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2024年06月24日19:55

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ストロング小林さん追悼最終章(727)

ストロング小林のメキシコ登場第1戦は81年2月15日(現地時間)メキシコシティ・エル・トレオ・デ・クアトロ・カミノスのUWA定期戦(観衆20,000人)。S小林はルード(ヒール)サイドとして出場。

79年にメキシコ武者修行に来ていたマサノブ・クリス(栗栖正伸)&ドクトル・ワグナーとのトリオでリンピオ(テクニコ、ベビーフェイス)のエンリケ・ベラ&アンヘル・ブランコ&ドリー・ディクソン組と6人タッグマッチ時間無制限3本勝負で対戦。

S小林のメキシコ遠征時代の記録に関しては情報が少なく海外のデータベースにもほとんど資料がありませんので独自調査で判明しているものを紹介していきます。

トレオでの初戦は「週刊ファイト」81年3月24日号(3月17日発売)に試合レポが掲載されていますので引用してみます。記事はメキシコシティのリカルド・モラレス通信員。大阪に拠点を置く「週刊ファイト」は「東京スポーツ」、「月刊プロレス」、「ゴング」とは異なる海外ルートを持っており、他誌(紙)には書いていない情報も多いですが、両建で「飛ばし記事」と呼ばれたガセも一定数ありました。

6人タッグマッチ時間無制限3本勝負
ストロング小林&ドクトル・ワグナー&栗栖正伸(2−1)エンリケ・ベラ&アンヘル・ブランコ&ドリー・ディクソン
�〃�栖(12分1秒 体固め)ブランコ
�▲戰�(5分30秒 回転エビ固め)栗栖
��小林(4分56秒 体固め)ディクソン

坂口征二とストロング小林のUWAマット登場はメキシコ・プロレス界にセンセーショナルな話題を巻き起こした。「メキシコでは思い切り暴れてみたい」という二人の意向を尊重したUWAの(フランシスコ)フローレス代表はあえて坂口と小林をルード(ヒール)サイドに組み込んだ。ルードとしてファイトした方が彼らの本来の豪快なレスリングを行いやすいと判断してのものである。

空中戦主体のメキシコのスタイルに慣れている当地のファンにとって、二人のパワーにあふれたレスリングはまさに脅威だ。

2月15日、エル・トレオにおけるビッグマッチで、坂口と小林はその”パワー”の凄まじさをまざまざと見せつけた。

小林はメキシコ滞在が既に2年を経過した栗栖正伸、ドクトル・ワグナーとのトリオでエンリケ・ベラ、アンヘル・ブランコ、ドリー・ディクソン組と対戦した。

試合開始早々からルードとして暴れている栗栖とワグナーにほだされたかのように、小林は猛攻を開始した。ライト・ヘビー級クラスの三人を力まかせにキャンバスに叩きつけ、場外まで追いかけてイスや鉄柱にガツーン!とぶつける。日本からの情報では「小林はスロースターター」とのことだったが、予想を大きく覆す暴れっぷりだ。リンピオ・トリオに肩入れするファンは大声で小林を非難するが小林のラッシュは止まらない。

1本目は小林の協力を得て、大張り切りの栗栖がブランコにニードロップを叩き込んで先取。

2本目こそ、勢いに乗りすぎた栗栖がベラの回転エビ固めを食ったが、3本目には再び小林の猛パワーが爆発する。ベラを力まかせに持ち上げ、豪快なブレーンバスター。さらに、栗栖とワグナーがブランコを攻撃する間に、軽量のディクソンを楽々と担ぎ上げてアトミック・ドロップでフォールを奪った。

人気トリオがあっさり敗れてしまったため、ファンは怒りが収まらない様子だったが、それほど小林のパワーファイトが群を抜いていたといえよう。

試合後、控室で小林のパートナーを務めた栗栖に聞いてみると「日本での小林さんのファイトからは想像出来ないほどの暴れ方だ」と同僚の栗栖でさえ目を見張っていた。(この項続く)
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