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2023年12月05日21:20

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ストロング小林さん追悼(586)

80年2月27日、蔵前国技館(テレビ生中継、観衆11,000人満員発表)で行われた猪木とウィリー・ウイリアムスの「格闘技世界一決定戦」は猪木にウィリーが挑戦するWWF格闘技世界ヘビー級選手権試合として行われました。

当日は午後7時30分からの「水曜スペシャル」で生中継。

大会当日を迎え、会場となった蔵前国技館は新日本プロレスと極真会館だけでなくプロレスファン、空手ファンの乱闘を警戒してか厳戒態勢となり、「猪木が勝ったら袋叩きにしてやる。」と新日本プロレスに脅迫状まがいの脅しがあったとして、観客や空手関係者が金属探知機でチェックを受け、中には猟銃を持ち込もうとする者もいたため銃刀法違反で検挙された者も現れ、かつてない殺伐とした雰囲気となっていました。

メイン開始直前に黒いジャンバーを着た200名の空手家が現れる、この事態に新日本プロレス営業部長の大塚直樹は極真会館の添野義二に問い詰めると、万が一ウイリーが負けるような状況になったら、試合を壊すために門下生に召集をかけており、集団でいると物騒な雰囲気となるため、四方へと散っていたと言います。

これには新日本プロレスのレスラー達も流石に身構えたか、空手家たちの行動に注意し、猪木のセコンドには万が一の事態に備えて藤波辰巳まで着くことになりました。他には長州力、星野勘太郎、永源遙。

試合形式は3分1ラウンドの15回戦、しかし猪木の関節技は15秒と制限され、場外カウントも15となっていました。レフェリーは73年まで新日本プロレスのレフェリーをしており、梶原プロモーションに在籍ていたユセフ・トルコ。
 
第1ラウンド、猪木はロープワークを見せて牽制、猪木がドロップキックを放ちましたが、ウィリーはこれをかわして後ろ廻し蹴り、ミドルキック、ローキックを浴びせていきます。ウィリーの蹴りはスピードはさほどでもありませんが重たいです。

猪木は組みつくもロープブレークとなり、ウィリーは後ろへ下がった猪木にパンチ、猪木はスライディングからアリキックを仕掛けたところで第1ラウンド終了。

第2ラウンド、ウィリーのキック、ジャブのコンビネーションは猪木はバックステップでよけ、組みついたところでウィリーは膝蹴り、猪木がレフトフック・デイトン戦で見せたをヘッドバットを見舞えばウィリーも頭突きで応戦、やはり黒人は頭の硬さは共通なのだろうか…。

猪木は距離を図ってからの廻し蹴り、これをかわされるとウィリーは猪木の顔面にキック、膝蹴り。猪木は蹴られながらもウィリーに密着し、スライディング・レッグシザースからグラウンドヘ移行、両者もつれてリング下に転落。

上になったウィリーがはパンチ攻撃を浴びせたところで、リング下にいた黒いジャンパーを着用した極真会館勢が一斉に動きました。猪木側のセコンドも入って小競り合いとなり、ウィリーのセコンドが慌て止めに入ったところ、レフェリーのトルコは場外15カウントを数えて両者リングアウトを宣言、猪木はウィリーのセコンドの誰かに危害を加えられたか、額が切れて流血してしまいました。

両者はリングに戻ると試合続行をアピール、立会人の梶原一騎がリングに上がりマイクを持つと「この試合は皆さんが楽しみにしていた試合であります。立会人の権限で第3ラウンドから試合を再開致します!」と宣言、観客席からは大歓声。

第3ラウンドから続行が決まりましたが、レフェリーがのトルコは新間寿営業本部長の抗議を受け、ウィリーのセコンドが多すぎるとしてリングサイドからの退去を命じました。セコンドは双方4人とされていましたが、ウィリー側はドサクサに紛れ、それ以上の数がセコンドにいたのでした。

試合再開、第3ラウンド、勝負を賭けたウィリーがパンチの連打、猪木は場外にエスケープ、リングに戻ると猪木は張り手、ウィリーも瞬時にパンチを出して相討ち。まさに梶原漫画の「あしたのジョー」のクロスカウンターを彷彿とさせるシーンだ。

猪木はウィリーのボディにタックルしてからテイクダウンを奪い上になりましたがもつれて場外へ転落、リングに戻ると、ウイリーのエルボーに対して猪木は背負い投げから腕ひしぎ逆十字固めにいこうとしましたが、下になったウィリーが猪木の顔面に膝蹴り、「アーッ!」割れた額を押さえて苦しむ猪木、再びタックルを狙うが、ウィリーが防御して第3ラウンド終了。

第4ラウンド、またもやゴングと同時にウィリーがパンチの連打、猪木は下からタックル狙い、ウイリーのトラースキック、猪木のドロップキック共に空振り。ウィリーの廻し蹴りを外した猪木はもつれ合ったまま、またもや両者場外へ落ちて、猪木は場外でウィリーを腕ひしぎ逆十字固めに捕らえました。場外だと寝技15秒制限がないという猪木の読みだったか。レフェリーのトルコがカウントを数え、再び両者リングアウト、試合終了のゴング。再び双方のセコンド陣同士が小競り合いとなり、一触即発ムード。

猪木は脇腹、ウィリーは肘を負傷したため、4ラウンド1分24秒、両者ドクターストップの痛み分けとなりました。

プロレスと空手の威信を掛けたまさに果たし合い。死闘でしたが、ウィリーのセコンドについていたのはプロではなくアマチュアの空手家達であり、猪木が勝ったら興奮した観客と喧嘩になっていた可能性大であり、この結果しかなかったのではないかと思います。

その後ウィリーはK−1にも参戦して佐竹雅昭と対戦、92年にはリングスにも参戦して前田日明と7月16日、大阪府立体育会館で対戦、この頃は既に、かなり腹回りも太くなり、動きも鈍く、前田の膝十字固めにギブアップ負けしています。

猪木とウィリーは97年1月4日新日本プロレス、東京ドーム大会で猪木の引退に向けて「INOKI FINAL COUNT DOWN6th」で対戦し、猪木がコブラツイスト、ウィリーが正拳突きという「決め技限定マッチ」として行われました。4分13秒、猪木がグラウンドコブラツイストで勝利し、17年前の決着をつけましたが、お互いに全盛期を過ぎていたこともあり、盆戦に終わりました。何なら、この決着戦はやらなくても良かったと思います。
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