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2024年12月12日10:40

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【特別編】マイティ井上さん追悼(14)

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国際プロレスの80年は1月4日新潟市体育館で開幕の「新春パイオニア・シリーズ」からスタート、新日本プロレスの常連だったキラー・カール・クラップをエースにジプシー・ジョー他が参戦。

同シリーズにダイナマイト・キッドの再来日が発表されましたが、新日本プロレスに横取りされています。前79年7月、英連邦ジュニア・ヘビー級王者として国際プロレスの「ビッグ・サマー・シリーズ」に初来日。7月19日の北海道・木古内町公民館での来日第1戦では、ベテラン寺西勇を相手に30分時間切れ引き分け。

翌7月20日には大館市民体育館で阿修羅・原が保持するWWU世界ジュニア・ヘビー級王座に挑戦して13分7秒、両者カウントアウトの引き分け。さらに7月21日には村上市民会館で原のWWU世界ジュニア・ヘビー級王座と自ら保持する英連邦ジュニア・ヘビー級王座を賭けた国際プロレス初のヨーロッパルールを採用したラウンド制のダブル・タイトルマッチを行い、4分7ラウンドの時間切れで引き分けています。 

キッドと原はシリーズ最終戦の7月25日、三島市民体育館でノンタイトル45分3本勝負で対戦し2−1で原が勝利。キッドはファン、関係者からも高い評価を得て、吉原功代表も早期の再招聘を予定していました。

しかし、同時期に国際プロレスと提携していた新日本プロレスもスタンピード・レスリングに目をつけて急接近し、初来日直後の8月17日(日本時間18日)猪木、坂口征二、藤波辰巳のカルガリー遠征を実施。

藤波のWWFジュニア・ヘビー級王座とキッドの英連邦ジュニア・ヘビー級王座を賭けたダブル・タイトルマッチは20分33秒、両者リングアウトの引き分けとなりましたが、非常に好試合となりました。

カルガリー大会の模様はテレビ朝日の「水曜スペシャル」の90分枠特番において、10月17日に録画中継されましたが大きな反響を呼んでいます。

遠征に同行していた新間寿営業本部長はプロモーターのスチュ・ハートに、国際プロレスのブッキング料を上回る条件を提示、国際プロレスとの取引をやめて、新日本プロレスと提携するように打診、この時点でスチュは新日本プロレスに気持ちが傾き、新間の条件を応諾していました。

国際プロレスでは1月7日、大阪府立体育会館では原とのWWU世界ジュニア・ヘビー級選手権試合を行うとリリースしていました。

新日本プロレスも、国際プロレスと提携していながら、ロイヤルvs原のNWA世界ジュニア・ヘビー級選手権試合(79年10月5日、後楽園ホール)にクレームをつけたり、大剛鉄之助がブッカーをしていたカルガリーのマーケットを横取りしたりと結構エグいことをやっています。

新日本プロレスと国際プロレスからすればダブルブッキングであり、結果的には資金力の差で国際プロレスが勝てる訳もなく、キッドは新日本プロレスに参戦しますが、発表当時は「キッドは一体どちらに来るんだ」と物議を醸したものの、予想通り、キッドは1月4日後楽園ホールで開幕の新日本プロレス「新春黄金シリーズ」に来日しました。

このシリーズ、マイティ井上&アニマル浜口組は1月30日埼玉県秩父市民体育館でクラップ&ジョー組を1−0で破りIWA世界タッグ王座9度目の防衛を果たしています。

2月18日高田馬場BIG−BOXで大木金太郎の国際プロレス入団が発表されています。こちらは視聴率テコ入れの為に東京12チャンネル主導で実施され、ラッシャー木村との2大エース時代到来をアピールしました。 

2月24日後楽園ホールの「スーパー・ファイト・シリーズ」第2戦で大木は観客に挨拶、3月15日埼玉県越谷市体育館から試合に参戦、ディック・ザ・ブルーザーも7年4か月ぶりに国際プロレスのリングに登場。越谷大会メインイベントはR木村と大木がタッグを結成、ブルーザー&ザ・ストンパー(モンゴリアン・ストンパー)組と対戦し1−1から引き分け。

