80年の日本プロレス界の暮れは新日本プロレス対全日本プロレスのタッグリーグ戦による興行対決となりました。
メンバーの豪華さと斬新さでは新日本プロレスの「MSGタッグ・リーグ戦」が上回りましたが、バッドニュース・アレン&ウィリエム・ルスカ組、ジョニー・パワーズ&オックス・ベーカー組など出場資格に問題があるチームもおり、またリーグ戦の作り込みは雑で、アンドレ・ザ・ジャイアント&ザ・ハングマン組が自身の最終公式戦でタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組に敗れ、優勝決定戦進出が成らなかった以外は、優勝決定戦のカードも結果も順当でした。
もう少し番狂わせとか波乱は起こせなかったものか…。パワーズ&ベーカー組の途中帰国などは人材を活かしきれておらず、運営面が下手だな、というのが正直なところです。
全日本プロレスの「世界最強タッグ決定リーグ戦」は前年仲間割れしてチーム分割させたザ・シークのパートナー、グレート・メフィストが力不足。やはりここは翌年組むことになるマーク・ルーイン、ジミー・スヌーカ、あるいはこのメンバーだと負け役にはなりますがキラー・ブルックスなどの方がいい仕事をしたのではないでしょうか?
また、ニック・ボックウィンクルのパートナーには当初、長年AWA世界タッグ王座を保持していたレイ・スチーブンスが内定していたとのことで、74年11月の国際プロレス「ワールド・チャンピオン・シリーズ」以来となるニック&レイの名タッグは見てみたかったです。
29歳のディック・スレーター&27歳のリッキー・スティムボート組のフレッシュなチームの参戦がなければ、盛り上がりには欠けたのではないでしょうか?
ドリー・ファンク・ジュニアは離婚ショックで激ヤセしており、コンディションは見るからに悪く、ザ・ファンクスも動きにキレがなかったです。
観客動員比較ですが、最強タッグ以外のシリーズでは客が入らず、なかなか大会場での興行が打てない全日本プロレスですが、年に一度の冬の本場所とあって(春のチャンピオン・カーニバルは既に77年を最後に都内の10,000人収容規模の会場では興行が打てなくなっていた)大会場もいくつか押さえていました。
大阪府立体育会館は全日本プロレスが12月9日、馬場&鶴田組vsアブドーラ・ザ・ブッチャー&キラー・トーア・カマタ組、ドリー&テリー・ファンク組vsニック&ジム・ブランゼル組の2大公式戦で7,800人満員発表。
新日本プロレスは翌12月10日に優勝決定戦、猪木&ボブ・バックランド組vsスタン・ハンセン&ハルク・ホーガン組、特別試合ダスティ・ローデスvsタイガー・ジェット・シンで8,500人超満員発表で僅差で新日本プロレスの勝利。私個人的には全日本プロレスの7,800人はカードを勘案すれば、ちと怪しい、かなり水増ししているような気がします。
東京の大会場は全日本プロレスが12月11日、蔵前国技館。ファンクスvs馬場&鶴田組、ブッチャー&カマタ組vsシーク&メフィスト組の2代公式戦で11,500人満員発表。
新日本プロレスは追撃戦の12月13日、東京体育館で猪木&ローデス組vsハンセン&シン組、国際プロレスとの対抗戦、ラッシャー木村vsストロング小林のIWA世界ヘビー級選手権試合他で7,500人発表と満員にはならず。
やはり、バックランド、アンドレ、ホーガンを帰国させての開催では満員にするのは難しいのは当たり前、東京は全日本プロレスの完勝でした。カード云々もありますが「世界最強タッグ決定リーグ戦」の持つブランド力、ファンへの信用力が定着していたのでしょう。
つけ加えると横浜文化体育館が新日本プロレスの「MSGタッグ・リーグ戦」開幕戦の11月21日と全日本プロレスの前シリーズ「ジャイアント・シリーズ」の11月1日の20日差での開催もあります。
新日本プロレスはハンセン&ホーガン組vsシン&上田馬之助組、坂口征二&S小林組vsアンドレ&ハングマンの公式戦で5,200人満員発表。
全日本プロレスは因縁の対決、ブッチャーvsテリーのUNヘビー級選手権試合がメインで7,500人超満員発表。
こちらは全日本プロレスの勝利と言えますが、不入りで知られる新日本プロレスの横浜文体が満員になったのは特筆すべき出来事と言えます。
ログインしてコメントを確認・投稿する