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2023年05月20日21:46

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ストロング小林さん追悼(388)

78年新日本プロレス「ゴールデン・ファイト・シリーズ」は8月25日、新潟県長岡市厚生会館(現アオーレ長岡、テレビ生中継、観衆3,200人満員発表)大会で開幕。

メインイベントは猪木&坂口征二組の黄金コンビがタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組の凶悪コンビと対戦。既に不協和音が流れているシン&上田組の連携はどうか?

1本目は14分2秒、両チームリングアウトで1−1。決勝の2本目は5分3秒、日本組の反則勝ち、2−1でスコア上では猪木&坂口組の辛勝でしたが、シンと上田は試合中に何回か誤爆、同士討ちが散見され、仲間割れ寸前でした。

このシリーズから上田の入場テーマ曲として「地獄へ堕ちろ!」(マッドマン・エクスプレス演奏)が採用されています。新日本プロレスに始まり、国際プロレス、全日本プロレスの昭和3団体で長く使用され、平成に入ってからもNOW、IWAジャパンなどインディー団体でも使用され続けました。

セミファイナルは藤波辰巳とジョニー・マンテルのシングルマッチ45分1本勝負。11分17秒、回転エビ固めで藤波のフォール勝ち。テレビ生中継ではセミとメインの2試合を放送。

セミ前が今シリーズ初来日のジンバ・カーンが長州力と対戦したシングルマッチで7分6秒、長州の反則勝ち。ストロング小林は初来日のジョー・ロッシーを10分34秒、カナディアン・バックブリーカーでギブアップさせ、開幕戦白星発進しています。

木戸修とピート・ロバーツのいぶし銀対決は11分13秒、逆さ押さえ込みで木戸のフォール勝ち。バッファロー・アレンは外国人勢の1人としてのポジションで試合を行い、星野勘太郎を8分4秒、体固めで撃破。

今シリーズ、5人の若手が2日間に別れてデビュー。再デビューとなるジョージ高野は77年2月10日、日本武道館で佐山サトルを相手に15分時間切れ引き分けでデビューしていますが、デビュー前から特撮ドラマ「プロレスの星アステカイザー」に出演しており、その後試合を行うことなく、そのスター性を買われて菅原文太の誘いを受け、芸能界入りしていましたが、プロレスへの情熱を断ち切れず同年6月に新日本プロレスに再入門し、この日再デビュー。魁勝司(北沢幹之)と対戦し、7分9秒、首固めで敗れました。

前田明、本名・前田日明、後に在日韓国人高日明(コ・イルミョン)が本名であったことが明らかになります。1959年1月24日、大阪府大阪市大正区出身の当時19歳。北陽高校時代は空手と喧嘩、バイクに明け暮れ、77年新日本プロレスに入門。前田のデビュー戦は師匠格の山本小鉄と対戦、5分42秒、腕固めでギブアップ負けでした。

原薗善由紀(はらぞの よしゆき)、本名同じ1959年、9月7日、鹿児島県鹿児島市出身。5人のデビュー組の中で唯一、早期に退団してしまった為情報が少ない。荒川真(ドン)と対戦し3分4秒、体固めで敗れています。

第2戦、8月26日、長野県飯山市体育館(観衆2,000人発表)大会。メインイベントは猪木&木戸組が上田&Zカーン組と対戦、1本目は13分43秒、上田が木戸を体固め、2本目は3分32秒、日本組の反則勝ち、決勝の3本目は4分8秒、猪木がZカーンを体固めで破り、2−1で猪木&木戸組の勝利。

セミファイナルは長州vsシンのシングルマッチ45分1本勝負、僅か3分54秒、シンがコブラクローで長州を一蹴しました。

藤波はロッシーとのシングルマッチで11分26秒、エビ固めでフォール勝ち。プロレス留学生生活総仕上げとなるアレンは、今シリーズは通常の来日外国人と同じ扱いで参戦、77年10月25日、日本武道館での柔道ジャケットマッチ以来となる坂口とのシングルマッチ。後に北米ヘビー級、北米タッグの両王座を賭けて対戦する両者ですが、この時点ではまだ力に差があり9分12秒、逆エビ固めで坂口のギブアップ勝ち。

S小林はPロバーツと対戦、10分34秒、カナディアン・バックブリーカーでギブアップ勝ち。Jマンテルは永源遙を9分32秒、体固めで降しました。

前日の長岡大会に次いで、この日も新人が2人デビュー、平田淳二、本名同じ(後に「淳嗣」に改名)、1956年12月20日、神奈川県川崎市出身の当時22歳。平塚工科高校時代から柔道とボディビルで身体を鍛え、高校を中退して全日本プロレスの入門テストを受け合格、練習生となるも父親が病気で倒れた為退団し、アルバイトで家計を助けました。

しかし、プロレスへの夢を断てず、山本小鉄に手紙で入門の意思を伝えて78年4月25日、大田区体育館で行われた入門テストに合格し5月に新日本プロレスに入門しました。全日本プロレスでの練習生経験があったことから元々身体は出来ており、基礎体力もあった為に3か月でデビュー。 

デビュー戦は、同じく入門から3か月でデビューした藤原喜明と対戦、6分58秒、体固めでフォール負けしました。

今回デビューの新人の中では最年少、斎藤弘幸、本名同じ、1961年5月25日、神奈川県川崎市出身の当時17歳。中学生の時に地元である川崎市体育館で新日本プロレスが来た時に観戦、インスパイアされ、中学校を卒業してから山本小鉄に入門を直訴してプロレス入り。5人の中では一番身体が小さく、大成しないと言われましたが…人一倍の努力家であり、職人レスラーとしてWWFジュニア・ヘビー級、全日本プロレスでは世界ジュニア・ヘビー級、新日本に戻ってからはIWGPタッグ王座を獲得することになります。

斎藤弘のデビュー戦は魁勝司と対戦、7分7秒、エビ固めでフォール負けを喫しています。(両日とも新人デビュー戦は全て10分1本勝負)
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