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2023年11月15日22:12

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ストロング小林さん追悼(566)

新日本プロレス初参戦、前79年7月、国際プロレスの「ビッグ・サマー・シリーズ」以来半年ぶり来日となるダイナマイト・キッド、本名トーマス・ビリントン、1958年12月5日 イギリス、ランカシャー州出身の当時20歳。

元プロレスラーのテッド・ベトレーに師事、彼の紹介で「蛇の穴」ビリー・ライレー・ジムにトレーニング行きランカシャー・スタイルのレスリングを学び75年に16歳でデビューしています。

巨漢のベビーフェイスで団体のエースレスラーであったビッグ・ダディらクラブトリー3兄弟の主宰するジョイント・プロモーションで活躍、Bダディの兄となるマックス・クラブトリーは後にIWGP発足時の実行委員に名を連ねていたプロモーターで新日本プロレスとも協力関係にありました。

77年は79年9月に国際プロレスに来日したローラーボール・マーク・ロコ(後の初代ブラック・タイガー)と抗争、78年1月25日にはジム・ブリークスを破りブリティッシュ・ウェルター級王座を獲得。これがキッドのプロレス人生における初戴冠。

同年4月にカナダのカルガリーへ渡り、スチュ・ハート主宰のスタンピード・レスリングと契約、7月に英連邦ミドル・ヘビー級王座の初代王者に認定されています。以後、ブレット・ハートと同王座を争いNWA世界ジュニアヘビー級王者のネルソン・ロイヤルとも対戦しました。

キッドはスチュの地下道場「ダンジョン」でヨーロッパスタイルとはまた違うシュートを叩き込まれ、カルガリーのハードヒットなレスリングを修得して「髪剃ファイター」と言われたファイトスタイルを確立していきます。

79年7月、英連邦ジュニア・ヘビー級王者として国際プロレスの「ビッグ・サマー・シリーズ」に初来日。7月19日の北海道・木古内町公民館での来日第1戦では、ベテラン寺西勇を相手に30分時間切れ引き分け。

翌7月20日には大館市民体育館で阿修羅・原が保持するWWU世界ジュニア・ヘビー級王座に挑戦して13分7秒、両者カウントアウトの引き分け。さらに7月21日には村上市民会館で原のWWU世界ジュニア・ヘビー級王座と自ら保持する英連邦ジュニア・ヘビー級王座を賭けた国際プロレス初のヨーロッパルールを採用したラウンド制のダブル・タイトルマッチを行い、4分7ラウンドの時間切れで引き分けています。 

キッドと原はシリーズ最終戦の7月25日、三島市民体育館でノンタイトル45分3本勝負で対戦し2−1で原が勝利。キッドはファン、関係者からも高い評価を得て、吉原功代表も早期の再招聘を予定していました。

しかし、同時期に国際プロレスと提携していた新日本プロレスもスタンピード・レスリングに目をつけて急接近し、初来日直後の8月17日(日本時間18日)猪木、坂口征二、藤波辰巳のカルガリー遠征を実施。

藤波のWWFジュニア・ヘビー級王座とキッドの英連邦ジュニア・ヘビー級王座を賭けたダブル・タイトルマッチは20分33秒、両者リングアウトの引き分けとなりましたが、非常に好試合となりました。

カルガリー大会の模様はテレビ朝日の「水曜スペシャル」の90分枠特番において、10月17日に録画中継されましたが大きな反響を呼んでいます。

遠征に同行していた新間寿営業本部長はプロモーターのスチュに、国際プロレスのブッキング料を上回る条件を呈示、国際プロレスとの取引をやめて、新日本プロレスと提携するように打診、この時点でスチュは新日本プロレスに気持ちが傾き、新間の条件を応諾していました。

国際プロレスも80年1月4日、新潟市体育館で開幕する「新春パイオニア・シリーズ」にキッドの再来日を発表しており、1月7日、大阪府立体育会館では原とのWWU世界ジュニア・ヘビー級選手権試合を行うとリリースしていました。

新日本プロレスも、国際プロレスと提携していながら、ロイヤルvs原のNWA世界ジュニア・ヘビー級選手権試合(79年10月5日、後楽園ホール)にクレームをつけたり、大剛鉄之助がブッカーをしていたカルガリーのマーケットを横取りしたりと結構エグいことをやっています。

新日本プロレスと国際プロレスからすればダブルブッキングであり、結果的には資金力の差で国際プロレスが勝てる訳もなく、キッドは新日本プロレスに参戦しますが、発表当時は「キッドは一体どちらに来るんだ」と物議を醸しました。

初来日の「黒い怪鳥」スキップ・ヤングは本名ガルトン・W・ヤング、1951年7月24日、テキサス州ヒューストン出身の当時28歳。

70年代中盤にスキップ・ヤングのリングネームでデビュー、ベビーフェイスの黒人レスラーとしてフリッツ・フォン・エリックが主宰していた地元テキサスのダラス地区のNWAビッグタイム・レスリング(後のWCWA)を皮切りに、中西部のセントラル・ステーツ地区、エディ・グラハム主宰のフロリダ地区のCWF(チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ)などNWAの主要テリトリーを転戦してキャリアを形成しました。

79年、フロリダでマスクマンのスウィート・ブラウン・シュガーに変身。ダスティ・ローデスやボボ・ブラジルのパートナーとなり、キング・イヤウケア、キラー・カーン、パク・ソンナン、ジョー・ルダック、バグジー・マグロー、バッドバッド・レロイ・ブラウンなど、スーパーヘビー級の巨漢ヒールとも互角に激闘を展開しました。

同年9月29日にはブラジルとのタッグでミスター・サクラダ(桜田一男)&ミスター・ヒト組からフロリダ州タッグ王座を獲得。シングルでは10月26日にアーニー・ラッドを破って南部ヘビー級王座を獲得。

79年はフロリダを主戦場としつつ、素顔でカリフォルニア州のロサンゼルスにも遠征して、8月10日、オリンピック・オーデトリアムで日本から遠征してきた藤波のWWFジュニア・ヘビー級王座に挑戦。60分3本勝負で2−1で敗れタイトル奪取はならなかったものの善戦、得意の正面飛び式ドロップキックで藤波から1本を奪っています。

今回は、そのリベンジの為に初来日、来日外国人レスラーのメンバーにはNWAインターナショナル・ジュニア・ヘビー級王者スティーブ・カーン、キッドら強豪が一緒であり、果たしてタイトル戦線に食い込むことが出来るか、待望の初来日と言えます。

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