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2025年01月31日07:20

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(25)

第346戦、6月26日発売号●【予想】猪木戦慄の腕折り事件から50年、NWF世界ヘビー級選手権試合、猪木vsタイガー・ジェット・シン(74年新日本プロレス大阪府立体育会館)【正解】エースに躍進する一次試験的役割を果たしたアジアタッグ、アジア・タッグ選手権試合、猪木&吉村道明組vsリップ・ホーク&スウェード・ハンセン組(67年6月25日日本プロレス松山・愛媛県民館)

※参考 2019年6月26日発売号は○【予想】”ダンプガイ”原進がプロレスデビュー戦vs寺西勇(78年国際プロレス大阪府立体育会館)【正解】31歳の超大物新人が大阪で颯爽のデビュー戦(同)この時点での対戦成績は91戦19勝73敗、勝率209。2013年6月26日発売号は猪木vsモハメド・アリ戦当日に行われた「格闘技五輪」(76年WWWFニューヨーク・シェアスタジアム、AWAイリノイ州シカゴ・インターナショナル・アンフィシアター、NWAテキサス州ヒューストン・サム・ヒューストン・コロシアム、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアム)

【予想解説】日本で最も著名なヒール外国人レスラーの1人なったタイガー・ジェット・シン、本名はジャジット・シン・ハンス、1944年4月3日インド・パンジャブ州出身、兵役を終えた後、インド古来のグレート・ガマ由来のインドレスリングを習得して65年にシンガポールでデビュー、その後カナダに渡りました。

カナダでは馬場のアメリカ修行時代の師匠でもあるフレッド・アトキンスにシュートレスリングを叩き込まれ、オンタリオ州トロントを拠点とするフランク・タニー主宰のNWA傘下団体メープル・リーフ・レスリングにおいて65年9月から本格的活動を開始、翌66年7月31日には師匠のアトキンスとのコンビで、同地区のインターナショナル・タッグ王座をホイッパー・ビリー・ワトソン&ブルドッグ・ブラワー組から獲得。

シンをプロレスラーとして高く評価していない馬場ですが、アトキンスの指導を受けていた弟弟子にあたり、アームドラッグの入り方が「俺と同じ」と著書に書いています。アドリアン・アドニスもアトキンスの指導を受けており、やはり同じ入り方でした。

67年6月11日ジョニー・バレンタインを破って同地区のUSヘビー級王座を奪取。日本では無名の存在であったが、以降は当時のトロント地区ローカルながらメインイベンターとして活躍。

トロントに遠征してきたNWA世界ヘビー級王者ジン・キニスキーやWWWF世界ヘビー級9月24日と10月15日にはブルーノ・サンマルチノに挑戦。このあたりはプロモーターのタニーが全方位外交姿勢でトロントが優良マーケットだったことを現しています。USヘビー級王座は、エドワード・カーペンティアやドン・レオ・ジョナサンなどの大物を相手に防衛を続け68年5月まで保持、その後同王座は諸般の事情により71年まで空位となっています。

その後ベビーフェイスに転向し、インド移民の多いカナダではヒーローとなりました、71年2月に行われたザ・シークとのシングルマッチでは18,000人を超える大観衆を動員、当時の年収は80,000ドルにも達していたと言います。同71年はオーストラリアのジム・バーネット主宰のテリトリーに遠征してスパイロス・アリオンとも対戦、5月30日にはフジ・シンタロウことミスター・フジと組んでマーク・ルーイン&キング・イヤウケア組から豪州版IWA世界タッグ王座を奪取した。初来日直前の73年はオーストラリアをサーキットしており、日本で一緒になるニュージーランドのスティーブ・リッカードらとツアーを共にします。

シンを新日本プロレスに売り込んだのはシンガポール在住の吉田なる貿易商と言われており、日本に行くならヒールだとシンのヒール時代の宣材写真を新日本プロレス事務所に送り、シンの写真を見た猪木が一目で気に入ったとのこと。

シンの写真は口にナイフをくわえているモノでしたが「これじゃ面白くねぇな、サーベルでもくわえさせろ!」と言ったと言います。

シンの初来日はNETの放送がついて2シリーズ目の「ゴールデン・ファイト・シリーズ」。開幕戦の5月4日テレビ生中継の川崎市体育館大会、リングサイド最前列にターバンを巻いたシンが座り、セミファイナルの山本小鉄vsリッカード戦に乱入、小鉄をコブラクローで絞め落としてしまいました。

シンは当初の来日メンバーには入っておらず殴り込みをかけた形で新日本プロレスに登場、センセーショナルな話題を作りました。ビザの書き替えの為に一旦は香港に飛びワーキングビザに変更してからシリーズ参戦。

開幕戦の無法乱入でシンは「呼んでもいないのに勝手に殴り込んできた」としてテレビ生中継で強烈な印象を与え、猪木が制裁の為に立ち上がる、という見事な図式で、猪木とシンの対戦はテレビ放送がついた新日本プロレスが躍進するきっかけとなりました。

