mixiユーザー(id:21258650)

2024年12月13日07:20

455 view

【特別編】マイティ井上さん追悼(15)

フォト

80年3月31日、国際プロレスの後楽園ホールで行なわれたIWA世界タッグ選手権試合、マイティ井上&アニマル浜口組に新日本プロレスの木村健吾&永源遙組が挑戦した一戦で浜口は木村健のプランチャを受けて場外で後頭部を強打。

試合は井上&浜口組の反則勝ちに終わり11度目の防衛に成功、第10代王者チームであるラッシャー木村&グレート草津組の持つ同王座防衛記録とタイで並びましたが、この試合で失神した浜口は脳震盪を起こしておりタイトルは返上。

当初は次期「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」第2戦4月13日後楽園ホールで王座決定戦が行われる予定でしたが浜口がシリーズ欠場となりベルトは返上されました。 

このシリーズには「閃光男」マイク・ジョージがエース格として国際プロレスに初参戦、外国人ブッキングルートが大剛鉄之助になった移行は反則流血クレージーラフファイターばかりだった国際プロレスのリングに新風を巻き起こしました。

6月29日「ビッグ・サマー・シリーズ」第2戦で後楽園ホールで行なわれることになった王座決定戦、新日本プロレス側はジュニア・ヘビー級に専念することを表明した木村健に代わり、元国際プロレスのエースでIWA世界ヘビー級、同タッグ王座を保持していたストロング小林を投入、永源と組んで新日本代表チームとして出場させると発表。

S小林は、猪木との「昭和巌流島の決闘」から丸6年、北米タッグ王者からも外され、藤波辰巳、長州力の後塵を拝するようになっていました。

S小林は後日この件について「正直、やりたくはなかった、僕は新日本プロレスの役員だったから断ることも出来たんだけど、開き直って逆に対抗戦を楽しんでやろうと思ったね」と心中を語っています。

国際プロレス側の前王者浜口は6月28日、福島県大越町体育館でのシリーズ開幕戦で復帰、メインイベントでラッシャー木村とのタッグでスパイク・ヒューバー&ジプシー・ジョー組と両チームリングアウトで引き分けていましたが、国際プロレスでは体調不安もあり代打に実力者、寺西勇を起用、井上とのテクニシャンコンビで新日本プロレス勢を迎え撃ちました。

国際プロレスのエースでありながら退団して猪木に挑戦して敗れ、団体のイメージを悪くしたとしてS小林に怨念抱く井上は気合を入れた当たりの強い攻撃を仕掛けていきました。レフェリーは4月に現役を引退して6月に新日本プロレス審判部長に就任した山本小鉄。

元東京スポーツ新聞社の門馬忠雄氏によると、井上は小林に殴りかかる時に「小林ぃ〜、お前ばっかりいい思いしやがってこの野郎!」と言ってから殴りつけ、S小林は「そんなことないぞ〜!」と言って殴り返した、とのことですが真相は謎です。

1本目は13分18秒、フライング・ショルダータックルからサマーソルト・ドロップ2連発で井上がS小林を体固め。スロースターターのS小林にこれで火が付いたか、2本目は3分50秒、ブレーンバスターからの体固めで井上をフォール。この辺りは体格の違いによるパワーの差が出たようです。

決勝の3本目、場外乱闘でジプシー・ジョーとロッキー・ブリュワーが乱入、国際勢に手を出しました。その隙にS小林と永源がリングに上がり、4分、リングアウト勝ち。2−1でS小林&永源組が王座獲得。第22代王者チームとなりました。

国際勢はレフェリーの小鉄に抗議しましたが、「外国人は新日本プロレスとは無関係で加担した訳ではない」とはねつけて判定は覆らず。

7月15日静岡県富士市民体育館で、S小林&永源組に井上&浜口組が挑戦したIWA世界タッグ選手権試合が行われています。

国際プロレスは復調した浜口を登用し、井上との前王者チームでリマッチに臨みます。王者チームのS小林&永源組は新日本プロレスの巡業先である福井から富士入り。

今回も61分3本勝負。レフェリーは6月29日に次いで新日本プロレスの小鉄。1本目、浜口が王者チームに捕まり、永源が、エルボードロップから、ヘッドバット3連発、ダウンしたところにとどめのエルボードロップ、13分37秒、永源が浜口を体固め。

