81年新日本プロレス「WWFビッグ・ファイト・シリーズ」最終戦の蔵前国技館大会ではIWGP参加の為、猪木がスタン・ハンセンとの王座決定戦に勝ち、その場でNWFヘビー級王座を返上したのを初め、坂口征二のWWF北米ヘビー級王座、坂口&長州力組の北米タッグ王座が返上、封印されています。
これで藤波辰巳の持つWWFジュニア・ヘビー級王座と、実質的には異種格闘技戦活動休止により形骸化していた猪木のWWF格闘技世界ヘビー級王座以外のベルトは全て返上、封印されたことになります。
シリーズ終了後、猪木、藤波はメキシコに遠征、5月1日(現地時間)メキシコシティ・エル・トレオ・デ・クアトロ・カミノス(観衆30,000人超満員発表)のUWA定期戦に出場しています。
猪木はボブ・バックランドの持つWWFヘビー級王座に挑戦(時間無制限3本勝負)。NWFヘビー級王座を返上したばかりの猪木がWWFヘビー級王座に挑むことに違和感を覚えるファンも当時はいました。
「真の統一世界王者を作るというIWGPの理念からは外れるのでは?」、「(WWFヘビー級の)ベルトを獲ったらどうするのか、返上するのか?挑戦する意味がない」等の意見がありました。
とはいえ、いくら新日本プロレスと親密関係にあるプロモーターであるビンス・マクマホン・シニアが、自分のところの興行の看板ベルトであるWWFヘビー級王座を投げ打ってまでIWGPに協力するとは考えにくく、海外団体所管のベルトとは別物であるという「現実の壁」が存在するのは事実でした。
バックランドと猪木が対戦するのは前80年4月16日(現地時間)フロリダ州マイアミビーチ・コンベンションセンター以来、前回はコブラツイストの掛け合いから猪木がバックランドをトップロープ越しに投げてしまい、21分24秒、オーバーザ・トップロープにより猪木の反則負けとなっています。
本来なら4月17日鹿児島県立体育館でバックランドが猪木のNWFヘビー級王座に挑戦する予定でしたが、スケジュールの都合でバックランドが急拠、帰国した為、1年ぶりに両者が敵味方に別れてリングで対峙することになりました。
今回は中立とも言えるメキシコのリングでのタイトル戦。1本目は18分5秒、バックランドがジャンピング・パイルドライバーから体固め、2本目は5分17秒、猪木が延髄斬りから体固め、決勝の3本目は猪木がバックランドに足4の字固めを掛け、バックランドが身体を反転させて両者同体でリング下に転落、8分1秒、両者リングアウトの引き分けとなり、1−1の引き分けでバックランドがタイトル防衛に成功しています。結果的に猪木はこれが最後のWWFヘビー級王座への挑戦となった訳です。
藤波はカネックの持つUWA世界ヘビー級王座に挑戦(時間無制限3本勝負)。当初新日本プロレスからは藤波の保持するWWFジュニア・ヘビー級王座とのダブル・タイトルマッチと発表されていましたが、カネックが「ヘビー級の世界王者である俺が、何で藤波のジュニアに挑戦しなければならないんだ!」とこれを拒否、UWA世界ヘビー級のベルトのみ賭けられることになりました。
2月15日のトレオでタイガー・ジェット・シンから反則勝ちながらベルトを奪回、1年ぶりにメキシコに王座を奪い返し、意気上がるカネック。1本目は9分5秒、カネックが体固め、2本目は6分2秒、藤波が回転エビ固め、決勝の3本目は6分5秒、カネックが反則勝ちとなり、2−1でカネックがタイトル防衛に成功しています。
メキシコ遠征中のストロング小林はレイ・メンドーサ&スコルピオ(この年の7月に新日本プロレスに来日)とルードトリオを結成、ビル・ロビンソン&フィッシュマン&グラン浜田組と6人タッグマッチ時間無制限3本勝負で対戦。
S小林と浜田の対戦というのもメキシコならではです。試合結果は5月4日付(3日発行、3日は日曜日で通常は休刊ですが、競馬の関係で日曜日に発行されることもありました)の「東京スポーツ」からの引用ですが、メキシコの6人タッグマッチを含むタッグ戦のルールは通常「1チームが2人をフォールして成立」というものです。
メキシコから初の中継となった78年8月13日、パラシオ・デ・ロス・デポルテス(8月18日放送)ではエル・ソリタリオ&浜田&アニバル組vsカネック&カルロフ・ラガルデ&セザール・バレンチノ組の6人タッグマッチがそうでしたが、わかりにくいルールでした。
この為日本では最初のフォール、ギブアップを端折って記録を掲載するのが通例になっていましたが、今回はメキシコルールがそのまま掲載されています。
1本目は�。曲�5秒、ロビンソンがスコルピオを体固め、�■永�15秒、フィッシュマンがメンドーサを回転エビ固め。2本目は�。格�10秒、S小林がロビンソンをアトミック・ドロップから体固め、�■永�57秒、メンドーサがフィッシュマンを体固め、決勝の3本目は�。己�7秒、浜田がメンドーサを体固め、�■格�58秒、ロビンソンがS小林をカナディアン・バックブリーカーでギブアップさせて2−1でロビンソン&フィッシュマン&浜田組に軍配が上がりました。
ロビンソンがカナディアン・バックブリーカーを使っていたというのは意外ですが、メキシコ限定かも知れません。
この大会は残念ながらテレビ朝日の収録はありませんでした。
5月2日(現地時間)ニューヨーク州ロチェスターで行われたアンドレ・ザ・ジャイアントとキラー・カーンのシングルマッチで、Kカーンがアンドレの右足を骨折させる、というアクシデントが発生しました。
実際は体重が増加していたアンドレがリング上で攻防で足を骨折、異変を察した機転を効かせたKカーンが咄嗟にトップロープからダイビング・ニードロップを浴びせ、レフェリーが反則負けを宣告して試合を終わらせています。
最もこの結果については諸説あり二宮清純氏のコラムによるとKカーンの回想で「はっきり記憶にはないけど、記録では13分21秒、体固めで俺の負けになっている。アンドレがどうにかして試合を終わらせたんだろう」という記述もありますが、アンドレが起き上がってヒッププレスとかでKカーンをフォールした、というのはいささか無理があるように思います。
5月8日、川崎市体育館から開幕する「第4回MSGシリーズ」に参戦が予定されていたアンドレは参加キャンセルとなりました。
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