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2025年01月23日07:13

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(17)

第338戦、5月1日発売号●【予想】みんな大好き!春のクラップ祭り�8�式戦以外では猪木に歯が立たなかったクラップ、猪木vsキラー・カール・クラップ(76年4月30日新日本プロレス北九州市小倉区三萩野体育館)【正解】復活インター王座戦で実現したファンク兄弟の一騎打ち、インターナショナル・ヘビー級選手権試合、ドリー・ファンク・ジュニアvsテリー・ファンク(81年4月30日全日本プロレス松戸市運動公園体育館)

※参考 2019年5月1日発売号は●【予想】ショーグン・KYワカマツ、一世一代の大勝負、両国のメインで猪木と対戦、猪木&上田馬之助組vsアンドレ・ザ・ジャイアント&ショーグン・KYワカマツ組。(86年新日本プロレス両国国技館)【正解】アナウンサーの臨機応変が生み出す極限の緊迫感、第4回チャンピオン・カーニバル公式戦、大木金太郎vsアブドーラ・ザ・ブッチャー。(76年全日本プロレス日大講堂)この時点での対戦成績は83戦17勝66敗、勝率205。2013年5月1日発売号は鶴田がカーニバル7度目出場にして「ようやく」初優勝、第8回チャンピオン・カーニバル優勝決定戦、鶴田vsディック・スレーター(80年全日本プロレス福岡九電記念体育館)

【予想解説】本連載(15)で書きましたが74、75年の第1、2回ワールド・リーグ戦の公式戦では猪木は合わせて3回クラップに負けています。

「第1回ワールド・リーグ戦」では予選リーグ戦(日本人vs外国人の総当たり、従来の日本プロレスのワールド・リーグ戦の方式を採用)4月18日大阪府立体育会館で15分41秒、クラップの凶器攻撃の前に15分41秒、体固めでフォール負け。

続いて、決勝リーグ戦では日本人、外国人問わず予選上位8選手による総当たりリーグ戦が採用され、5月6日熊本市体育館での決勝リーグ戦では10分28秒、体固めでまたしても猪木がフォール負けを喫しています。

翌75年の「第2回ワールド・リーグ戦」は予選、決勝の区分けはなく、参加16選手による総当たりリーグ戦で猪木とクラップは4月25日広島県福山市体育館で公式戦で激突、クラップはリングシューズとして履いていたブーツの底に「INOKI」とマジックで書き、これで猪木を踏みつけるというアピールでした。この日は19分29秒、猪木がリングアウト負けを喫しました。

その2日後の4月27日大分県佐伯高校体育館では両者がメインイベントの通常のシングルマッチ60分1本勝負で対戦、16分31秒、逆さ押さえ込みで猪木がフォール勝ちしています。

※第1、2回ワールド・リーグ戦とも優勝決定戦については次回、次々回に予想していますので割愛させて頂きます。

76年の「第3回ワールド・リーグ戦」は猪木はシード扱いでリーグ戦にはエントリーしていませんが試合には出場、4月17日三重県津市体育館でクラップとセミファイナルのシングルマッチ45分1本勝負で対戦して、10分40秒、反則勝ち。

予想としてあげた4月30日の北九州市小倉区三萩野体育館大会はテレビ生中継、番組の冒頭はセミ前、ストロング小林vsビクター・リベラの公式戦で16分27秒、リベラの回転エビ固めでS小林がフォール負け。この日まで6戦全勝だったS小林は初黒星。

セミファイナルは坂口征二とマサ齋藤の明大同期の桜対決、9分59秒、坂口のリングアウト勝ち。

メインイベントに組まれた猪木とクラップのシングルマッチ60分1本勝負は13分35秒、猪木が逆さ押さえ込みでフォール勝ちしていますがテレビ生中継は試合の途中で終わっています。

以後はクラップのポジションが段々落ちて来て猪木が負けることはなくなりました。クラップの公式戦での3敗はあくまで「公式戦での星の取りこぼし」という位置づけになっているのがポイントです。

74〜76年のクラップ絶頂期にあっても猪木は他のシリーズに呼んでNWF世界ヘビー級王座の挑戦者にするようなことはありませんでした。

【正解解説】正解は2014年4月30日発売号で「ファンクスが最初で最後の兄弟対決!」で一度採り上げられています。復活インターナショナル・ヘビー級王者を決める「インター・チャンピオン・シリーズ」は81年4月24日、横浜文化体育館で開幕しました。

王座決定トーナメント参加選手はドリーとテリーのザ・ファンクス、第9回チャンピオン・カーニバル1位の馬場、2位の鶴田、3位のアブドーラ・ザ・ブッチャー、ブルーザー・ブロディ、ジャック・ブリスコ、6位のタイガー戸口、7位のキラー・ブルックスの9選手。

前王者の大木金太郎は1回戦シード枠で出場権が与えられましたが棄権しています。

インター王座を師匠・力道山の形見として執着していた大木の気持ちもわからなくはないです。大木は78年11月に行われた国際プロレスの日本リーグ争覇戦も鶴田同様に決勝トーナメントにエントリーされましたがこれも棄権。(韓国でのスケジュールの都合と発表された。11月28日の鶴岡市体育館と30日の千葉公園体育館の2大会のみ特別参加)