猪木との初対決は5月25日岐阜市民センターでのテレビ生中継、メインイベントのシングルマッチ61分3本勝負で対戦、1本目は9分2秒、シンが体固め、2本目は1分53秒、猪木がアバラ折り(コブラツイスト)、決勝の3本目は3分53秒、猪木が暴走し反則負けを取られて2−1でシンの勝利となりました。

シリーズ最終戦6月14日大阪府立体育会館では猪木はシンと時間無制限1本勝負で再戦、21分39秒、シンがサーベルを持ち出しての反則負け。

シンの2度目の来日が10月の「闘魂シリーズ第2弾」。オフ日だった11月5日新宿・伊勢丹前で買い物帰りの猪木・倍賞美津子夫妻と実弟の啓介氏が歩いていたところ、シン、ジャック・ルージョー、ビル・ホワイトの3選手が姿を現し、シンは猪木を襲撃、殴りかかりガードレールに頭部を叩きつける暴挙に出ました。

通報を受けた四谷警察署が出動する騒ぎとなりましたがシンら外国人勢は逃走、猪木は事情聴取を受けています。

伊勢丹前襲撃事件が起きた3日後の11月8日沼津市民体育館でのテレビ収録試合、猪木&坂口&山本小鉄組vs襲撃トリオのシン&ルージョー&Bホワイト組の6人タッグマッチ。1本目から猪木とシンは試合を度外視した乱闘となり、5分32秒、両者ドクターストップによる退場となり1−1。

決勝の2本目は坂口&小鉄組とルージョー&Bホワイト組のタッグマッチの様相で行われ、14分4秒、坂口がBホワイトを体固めで降し2−1で猪木&坂口&小鉄組が勝利を収めています。

シリーズ中盤戦のヤマ場、11月16日札幌中島スポーツセンターで事件後初の一騎討ちが組まれ、会場は9,000人、超満員発表の大観衆が詰めかけました。

入場してきた猪木をコスチューム姿のままのシンが襲撃して試合開始、両者大流血による激闘の末、16分21秒、シン側のセコンド、ルージョー、Bホワイトが介入して猪木の反則勝ちに終わり、3度目の対戦も決着つかずに終わりました。

完全決着をと両者は11月30日広島県福山市体育館でリング下を双方のセコンドがぐるりと取り囲み、場外に落ちたらセコンドがリングに押し上げるランバージャック・デスマッチ(木こりの喧嘩の意)時間無制限1本勝負で対戦、18分6秒、バックドロップからの体固めでようやく猪木がフォール勝ちを収めています。

猪木はこの一戦から10日後の12月10日東京体育館でジョニー・パワーズを2−1で破りNWF世界ヘビー級王座を獲得しています。

シン3度目の来日となった74年「ゴールデン・ファイト・シリーズ」では猪木とシンのNWF世界ヘビー級選手権試合2連戦が組まれました。

初戦は6月20日蔵前国技館、タイトルマッチ2連戦で初戦が東京になるのは稀なケースです。私はテレビで固唾をのんで見ていました。試合は60分3本勝負、1本目は20分51秒、猪木が卍固め。1本目に切り札の卍固めを出してしまったことで、2本目どうなるのか、バックドロップかブレーンバスターでストレート勝ちしてくれるのか?それともシンが逆転するか?期待と不安が交錯する中、2本目のゴングが鳴りました。

1本目のダメージからかシンはコーナーにうずくまったまま、苛立って「カマン!」と挑発する猪木、猪木が突っ込んで行った瞬間、シンは下から何かに着火し猪木に向けて火炎攻撃、これはたまらず、顔を覆う猪木。1分21秒、レフェリーのミスター高橋は即座にシンの反則負けを宣告しています。

猪木は2−0のストレートで3度目のタイトル防衛に成功しましたが、遺恨は深まりました。

そして迎えたシリーズ最終戦の6月26日大阪府立体育会館、因縁の再戦を観ようと府立には8,900人超満員発表の大観衆が集まりました。この時も60分3本勝負。1本目はシンのコブラクローに捕まった猪木が場外乱闘に持ち込み11分25秒、両者リングアウトとなり1−1。

決勝の2本目、ついに猪木の怒りの導火線に火がつきました。シンの右腕を取り、鉄柱に難度も叩きつけていきます。さらに鬼の形相でショルダー・アームブリーカーの連発、シンの右腕が「ボキッ」と音を立てて折れた、というのはファンタジーでしょうが戦闘不能となり9分46秒、猪木がレフェリーストップ勝ち。2−1で猪木が壮絶な勝利で4度目の防衛を果たしています。

【正解解説】「現存する日本最古のタイトル」であるアジア・タッグ王座は日本プロレス55年11月16日蔵前国技館における「アジア選手権大会」タッグ部門優勝決定戦でキング・コング&タイガー・ジョキンダー組が力道山&ハロルド坂田組を2−1で破り初代王者となり、その歴史は2025年で名70年になろうとしています。

