちらはディック・スレーター、ビル・ロビンソン、キラー・トーア・カマタ、グレート・マーシャルボーグ、ルーファス・ジョーンズ、ビクター・リベラ、ラリー・ズビスコ、ボビー・ヒーナンというメンバー。

新日本プロレスにブッチャー、タイガー戸口を引き抜かれ、「本人が行くというものは仕方ないが、こういうことは業界としては良くないこと」とコメントしていた馬場は「売られた喧嘩は買う。アメリカにいる俺の仲間が動いてくれている」と目には目、歯には歯の報復宣言。

馬場は6月11日、後楽園ホールで「スーパー・パワー・シリーズ」が終わると元子夫人、日本テレビの原章ディレクターと共にカナダを訪れ、トロントのシンを訪問、好条件を提示して一発で契約成立。

馬場はその足でテキサス州ダラスに飛び、スタン・ハンセンと移籍交渉を行い、「断わることが出来ない位の金額」(ハンセン談)を提示して即時契約。しかし新日本プロレスとの契約が年末まで残っているからと言うと「終わってからでいい」と馬場が回答、年末にハンセンを投入する「仕込み」が整いました。馬場は最初から投入時期に年末を狙っていたかと思われます。

シンが全日本プロレスヘ移籍か?というのは「東京スポーツ」でも報じられてはいましたが、では一体いつ、という部分に関してはぼやかして書かれていました。

しかし当時新日本プロレスでしか試合をしていなかったシンが6月24日蔵前国技館での「創立10周年記念スーパーファイト」をキャンセルしたことでシンの全日本プロレス移籍はほぼ確定事項となっていました。

新日本プロレス「サマー・ファイト・シリーズ」開幕戦7月3日、後楽園ホールはテレビ生中継で観衆2,200人発表、メインイベントは猪木&坂口征二組の黄金コンビとブッチャー&アレン組が対戦したタッグマッチ60分1本勝負。私はこの興行は生観戦しています。

しかし、ブッチャーの新日本プロレスシリーズ参戦第1戦なのに後楽園ホールは満員には成らず。新日本プロレスのファンはブッチャーを求めてはいなかったことになります。

試合はコーナーポスト最上段に上がった坂口にブッチャーが下から地獄突き、これで坂口は場外に転落、11分46秒、ブッチャーが坂口にリングアウト勝ち。

同日同時刻、7月3日熊谷市民体育館はの「サマー・アクション・シリーズ」開幕戦はテレビ収録(翌7月4日放送)は観衆2,800人発表とこちらも満員には成らず。

メインイベントはシリーズ最終戦、7月30日後楽園ホールで行われるインターナショナル・タッグ選手権試合の前哨戦、馬場&鶴田組とスレーター&ロビンソン組がノンタイトル60分3本勝負で対戦。

2月に交通事故に遭い、強度の鞭打ち症を発症、「第9回チャンピオン・カーニバル」出場をキャンセルしたスレーターが来日しました。1本目はスレーターが馬場をコーナーポスト最上段からのダイビング・エルボーバットから片エビ固め。

2本目、場外乱闘の際、館内が大きくざわつくと辛子色のインド風衣装と黒のズボン、白い靴を履いたタイガー・ジェット・シンが木の棒状の凶器を持って乱入、背後にはマネージャーのボビー・ヒーナンが寄り添っています。

シンは馬場を棒で滅多打ちにしましたが、裁定は両チームリングアウトとなり2−1でスレーター&ロビンソン組の勝利となっています。

シンは翌7月4日第2戦の後楽園ホールから試合に出場。シンの全日本プロレス初戦はセミファイナルでスレーターとのシングルマッチ60分1本勝負。

スレーターは兄貴分であるザ・ファンクスの「スピニング・トーホールド」のテーマで入場、シンは「日本テレビが選曲した極悪レスラーのテーマ」である「吹けよ風、呼べよ嵐」で入場してきました。セコンドにはヒーナンがついています。

シンは紫色のコスチューム姿のままターバンでスレーターの首を絞める奇襲攻撃、コブラクローでガッチリとスレーターの頸動脈を絞め上げていきました。

グロッキーになったスレーターでしたが、エルボーで反撃しスピニング・トーホールド、ヒーナンがエプロンに姿を現しました。ヒーナンに気を取られている背後からサーベルを手にしたシンがスレーターの後頭部を殴りつけてシンの反則負けとなっています。

【正解解説】馬場&猪木組が最後にインターナショナル・タッグ王座から転落した71年12月7日日本プロレス札幌中島スポーツセンターでのドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスとの試合は「あの日あの時」の第1回(2011年12月7日発売号)で採り上げられたあまりに有名な試合で、本コラムでも計3回採り上げられています。

今回はその一つ前、馬場&猪木組のBI砲が最後に防衛に成功した試合が同年7月1日大阪府立体育会館でのコロフ&Dサベージ組との防衛戦でした。

71年は3月26日(現地時間)ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムで猪木がジョン・トロスを2−1で破りUN王座を獲得、帰国後に行われた記者会見で女優・倍賞美津子さんとの婚約を発表しています。

5月19日大阪府立体育会館で行われた「第13回ワールド・リーグ戦」優勝決定戦では日本側が馬場、猪木、外国人側がザ・デストロイヤー、ブッチャーの4選手が同点首位で並びました。前々年の69年「第11回ワールド・リーグ戦」と同じパターンです。抽選により優勝決定戦進出者決定トーナメントを行い、勝者同士が優勝決定戦で対戦、大阪のファンは「今度こそ馬場vs猪木戦が見られるか?」と展開を見守りました。

抽選により優勝決定戦進出者決定トーナメントは第1試合が猪木vsデストロイヤー、第2試合が馬場vsブッチャーとなり第1試合の猪木vsデストロイヤーは、デストロイヤーが足4の字固めを掛けたまま両者場外転落し21分29秒、両者リングアウトの引き分けで両者失格。これにより第2試合の馬場vsブッチャーが自動的に優勝決定戦となり7分21秒、馬場が32文ロケット砲から体固めであっさりフォール勝ち。馬場が2年連続、通算5度目の優勝を果たしています。 
 
馬場が優勝の祝杯をあげていたその時、私服に着替えていた猪木は馬場に「馬場さんはインターナショナルチャンピオン、僕はユナイテッドナショナルチャンピオン、どちらのチャンピオンが強いか対戦しましょう」と馬場への挑戦をアピール。

しかしこれは衆議院議員の平井義一日本プロレス協会会長の「馬場も猪木も世界にまだ倒すべき強豪レスラーが一杯いる、これらに総て勝ってから対戦しても遅くはない」という何とも不思議な理由により「時期尚早」という結論に達しました。

そのような状況で迎えたこの日のタイトルマッチは3月2日蔵前国技館でのvsミル・マスカラス&スパイロス・アリオン戦以来4か月ぶりでBI砲の心の中は既にすきま風が…。1本目は19分5秒、両チームリングアウトで1−1。決勝の2本目は4分26秒、猪木がコロフをブレーンバスターから体固めで破り2−1で馬場&猪木組が14度目のタイトル防衛に成功しました。

※対戦成績は347戦57勝290敗、勝率165。
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