ラッシャー木村を優勝させる為のトーナメントに参加したくなかったのは明らかでした。

今回のインター王座決定トーナメントも、ベルトを返上させられた大木が王座に就く可能性はゼロに近かったと思います。日本プロレスで馬場、猪木より先輩に当たる大木がこの2人以外にシングルで1本負けするのを嫌ったのでしょうが、ここはプロとして出場し、綺麗に負けて見せても大木の商品価値は下がることはなかったでしょう。

ジ・アベンジャー、ウェイン・ファリスはチャンピオン・カーニバルから残留参戦、インター王座決定トーナメントは翌4月25日、静岡県沼津市民体育館から行われています。

試合は全て時間無制限1本勝負、場外カウントは20カウントというPWFでは特例ルールで完全決着が想定されました。

本トーナメントのみ出場のファンクスはチャンカン本戦を戦っていない為1回戦より参加となっていましたが、大木が棄権した為、もう1枠の1回戦だったドリーと6位の戸口の対戦(4月26日後楽園ホール)が自動的に2回戦に繰り上がりました。

この為、この日行われたテリーと7位ブルックスの試合が唯一の1回戦となりました。テリーがブルックスを回転エビ固めに破り2回戦に進出しています。

4月26日、日曜日の後楽園ホール夜興行は2回戦4試合が組まれました。私はこの大会は生で観戦しています。観客は3,400人(超満員)発表で豪華カードが組まれました。

これは試合の行われた順番から振り返りたいと思います。

2回戦の第1試合は同点3位のブロディとブリスコが対戦、場外でブリスコがブロディに足4の字固め、カウントギリギリでリング内の戻ろうとしたブリスコの背中めがけ、ブロディが椅子でバシーンと強烈な一撃。

これでブリスコは場外にもんどり打ってダウンし、ブロディは余裕でリングに生還、3分50秒、ブロディのリングアウト勝ち。この椅子の一撃はもの凄い音がしました。まさに、出戻りブリスコに対する「制裁」のような攻撃でした。

2回戦第2試合はドリーと6位戸口の対戦、戸口の回転エビ固めを切り替えしたドリーが9分27秒にエビ固めで順当な勝利。

セミファイナルは2回第3試合、2位鶴田と3位が同点で3人いた為、抽選により5位枠に入ったブッチャーの対戦。試合は場外乱闘の際、前に試合を終えたブロディが乱入。鶴田がブロディに気を取られ、ブロディとも乱闘を始めてしまい、その隙にブッチャーがリングに上がり、5分58秒にブッチャーリングアウト勝ちとなりました。

メインイベントは2回戦第4試合、1位馬場と1回戦を勝ち抜いたテリーの対戦。試合はこちらも場外戦となったところ、ブッチャーとブロディが乱入。ドリーも加わっての乱闘となりましたが、戦況を冷静に見ていた馬場がカウント20寸前でリングに上がり、17分12秒、リングアウト勝ち。

遅れてリングに上がったテリーは呆然としていました。テリーのセコンドに何故かこの時期に国際プロレスに来日していたスティーブ・オルソノスキーがついていましたが、移籍とかの話ではなかったです。

セミとメインはいずれも乱入による不透明決着でしたが後楽園ホールを揺るがすブッチャー、ブロディ、ファンクス、馬場、鶴田の乱闘はド迫力満点で、私は満足して家に帰りました。

この結果、4月27日の愛知県体育館での準決勝は馬場vsブロディ、ドリーvsブッチャーの組合わせとなっています。

ドリーとブッチャーの対戦はドリーがスリーパー・ホールド、スピニング・トーホールドで攻めたてましたが試合中にブルーザー・ブロディが乱入。

ドリーに攻撃を加え、これをブッチャーへの加担とみなしたレフェリーがブッチャーの反則負けを宣告、6分27秒、ドリーが決勝への切符を手にしました。

続いて行われた馬場vsブロディの一戦は大阪でのチャンピオン・カーニバル最終戦の再戦となりました。試合は僅か5分59秒にブロディがキングコング・ニードロップからの体固めで馬場からピンフォール勝ち。大阪とは逆の結果となりブロディが決勝進出。

この結果、4月30日、千葉県松戸市運動公園体育館での王座決定戦はドリーとブロディの対戦となりました。

インター王座復活トーナメントはブロディが名古屋で左足首を捻挫、4月28日岐阜、29日諏訪湖スポーツセンター大会を欠場。

最終戦4月30日松戸大会当日になっても回復せず、立会人として来日していたジム・クロケット・ジュニアNWA会長の裁定により、不戦勝でドリーが第10代王者に認定されました。

この日のメインは新王者ドリーが、トーナメント参加の選手7人の中から抽選で当たりを引いた選手と初防衛戦を行うことになりました。

リング上で行われた公開抽選で挑戦者に選ばれたのは実弟のテリー。

史上初の兄弟同士によるタイトル戦となりました。試合は一進一退の攻防の末、テリーの回転エビ固めを切り替えしたドリーが54分、エビ固めで勝ち、初防衛に成功しています。

テレビで見ましたが正直言って「演武」みたいで退屈な試合だったと思いました。

※対戦成績は338戦56勝282敗、勝率166。
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