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2024年12月20日07:24

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【特別編】マイティ井上さん追悼(22)

前回、運営が杜撰と書きました82年全日本プロレス「第10回チャンピオン・カーニバル」ですが、このことは最終戦の4月16日福岡国際センターのマッチメイクに如実に現れました。

この日は「グランド・チャンピオン・シリーズ」の開幕戦を兼ねておりスタン・ハンセン、ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンク、ハーリー・レイス、ジミー・スヌーカ、さらに特別レフェリーのルーテーズが最終戦の4月22日東京体育館まで特別参加。

この日組まれていた公式戦のうち、私がリーグ戦中最も楽しみにしていたモンゴリアン・ストンパーvsアレックス・スミルノフの元国際プロレスエース外国人対決はスミルノフの棄権によりストンパーの不戦勝。

ビル・ロビンソンとテッド・デビアスの公式戦はロビンソンが膝の負傷で棄権しデビアスの不戦勝。これによりデビアスが26点。

これを踏まえて優勝の可能性が残されていたのが26点のブルーザー・ブロディ、デビアス、25点の馬場、鶴田の4選手。最終戦公式戦、まずは鶴田と天龍源一郎が対戦し30分時間切れ引き分け。鶴田は1点加算の26点でメインイベントの結果待ち。初出場となった天龍は24点。

メインイベントの最終公式戦、馬場とブロディの一戦は場外乱闘でブロディが机をコーナーの鉄柱に立てかけて馬場を叩きつけました。止めに入ったレフェリーのジョー樋口にブロディが暴行を加え、樋口はダウン、代わってサブレフェリーのテーズが入りましたがブロディはテーズにも暴行、怒ったテーズがゴングを要請し10分2秒、馬場の反則勝ちとなり2点加算で27点となり、最多得点で2年連続通算7度目の優勝を果たしています。

優勝争いとしての「チャンピオン・カーニバル」はこの年をもって休止。9年後の91年にABブロック別総当たりリーグ戦として復活します。

中堅どころの成績はマイティ井上が9点で10位、プリンス・トンガ、ロッキー羽田が8点で同点11位、石川隆士が7点で13位、佐藤昭雄、グレート小鹿、大熊元司の3人が6点で同点14位とどんぐりの背比べでしたがその中でも井上は最上位におり、馬場は外様ながら井上の仕事ぶりに一定の評価をしています。

休止の背景には総当たりリーグ戦形式を7年連続続け、マンネリ化と総当たりだけに馬場vs小鹿とか、ブロディvsビル・ハワードなど、予め勝敗の予想がつくカードが沢山あり、興行を買う地方のプロモーターから不満の声が続出したことなどが挙げられます。

「グランド・チャンピオン・カーニバル」参加メンバーですが、ドリー&テリーのファンクスvsハンセン&スヌーカ組という豪華カードが組まれ、試合権利のないハンセンがドリーにウェスタンラリアットの不意打ち、さらにスヌーカがとどめのスーパーフライを決めて14分51秒、スヌーカがドリーを体固めで降しました。

レイスはバック・ロブレイと組んでこの日不戦勝となったデビアス&阿修羅・原組と対戦。10分58秒、レイスが原にブレーンバスター(バーティカル・スープレックス)からの体固めでフォール勝ち。

この日井上は佐藤と組んで羽田&キャリア4年目の越中詩郎組と対戦、14分20秒、井上が越中を片エビ固めで破りました。

ここで書きたかったのはロビンソン、スミルノフの謎の棄権で、ロビンソンは膝の負傷ということになっていますが、確かに4月9日鳥取でのストンパー戦ではワンハンド・バックブリーカーを掛けた際に右膝を押さえて苦しむ場面もありましたが4月13日の宇和島大会まで普通に試合に出ており、いささか不自然。

スミルノフに至っては特に理由も書かれておらず欠場になっています。

この件についてはミック博士の「昭和プロレスマガジン」Vol.54に飛龍革命名義ではなく本名で読書投稿として載せて頂いておりますが、現在はどうなっているか不明ですが当時の外国人レスラーのギャラは1週いくらの週給制。

「第10回チャンピオン・カーニバル」の開幕戦3月19日は金曜日。金〜木で1週間、4月16日福岡国際センターも金曜日。週給契約だと1日でも1週間分のギャラが発生する、よって高額ギャラのロビンソンとスミルノフは福岡大会前に帰されたという説です。スミルノフはトップどころから少し下のポジションですが、新日本プロレスとの争奪戦で獲得しただけにそれなりのギャラを払っているはず。

