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2024年06月25日21:40

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ストロング小林さん追悼最終章(728)

この試合の後はチームを結成して大いに暴れまくるかと思われた坂口と小林だが、小林が「メキシコの小さな選手とやっても自分にはプラスにならない。このチャンスを借りて坂口さんと勝負したい」と宣言。

かつてのタッグパートナー同士がメキシコでは敵味方に分かれて闘うことになった。

(81年)2月20日、アレナ・ネサワルコヨトルでは坂口、カネック、スペル・マキナ組対小林、タイガー・ジェット・シン、バッファロー(ブファロ)・アレン組(坂口組の反則勝ち)の一戦が行われ、21日には坂口がアレナ・ソチミルコでアレンと再び(2月15日エル・トレオでの試合は後述します)シングルマッチ(2−1で坂口の勝ち)、小林はアレナ・アパトラコで栗栖とコンビを組み、ミル・マスカラス、エル・ソリタリオ組と対戦(2−1でマスカラス、ソリタリオ組の勝ち)。

22日にはエル・トレオで再び坂口と小林が激突、カネックと組んだ坂口が小林、アレン組を2−1で破った。坂口と小林のパワーとパワーのぶつかり合いはメキシコのファン、関係者にメキシカン・レスリングとは全く異質のレスリングが存在することを証明してみせた。それだけでもわれわれメキシコ人には十分な教訓であったと言える。

エピソードは前後しますが、81年2月15日、エル・トレオ・デ・クアトロ・カミノスで行われた坂口征二とバッファロー(ブファロ)・アレンの柔道ジャケットマッチに触れておきます。

柔道ジャケットマッチ時間無制限1本勝負
坂口征二(12分40秒 裸絞め)バッファロー・アレン
※アレンはメキシコでは「バッドニュース」ではなく旧リングネームのバッファローを名乗った。

坂口はメキシコ・マット初の柔道ジャケットマッチを披露した。相手は昨年以来、UWAのマットで大型の悪役として鳴らしているバッファロー・アレン。

アレンも柔道に関してはオリンピックの銅メダリストだっただけに、この形式の試合は願ってもないところだったようだ。

ファンも最初のうちは見慣れぬ道衣をつけての試合に勝手がわからず、シーンと静まり返っていたが坂口が鮮やかな一本背負いでアレンを投げ飛ばすと、「ホーッ」というため息が客席全体からもれた。

5分過ぎまでは投げの応酬でフェアな展開だったがアレンがロープで坂口の首を絞め続け、坂口が怒ってチョップを振るったところから俄然エキサイト。パンチ、チョップ、投げ…と柔道とプロレスをミックスした豪快なスーパー・ヘビー級の闘いとなった。

アレンはガムシャラな突進で善戦したが、やはり本家坂口の柔道殺法はケタが違う。12分過ぎ、アトミック・ドロップでアレンをキャンバスに沈めた坂口は強烈な裸絞めで絞め落とす。

メキシカン・スタイルには縁がないが、坂口の豪快な闘いぶりはメキシコのファンの賞賛を得るのに十分であった。

エル・トレオ大会メインイベントは新日本プロレスのリングに2月12日まで参戦していたシンのUWA世界ヘビー級王座に満を持してカネックが挑戦。

UWA世界ヘビー級選手権試合時間無制限3本勝負
〚挑戦者〛カネック(2−1)〚王者〛シン
�.轡�(9分42秒 体固め)
�▲�ネック(4分49秒 体固め)
��カネック(4分52秒 反則勝ち)
※カネックがタイトル獲得。

シンvsカネックのUWA世界戦であるが、シンが「フラッシュが邪魔になる!」と叫んで、カメラマン全員を追い払うというハプニングが起きるなど波乱に満ちた一戦となった。

シンに追い払われたカメラマン達は「職権妨害だ!」と(フランシスコ)フローレス代表に抗議したが、狂乱状態のシンは例えフローレス氏とあっても止められない。

試合前からシンの毒気にあてられてしまったカネックだが、それでも二万の大観衆の声援を一身に浴びて果敢に挑んだ。アームロック、レッグブリーカーと前半はカネックの動きの良さが目立つ。しかし、シンが大人しくしていたのは5分まで。カネックの隙をついてキチンシンクで反撃、得意のコブラクローがカネックの喉元を襲う。

カネックも一度はプランチャ(ダイビング・ボディアタック)で反撃したが、シンはニードロップから再びコブラクローの猛攻で1本を先取した。

2本目も荒れ狂うシンが場外にカネックを叩き出して鉄柱に打ち付ける一方的な攻撃を見せたが、カネックも意地を見せ、ロープのリバウンドでシンが突進してくるところをジャンピング・ネックブリーカー・ドロップで切り返してタイに追いついた。

3本目はシンが一段と荒れ狂った。デッドリー・ドライブでキャンバスに沈めたカネックにコブラクローからカロテッド・クラッチ(頸動脈絞め)の猛攻。レフェリーが懸命に制止しようとするが、シンはこれを払いのけ、突き倒したためにレフェリーはグロッキーのカネックの右手を上げて反則勝ちを宣言した。

一昨年以来、シンの狂乱ファイトに怒りの声を上げるファンを満足させる内容とはとても言えないが、ともかくカネックは九死に一生の思いでUWA世界王座奪回に成功。反則勝ちとはいえ、約1年ぶりにメキシコへタイトルが戻って来たことで、セコンドのドクトル・ワグナーがカネックに抱きついて喜ぶ姿が印象的だった。

シンは「ダウンしている野郎がベルトを巻いて、ピンピンしているオレがどうして負けなんだ!」とコミッション席に怒鳴り込んだが、反則に厳しいメキシコ・ルールでは、これも仕方ない裁定だったといえよう。

以上が「週刊ファイト」81年3月24日号の2月15日のメキシコシティ・エル・トレオ決戦の試合レポートとなっています。

ストロング小林は日本ではいいようにやられていたタイガー・ジェット・シンとタッグチームを結成、ルードとして活躍。日本では縁のなかったミル・マスカラスとも対戦しています。

2月21日のアレナ・アパトラコでのS小林&栗栖正伸組vsマスカラス&ソリタリオ組の試合は「デラックスプロレス」5月号モノクログラビアにも掲載されています。但し、こちらはマスカラスのパートナーば「エル・インパクト」となっています。

インパクトは1951年メキシコ出身本名はイズマエル・レイエス・ハム。往年の名レスラー、ラウル・レイエスの息子。68年2月にデビューし、わずか3か月後にメキシコ連邦区ミドル級王座となった当時29〜30歳の新鋭ですが、グラビアにはインパクトの写真は1枚もなく、マスカラスのパートナーを本当に務めたかは不明です。

試合結果(時間無制限3本勝負)はデラプロには掲載されており、1本目はS小林がマスカラスをアトミック・ドロップから体固め、2本目はマスカラスがS小林をフライング・クロスアタックから体固め、決勝の3本目は急所攻撃を栗栖が出して日本組の反則負けとなりました。
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