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2025年01月20日07:23

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週プロ流智美あの日あの時予想2024年総括(14)

第335戦、4月10日発売号●【予想】馬場、生傷男をラフ殺法で撃破!PWFヘビー級選手権試合、馬場vsディック・ザ・ブルーザー(75年全日本プロレス仙台・宮城県スポーツセンター)【正解】全く異なる原理の二大必殺技、名称混同による紆余曲折、猪木&長州力組vsボブ・バックランド&リック・マグロー組(81年新日本プロレス北九州市西日本総合展示場)

※参考 2019年4月10日発売号は●【予想】井上、バションに敗れIWA世界王座転落、IWA世界ヘビー級選手権試合、マイティ井上vsマッドドッグ・バション(75年国際プロレス足立区体育館)【正解】馬場と猪木の「同日入門」舞台裏の真実(60年日本プロレス)この時点での対戦成績は80戦17勝63敗、勝率213。2013年4月10日発売号は「春の本場所」華やかなりし時代の2大公式戦!第9回チャンピオン・カーニバル公式戦、アブドーラ・ザ・ブッチャーvsブルーザー・ブロディ、鶴田vsジャック・ブリスコ(81年全日本プロレス広島県立体育館)

【予想解説】「生傷男」ブルーザーは力道山存命中にスケジュールが忙しすぎて呼べなかった大物。65年11月に日本プロレスに初来日、11月24日に大阪府立体育会館にで力道山の死後、空位となっていた復活インターナショナル王座決定戦を馬場と行いました。

馬場はザ・デストロイヤー、アルバート・トーレス、ジ・アサシンズA(トーマス・リネストウ)、ザ・ブッチャー(ドン・ジャーデン、アブドーラ・ザ・ブッチャーとは別人)を王座争覇戦で破り、日本代表としてブルーザーとの王座決定戦に進出。

調印式では馬場を「スキニー」(痩せっぽち)と挑発し貫禄十分でした。

当時すでにアメリカではインディアナポリス版WWAを設立し、ベビーフェイスで試合をしていた地区もありましたが、日本ではヒールのスタイルを押し通し、1本目は17分50秒、2本目は5分31秒、いずれもブルーザーが反則負けを取られ、馬場が2−0のストレート勝ちで第3代王者となるも、屈辱的試合内容での戴冠となりました。

3日後の11月27日には、蔵前国技館にて馬場の初防衛戦として同一カードでの対戦が組まれ、1本目は7分50秒、馬場が体固め、2本目は18分24秒、ブルーザーが体固め、決勝の3本目は4分55秒両者リングアウトとなり、1−1の引き分けで辛うじて防衛に成功。

2年3か月後の68年2月、再来日したブルーザーは2月26日大阪府立体育会館で初来日のハーリー・レイスと組んで馬場&猪木組のBI砲のインターナショナル・タッグ王座に挑戦、2−1で敗退。

2月28日東京体育館でブルーザーは馬場のインターナショナル王座に挑戦。65年の王座決定戦の時から2年3か月の時を経て、押しも押されもせぬ日本プロレスのエースに成長していた馬場は堂々と迎え撃ち、1本目は8分20秒、ブルーザーが逆エビ固め、2本目は3分58秒、馬場のリングアウト勝ち、決勝の3本目は2分59秒、馬場が片エビ固めでフォール勝ちし2−1で馬場が勝利。防衛記録を20回の大台に乗せています。

69年8月には盟友クラッシャー・リソワスキーとの「ブル・クラ」で来日、8月11日札幌中島スポーツセンター2連戦初日で馬場&猪木組を2−1で破りインターナショナル・タッグ王座を奪取しました。

翌12日の札幌中島2日目でブルーザーは馬場のインターナショナル王座に挑戦。1本目は9分34秒、馬場の反則勝ち、2本目は3分21秒、ブルーザーが反則勝ち、決勝の3本目は2分20秒、馬場が片エビ固めで取り、ブルーザーを返り討ちにしました。

8月13日大阪府立体育会館で馬場&猪木組はブルーザー&クラッシャー組を2−1で撃破、インターナショナル・タッグ王座を奪還。ブル・クラは2日天下に終わっていますがBIから同タッグ王座を奪ったのは他にウィルバー・スナイダー&ダニー・ホッジ組、ドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスの3チームだけです。

ブル・クラは馬場が日本プロレスを離脱、全日本プロレスを旗揚げしてからの72年11月にはAWAとの提携路線から国際プロレスに初参戦。この時馬場は全日本プロレス旗揚げに際し所属選手を貸し出してくれた吉原社長の恩に報いる為に11月29日東京体育館と翌30日水戸市茨城県スポーツセンターの2大会に特別参加しており「同じリング」に上がってはいます。