シリーズ最終戦3月21日静岡県浜北市(現在の浜松市浜北区)体育館で井上&浜口組はストンパー&トム・スタントン組を2−1で破りIWA世界タッグ王座10度目の防衛を果たしています。

3月31日は後楽園ホールで国際プロレスがワンナイト特別興行「世界4大タイトルマッチ」を開催、この日は月曜日で東京12チャンネルが午後7時30分から特番で生中継、2,400人満員発表の観客が集まりました。

年度末の月曜日開催ということで観客の入りが懸念されましたが、蓋を開けてみれば当日券の売上がグーンと伸びて満員の観衆を集めました。

新日本プロレスから所属選手の木村健吾、永源遙、元国際プロレス所属でフリーとして新日本プロレスにスポット参戦していた剛竜馬、新日本プロレスからのブッキングで国際プロレスに初参戦となるジョニー・パワーズが出場しています。

試合が行われた順番に振り返ると、まずはIWA世界タッグ選手権試合(61分1本勝負)、王者チームM井上&浜口組に木村健&永源組が挑戦。新日本ではヤマハよりさらにポジションが下の即席コンビ。

試合開始5分過ぎ位に木村健が場外の浜口にプランチャを放ち、これを受け損ねた浜口は後頭部を強く打って失神、M井上が浜口をリングに押し上げましたが浜口はピクリとも動かず。床に溢れた観客のビールに足を滑らせたという報もありましたがはっきりわからず。

レフェリーの遠藤光男はカウントを入れる訳でもなく立ち尽くして木村健&永源組に注意をするのみ、腹に据えかねた新日本勢が遠藤レフェリーに暴行、11分30秒、王者チームの反則勝ちとなり、M井上&浜口組が11度目のタイトル防衛。

続いて行われた阿修羅・原に剛が挑戦したWWU世界ジュニア・ヘビー級選手権試合(61分1本勝負)で、剛は78年4月の国際プロレス退団来約2年ぶりの古巣登場となりました。

原の入団によるジェラシーも国際プロレス退団の一要因と言われており、剛は原にいいところを取らせずグラウンドレスリングで動きを完封、最後は場外でアトミック・ドロップの要領で担ぎ上げ、本部席にそのまま叩きつける暴挙に出ました。

レフェリーの新日本プロレスの小鉄は即座に試合終了のゴングを要請、14分45秒、剛の反則負けで原が9度目のタイトル防衛も内容ではいいところなし。

次のニック・ボックウィンクルのAWA世界ヘビー級王座にこの年の2月に国際プロレスに新入団した大木金太郎が挑戦した一戦(61分3本勝負)は唯一、新日本プロレスとは無関係でした。1本目は10分20秒、ニックが逆さ押さえ込み、2本目は6分34秒、大木が原爆頭突きから体固め、決勝の3本目は2分9秒、両者リングアウトとなり1−1の引き分け。

テレビ生中継はニックvs大木のAWA世界戦までで放送時間が終了しています。

最後のメインイベントはラッシャー木村のIWA世界ヘビー級王座にパワーズが挑戦(61分1本勝負)。両者は東京プロレス時代に何度か対戦していますが、当時は格が違いR木村はパワーズには歯が立たず。

鉄柱攻撃で額を割られて大流血のR木村にパワーズは得意の足8の字固め(パワーズロック)をガッチリ決めて得意満面。足が弱点のR木村は大苦戦、ようやく場外に同体で転落した時にパワーズロックが外れ、R木村はドリルアホール・パイルドライバーを決めてリングに上がり、14分29秒にリングアウト勝ちを拾って5度目の王座防衛を果たしました。

当時のパワーズは79年1月に坂口にもNWF北米ヘビー級王座を奪われ、新日本プロレスのトップ外国人からは外れていましたが、そのパワーズに苦戦してフォール勝ち出来なかったR木村には国際プロレスファンは落胆。

3つのタイトルマッチは国際プロレスの選手の商品価値を大きく下げる内容になってしまいました。

国際プロレスにとって新日本プロレスは全日本プロレス以上に厳しいビジネスパートナーでした。

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