終盤戦特別参加の「オランダの柔道王」ウィリエム・ルスカは10月の「ブラディ・ファイト・シリーズ」の終盤戦3大会に特別参加し2シリーズ連続参戦。
9月28日、愛知県体育館、10月2日、大阪府立体育会館、シリーズ最終戦の10月4日、蔵前国技館の東名阪大会場のみに出場、それぞれ、永源遙、ストロング小林、蔵前ではマサ齋藤と組んでS小林&藤原喜明組と対戦。
「サマー・ファイト・シリーズ」中に見せた相手をロープに飛ばして大外刈り風に倒してタイガー・ジェット・シンのコブラクローばりの頚動脈絞め(窒息絞め、どちらでも可のようです)で3連勝。(蔵前では藤原から一本取った)
今シリーズはヒールファイトではなく久しぶりに柔道家としての一面が見られそうです。
外国人ヒールサイドでシリーズ全戦参加のM齋藤は2〜4月の「ビッグ・ファイト・シリーズ」から4月の国際プロレス「ビッグ・チャレンジ・シリーズ」、4〜6月の「第2回MSGシリーズ」、6〜8月の「サマー・ファイト・シリーズ」、8〜10月の「ブラディ・ファイト・シリーズ」からの連続参戦。それぞれ、参加外国人レスラーの参謀として重要なポジションを担ってきました。
今シリーズもシンを初め、サンフランシスコで激闘を展開していたパット・パターソン、フロリダで因縁のあるペドロ・モラレス、WWFで同じヒールサイドで一緒だったニコリ・ボルコフらがおり、「名関脇」として豪華メンバーの良さを引き出す役割なのは間違いのないところです。
今シリーズもシンの「正パートナー」の上田馬之助は11月1日、高萩市民体育館で開幕する国際プロレスの「デビリッシュ・ファイト・シリーズ」に連続参戦が決まっており不在。M齋藤の長いキャリアの真価を問われそうです。
開幕戦は10月26日、後楽園ホール、11月1日、札幌中島スポーツセンター、11月8日、小樽市総合体育館、11月16日、沖縄・那覇市奥武山体育館、11月23日、鹿児島県立体育館、11月30日、徳島市立体育館、12月4日、大阪府立体育会館、最終戦が12月6日、蔵前国技館。
シリーズ中のビッグマッチ、タイトルマッチは11月1日、札幌中島スポーツセンターではついに待望の初シングル戦、ダスティ・ローデスが猪木に挑戦するNWFヘビー級選手権試合。
11月8日、小樽市総合体育館では坂口征二がパターソンのWWF北米ヘビー級王座に挑戦。タイガー・ジェット・シンのNWF北米ヘビー級王座へのリターンマッチをせず、WWF版の北米ヘビー級王座に挑むのはいささか無理筋かと思いますが、いずれにせよ坂口は早期に「北米二冠王」に返り咲きたいのはヤマヤマかと思われます。
11月16日、那覇市奥武山体育館では坂口&長州力組の持つ北米タッグ王座にグレッグ・バレンタイン&M齋藤組が挑戦。M齋藤はパートナーをシンからGバレンタインに代えての連続挑戦。若い長州にとってはまたもや試練到来です。
11月30日、徳島市立体育館ではボブ・バックランドのWWFヘビー級王座に猪木が4度目の挑戦。そして勝敗の如何に関わらずシリーズ最終戦の12月6日、蔵前国技館での再戦が決定。二番勝負であり猪木にはベルト奪取の絶好のチャンス到来です。
12月4日、大阪府立体育会館では猪木とペドロ・モラレスのシングルマッチが発表されており、11月1日、札幌で猪木がローデスを相手に王座を防衛した際にはNWFヘビー級選手権試合となります。猪木は前78年7月24日、広島県立体育館でモラレスに受けた屈辱を晴らすことが出来るか?。
藤波辰巳のWWFジュニア・ヘビー級王座にはGバレンタインが挑戦。完全にヘビー級のGバレンタインがジュニアのベルトに挑むのは果たしてアリか?相当な減量をしなければならないですが…。
またバックランドとシンがノンタイトル戦でスペシャルシングルマッチ60分1本勝負で初対戦。新日本プロレスも全日本プロレスに負けじと夢の外国人大物対決に舵を切りました。
シリーズ最終戦12月6日、蔵前国技館ではバックランドvs猪木のWWFヘビー級選手権試合の再戦以外には坂口とルスカがそれぞれ柔道5人掛けを行うと発表されました。
シリーズ終了後の12月13日、プロレス興行で使用するのは日本プロレス71年11月29日以来となる京都府立体育館でワンマッチ興行「格闘技世界一決定戦」が行われ、メインイベントはWWF格闘技世界ヘビー級選手権試合、猪木にカナダの現職警察官で空手家のキム・クロケードが挑戦。
坂口とルスカの柔道ジャケットマッチ、藤波vs木村健吾のシングルマッチ(藤波が12月4日、大阪府立体育会館でGバレンタインを相手に防衛に成功した場合はWWFジュニア・ヘビー級選手権試合となる)が組まれています。
京都大会が終わると猪木、坂口、藤波、長州は12月17日、ニューヨークMSGでのWWF定期戦に参戦、藤波と長州はその後、12月19日、メキシコのメキシコシティ・パラシオ・デ・ロス・デポルテスのUWAのビッグマッチに出場。再躍進となった79年、新日本プロレス勢は年末まで世界を駆け回ることになりました。
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