馬場とブルーザーがリング上で相対したのは75年2月6日(現地時間)カンザス州カンザスシティ・メモリアルホール。全日本プロレスを設立してから保持していたPWFヘビー級王座初の海外での防衛戦でした。

1本目は7分41秒、馬場がカウンターの16文キック、さらにアトミックドロップから再度16文キックを頭部に決めて片エビ固め。2本目は7分2秒ブルーザーがアトミック・ボムズアウェーから流血した馬場の額にパンチを打ち込み、フォールを返されるとさらにもう一発パンチを額に打ち込んで体固め。決勝の3本目は9分37秒、ブルーザーがエプロンの馬場を捕まえ、レフリーの制止を聞かずにパンチ、首絞め攻撃を続けた為馬場の反則勝ち。2−1で馬場が25度目のタイトル防衛を果たしました。

勝つには勝ちましたが内容に不満の馬場はブルーザーとの決着を日本でつけると約束。

4月5日千葉県船橋市ヘルスセンター・ローラースケート場で開幕の「第3回チャンピオン・カーニバル」序盤戦にブルーザーが全日本プロレスに初参戦。4月10日仙台・宮城県スポーツセンターでPWFヘビー級王座を賭けて対戦しました。

1本目ブルーザーは馬場を場外に落とし、レフェリーの制止を聞かずにマイクのコードで首絞め攻撃を続け6分43秒、馬場の反則勝ち。2本目、再び場外乱闘となりブルーザーがリング下に置いてあったストラップを取り出して馬場の首に巻きつけリングへ。馬場はここで反撃、ストラップをブルーザーの左手首に巻き付けて身動きを取れなくするとキック、チョップ、チョーク攻撃。レフェリーの制止を聞かず攻撃を続け、3分46秒、ブルーザーの反則勝ち。馬場が日本では封印していたヒールファイトを出してブルーザーを圧倒しています。

決勝の3本目、ブルーザーが馬場を場外へ投げ落とすと、ブルーザーのセコンドのマイク・ジョージが馬場を攻撃。すると、馬場のセコンドの鶴田が阻止に入りました。

ここから両方のセコンドの乱闘となると、ブルーザーも加わって鶴田と殴り合い。その間にリングに戻っていた馬場は、ブルーザーの首にロープを巻き付けリングに戻し、ロープへ振って32文ドロップキック、僅か1分40秒、エビ固めでフォール勝ちし2−1で馬場が27度目のタイトル防衛を果たしています。

【正解解説】予想をする時は行き当たりばったりではなく3か月位先までの予想をリストアップし、その中から前週の正解を見て適宜取捨選択をしています。本来なら4月10日は正解の日の北九州大会セミファイナル、藤波辰巳vsダイナマイト・キッドのWWFジュニア・ヘビー級選手権試合を予想する予定でした。

この日はテレビ生中継で藤波vsキッドは、試合中画面が急に黒くなってしまい、10分位放送が中断する放送事故が起きて、再開した時はフィニッシュシーンでした。こちらは中継電波の基地となる関門海峡の箇所に貨物船が臨時に停泊し電波を遮ってしまったことで起きてしまいました。

しかし前週に81年4月1日のIWGP発足式を採り上げた為、「2週連続して81年の新日本プロレスはないだろう」と他の予想に差し替えしましたが外れました。

北九州大会メインイベントは猪木&長州組vsバックランド&Rマグロー組のタッグマッチ60分1本勝負で試合は14分52秒、バックランドが長州を回転足折り固め(ジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド)で破っていますが、本稿は「回転足折り固め」にスポットを当てています。

タイトルの「全く異なる原理の二大必殺技、名称混同による紆余曲折」はバックランドが見せた回転足折り固めは相手のバックを取ってロープに押しつけて回転しブリッジを加えるもので、パット・オコーナーが得意とした後方回転エビ固め(オコーナーズロールアップ)の応用系で新日本プロレスのSANADAが「オコーナーズブリッジ」として使っています。

一方で73年10月14日蔵前国技館で行われた猪木&坂口征二組vsルー・テーズ&カール・ゴッチ組による「世界最強タッグ戦」の3本目で猪木がゴッチから3カウントを奪った「ジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド」はうつ伏せにした相手の両脇に両足をフックして脚力を使って相手を仰向けにしてブリッジして固める技。

藤波、タイガーマスクも同じ入り方をしており、フィニッシュの見た目は同じでも、入り方が異なる2つの技を「回転足折り固め」として一緒くたにしてしまうのはよろしくない、というのが本稿の趣旨でした。

結局、90年代に入りオコーナーの後方回転エビ固めに「オコーナーズ・ロールアップ」という名称が後付けで付けられ、時代の流れで区分されていきました。

※対戦成績は335戦56勝279敗、勝率167。

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