ハンセン、ファンクス、レイス、スヌーカにロビンソン、スミルノフまでいてはギャラも大変な額になります。

勿論例外もありますが、昭和時代の全日本プロレス、新日本プロレスのシリーズはほぼ、金曜日に開幕して最終戦が木曜日、全日本プロレスが土曜日午後8時より生中継をやっていた時は土曜日が開幕戦の時は金曜日が最終戦。これが一つのサイクルでした。これがワンウィークルールというヤツです。

例外は新日本プロレスに多く、外国人レスラーには甘い汁を吸わせない団体なので「日割」で払っているかも知れませんが、全日本プロレスはこのワンウィークルールを踏襲しています。試しに「ゴング」の「日本プロレス50年史」の来日外国人リストでシリーズの開幕戦と最終戦の日付を曜日で調べていくと特別参加のレスラーを含め、ほとんどが当てはまります。

「グランド・チャンピオン・カーニバル」に残留しないロビンソンとスミルノフは帰っていた、が正解かと思います。最下位の0点ビル・ハワードは福岡大会には出ていますが、シリーズ序盤で食あたりを起こして数試合欠場しており、補填の為の福岡出場でしょう。

新日本プロレスのように試合がしょっぱいからと途中帰国させられたりは余程のことがない限り全日本プロレスでは最後まで契約通り試合には出場させられます。

さて「グランド・チャンピオン・カーニバル」ですが第5戦の4月20日愛知県体育館でハンセン&ブロディ組の「超獣コンビ」が結成され馬場&鶴田組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦した60分3本勝負が行われました。

1本目は7分38秒、ブロディがキングコング・ニードロップから鶴田を体固め、2本目は4分5秒、ブロディのセコンドであるロブレイがチェーンを手渡しし、それで攻撃した超獣コンビの反則負け、決勝の3本目は3分8秒、両者チームリングアウトとなり1−1の引き分けで馬場&鶴田組が13度目の王座防衛を果たしています。

第6戦の4月21日井上の地元大阪府立体育会館ではストンパーとシングルマッチ30分1本勝負で対戦、5分54秒、体固めで井上の勝利に終わっています。

「第10回チャンピオン・カーニバル」では18点とロビンソンに次いで7位だったストンパーですが、グラチャンになってから急に負けが込み、トンガと両リン、天龍、阿修羅・原、小鹿に丸め込みでフォール負け。最終戦の4月22日東京体育館でも佐藤に首固めであっさりフォール負けを許しています。

その最終戦では馬場がハンセンとPWFヘビー級王座を賭けて2度目の対戦、ハンセンのウェスタンラリアットを食らって馬場が場外に転落、ハンセンは場外でもう一発ラリアットを見舞おうとしましたが馬場にかわされ鉄柱に誤爆、そのまま乱闘となり7分12秒、両者リングアウトとなり馬場が12度目のタイトル防衛に成功しました。

鶴田はレイスとUNヘビー級王座防衛戦、両者共に額から大流血し出血多量により13分6秒、両者レフェリーストップの引き分けで鶴田が10度目のタイトル防衛。

セミ前はファンクスとブロディ&スヌーカ組が対戦したタッグマッチ45分1本勝負。前81年12月13日蔵前国技館での「世界最強タッグ決定リーグ戦」最終公式戦と同じ組み合わせ。

スヌーカのドリーめがけてのスーパーフライが誤爆、ブロディの上に覆い被さってしまい、ロブレイが乱入したことで17分46秒、ブロディ&スヌーカ組の反則負けとなりましたが、試合終了後ブロディとロブレイが2人がかりでスヌーカを袋叩きにして仲間割れとなってしまいました。

ブロディとスヌーカの仲間割れには裏があり、来日前にスヌーカはWWFと契約、帰国後の4月26日(現地時間)にはニューヨークMSGでボブ・バックランドのWWFヘビー級王座ヘの挑戦が決定、WWFに定着することが決まり、全日本プロレスヘの長期参戦ができなくなったところから仕組まれたアングルでした。

この日井上はトンガと組んで小鹿&大熊組の極道コンビと対戦し、7分59秒、反則勝ちとなりました。
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