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2024年07月06日18:24

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ストロング小林さん追悼最終章(739)

81年新日本プロレス「第4回MSGシリーズ」は5月8日、川崎市体育館で開幕。

スタン・ハンセン、ハルク・ホーガン、ボビー・ダンカン、サージェント・スローター、クリス・アダムス、マイク・マスターズの外国人レスラーが参加。

また、来日直前の5月2日、ニューヨーク州ロチェスターでのキラー・カーン戦で右足首を骨折、急拠来日キャンセルとなったアンドレ・ザ・ジャイアントの代打として、第4戦の5月12日、名取市民体育館からタイガー・ジェット・シンの出場が決定しています。

他、終盤戦にはWWFヘビー級王者ボブ・バックランドとダスティ・ローデスが特別参加。

当初は初来日でWWFで猛威を振るっていたボディビル出身の「ミスターUSA」トニー・アトラスが「ボディビルの大会に出場するため引退する」と宣言して来日をキャンセル。結局、アトラスは翌82年3月の「第5回MSGシリーズ」に初来日しましたが、ボディビルコンテストに出る為にはプロレスラーでは資格上問題があり引退しなくてはならなかったのか、活動休止で本当は引退していなかったのではないか?については謎です。

また、新日本プロレスの常連であったニコリ・ボルコフも来日をキャンセル、ボルコフは前回の来日となる79年10〜12月の「闘魂シリーズ」を終えて帰国後はWWFを離れ、80年1月からフロリダのCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロムフロリダ)に転戦し定着。

フロリダであれば新日本プロレスと親密関係になっていたので問題なしかと思われましたが、80年11月、ドリー・ファンク・ジュニアがフロリダのブッカーに就任したことで流れが変わり、代表のエディ・グラハムは再び馬場寄りになり、新日本プロレスは共同代表であるヒロ・マツダとのルートで外国人レスラーのブッキングを続けますが、80年の時のようにフロリダ勢が毎シリーズ来るようなことはなくなってきます。

ボルコフもドリーがストップをかけた可能性大です。ボルコフの代打はロサンゼルス地区で活躍していた”ミーン”マイク・マスターズが決まりました。

日本側は猪木、坂口征二、藤波辰巳、長州力の4選手、参加が予定されていたキラー・カーンはWWFのスケジュール優先で不参加。「第4回MSGシリーズには出場することになるだろう」とデラックスプロレス4月号のインタビューで応えていたストロング小林ですが、メキシコ遠征の後はそのままアメリカのWWF圏に転戦し不参加となりました。

この年は全11選手による予選トーナメントなしの総当たりリーグ戦30分1本勝負、○フォール、ギブアップ勝ち5点、◇反則勝ち、☆リングアウト勝ち、□不戦勝各4点、△時間切れ、時間内引き分け2点、●◆★■▲あらゆる負け、無効試合0点。得点上位2名により6月4日、蔵前国技館で優勝決定戦が行われます。

なお、本リーグ戦における日本人選手同士の対戦は全て「IWGPアジア・ゾーン予選」として行われることとなりました。

開幕戦の前日の5月7日、新宿・京王プラザホテル・コンコルドボールルームで開幕前夜祭としてレセプションが開催され、立会人としてWWF代表、ビンス・マクマホン・シニアが登場して挨拶。

その後、新間寿営業本部長から「世界のトップヒール、アブドーラ・ザ・ブッチャー選手がIWGPの趣旨に賛同し、新日本プロレスのリングに参戦することになりました!」と発表があり、マスコミと列席者から大きなどよめきが起きています。1週間前には全日本プロレスのリングで試合をしていたブッチャーの新日本プロレス電撃参戦のニュースに日本マット界に衝撃が走りました。
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