初代王者チームが日本で防衛戦を行うことはなく、5年後の60年6月2日大阪府立体育会館で王座決定戦が行われ、ダン・ミラー&フランク・バロア組が力道山&吉村道明組を破り第2代王者チームとなりました。6月7日名古屋市金山体育館で力道山&豊登組がDミラー&バロア組を破り第3代にしてようやく日本人チームが王者となりました。

力道山存命中はまだインターナショナル・タッグ王座は存在しておらず、アジア・タッグが唯一の看板タッグタイトルで、力道山&豊登組という日本プロレスナンバー1とナンバー2が保持していました。62年2月にリッキー・ワルドー&ルター・レンジの黒人コンビに一旦王座を奪われた時は会場の日大講堂に興奮した観客が火を着けるという暴動が起きたこともあります。

ギャンブル依存症で疾走癖のあった豊登は63年1月に負傷を理由に欠場していますが、実際は失踪していました。この時力道山は代打として王座決定戦にパートナーとして出場した外様(山口利夫主宰の旧全日本プロレス出身)の吉村にタイトルを取らせるようなことはせず、豊登の復帰を辛抱強く待って、5月6日札幌中島スポーツセンターでキラー・コワルスキー&フレッド・アトキンス組を破り王座に返り咲きました。

力道山死後の日本プロレスは豊登を社長に芳の里、遠藤幸吉、吉村道明の4人を中心とした合議制に移行。力道山が保持していたインターナショナル、アジア・ヘビー級、アジア・タッグの3王座のうち、真っ先に復活したのはアジア・タッグ王座で64年2月20日名古屋・金山体育館で豊登&吉村組が王座決定戦でプリンス(キング)・イヤウケア&ドン・マノキャン組を破り新王者チームとなっています。

同年4月の「第6回ワールド・リーグ戦」に馬場が日本プロレスのエース候補として2度目の海外修行から凱旋帰国すると吉村は降板して豊登&馬場組が王座獲得。65年末で豊登が会社の資金をギャンブルに流用したとして日本プロレスの社長の座を追われ、王座は空位に。

豊登は翌66年3月19日にアメリカ修行中で「第8回ワールド・リーグ戦」に凱旋帰国予定でハワイで最終調整に入っていた猪木を口説き落として新団体設立に動きました。これが俗に言う「太平洋上猪木略奪事件」です。豊登と猪木は新団体「東京プロレス」設立に向けて動き出しました。

力道山時代日本プロレスに入門も力道山の封建体制に嫌気が差して日本プロレスを飛び出し、ペルーにいる叔父を頼って海外に行きアメリカでフリーとして成功したヒロ・マツダ(小島泰弘)が同年5月に日本プロレスに参戦、マツダ&吉村組は5月28日札幌中島スポーツセンターでキラー・カール・コックス&ジョー・カロロ組を破って王座獲得していますがマツダは同年、日本プロレスを退職した吉原功と一緒に「国際プロレス」設立、日本プロレスとは一旦、縁が切れました。

その後は馬場&吉村組が王座を獲得しましたが11月5日蔵前国技館でインターナショナル・タッグ王者チームマイク・パドーシス&フリッツ・フォン・ゲーリング組とのダブル・タイトルマッチに勝利し二冠王者となり、馬場は復活したインターナショナル王座と併せて三冠となり、アジア・タッグ王座は返上しています。

これまでアジア・タッグ王座はチャンピオンベルトが存在せず、木製のトロフィーが使われて来ましたが、ベルトが誕生したのが同年12月3日の日本武道館大会。馬場に代わって王座決定戦に出てきたのは大木金太郎で大木&吉村組がターザン・ゾロ(ハンス・モーティア)&エディ・モレア(ジャック・クレイボーン)組を破って王座獲得。

翌67年4月に猪木が日本プロレスに復帰、大木は交通事故による負傷を理由にタイトルを返上し、母国韓国で日本プロレスが約束した「世界もしくは世界に準ずるタイトルを獲得した暁には力道山のリングネームを襲名させる」に向けてソウルでのマーク・ルーインのWWA世界ヘビー級王座挑戦に向けて渡韓しました。

猪木はマッチメーカーの吉村の推薦もありアジア・タッグ王座決定戦に出場、5月26日札幌中島スポーツセンターでワルドー・フォン・エリック&アイク・アーキンス組を2−0で破り王座獲得。

本稿で採り上げられた松山大会で新王者チームとなった猪木&吉村組はRホーク&SWハンセン組の「泥棒コンビ」と初防衛戦を行いました。1本目は17分17秒、猪木がRホークをアバラ折り(コブラツイスト)、2本目は5分18秒、SWハンセンが吉村を体固め、決勝の3本目は4分27秒、吉村がSWハンセンを逆さ押さえ込みで降し2−1で猪木&吉村組が初防衛に成功しています。

流さんのコラムではこの試合に関する記述はなし。「泥棒コンビ」は私はリアルタイムでは間に合っておらず、泥棒コンビに関しても読んでみたかったです。

※対戦成績は346戦57勝289敗、勝率165。
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