2本目は浜口が永源を得意の飛行機投げ(エアプレーン・スピン)で回転させてからそのまま垂直に後方に倒れ込むブロックバスター(サモアン・スープレックス)から1分46秒、体固めで速攻のフォール勝ち。

決勝の3本目、永源は浜口にブレーンバスター2連発からフォール。浜口がキックアウト、ここでM井上と場外乱闘していたS小林がイスを持ってリングに上がり、レフェリーの小鉄止めるのも聞かず永源に羽交い絞めにされた浜口めがけてイスを振り下ろしましたが、浜口は間一髪身をかわし、S小林のイスは小鉄の脳天を直撃、怒りの小鉄は即S小林の反則負けのゴングを要請。3分19秒、国際組の反則勝ちとなり、ベルト移動、井上&浜口組が王座奪、第23代王者チームとなっています。

 「ゴング」の連載でプロレスライターの菊地孝氏がこの日王者チームはなんと会場を間違え、『富士宮市』体育館に行ってしまったといいます。メインイベントだから試合には間に合いましたが、会場入りが遅れたS小林と永源。時間管理に厳しい小鉄からたっぷりお叱りがあったようでそれで調子を狂わせたS小林が不覚の反則負けを喫してしまったというもの。

しかし実際は、井上&浜口組にベルトを渡すのに2フォール負けは許さない新日本プロレス側の圧力によるものでしょう。S小林&永源組は17日天下に終ってしまいました。

王座に返り咲いた井上&浜口組はシリーズ最終戦の7月25日札幌中島体育センターでヒューバー&ロッキー・ブリュワー組を金網デスマッチで破りIWA世界タッグ王座を初防衛。

日付変わって7月26日未明、埼玉県大宮市(現在のさいたま市大宮区)にあった国際プロレスの道場兼合宿所にタクシーが突っ込み、プロパンガスが爆発し全焼するという事件がありました。

国際プロレスは「ビッグ・サマー・シリーズ」終了後、公式大会ではないオープン戦「第2次ビッグ・サマー・シリーズ」を開催、熱戦譜には記録が載らない幻のシリーズでした。

9月14日後楽園ホールで開幕の「ダイナマイト・シリーズ」は第1次と第2次に分かれて開催。第2次にはアレックス・スミルノフ、ビッグ・ジョン・クイン、ザ・USSR(チャーリー・フルトン)、特別レフェリーのルー・テーズが参戦。

東京12チャンネルの「国際プロレスアワー」が10月4日から毎週土曜日午後8時からに放送時間が移行。移行第1弾は滋賀県近江八幡市立運動公園体育館からの90分拡大版生中継で「世界3大タイトルマッチ」を開催しています。

メインイベントはR木村のIWA世界ヘビー級王座クインが挑戦、14分29秒にR木村がリングアウト勝ち。大木金太郎は因縁の上田馬之助とインターナショナル選手権試合で対戦、10分40秒に両者リングアウトの引き分け。

井上&浜口組はスミルノフ&USSR組とIWA世界タッグ王座防衛戦を行い1−1から両チームリングアウトで引き分けとなり2度目の王座防衛に成功。

年度最終シリーズは11月1日後楽園ホールで開幕の「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」。スミルノフ、キラー・カール・クラップがエース格。

シリーズ序盤戦で大木が右角膜エロゲオンという病気を理由に欠場し韓国に帰りましたが、実際は東京12チャンネル主導での契約が更新されなかったものでした。

11月27日千葉公園体育館で井上&浜口組はメキシコのカルロス・プラタ&エル・ドーベルマン組とIWA世界タッグ王座防衛戦を行い2−1で3度目のタイトル防衛。

井上の出場はありませんでしたが、12月13日新日本プロレスの東京体育館にR木村、浜口、寺西勇の3選手が出場、新日本プロレスとの対抗戦が行なわれています。

R木村は前年の8月26日日本武道館での「プロレス夢のオールスター戦」でリングアウト勝ちしたS小林とIWA世界ヘビー級選手権試合を行い、11分37秒、バックドロップからの体固めでフォール勝ち。

浜口&寺西組は藤波辰巳&木村健組と対戦、16分9秒、藤波が寺西にジャーマン・スープレックスホールドでフォール勝ち。対抗戦は1勝1敗ですが思えばこの時出場した3選手が国際軍団として新日本プロレスに翌年から上がることになる訳です。

6 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年12月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031