78年新日本プロレス「MSGシリーズ」第8戦、4月29日、福岡県浮羽町大石放水路特設リング(観衆2,000人発表)大会で、6人タッグではありますが猪木と藤波辰巳が初のタッグチームを結成、長州力を加えたトリオで上田馬之助&ニコリ・ボルコフ&マーティン・ジョーンズ組と対戦。
1本目は10分52秒、上田が長州を体固め、2本目は3分30秒、日本組の反則勝ち、決勝の3本目は6分12秒、猪木がMジョーンズを体固めで破り猪木&藤波&長州組の勝利。
日本プロレス界を代表するもう一つの「師弟コンビ」、全日本プロレスの馬場&鶴田組は、鶴田がアメリカ武者修行から帰国した73年の「創立1周年記念ジャイアント・シリーズ」第2戦の10月8日、高崎市体育館で初タッグを結成、ドリー・ファンク・ジュニア&ラリー・オーディ組を2−1で破り、第3戦目の10月9日、蔵前国技館でドリー&テリー・ファンク組のザ・ファンクスのインターナショナル・タッグ王座に挑戦していますが、最初から馬場のパートナー兼後継者だった鶴田とジュニア・ヘビー級の藤波とは扱いに差があったということになります。
予選トーナメントはBブロック2回戦、藤原喜明とチーフ・ジェイ・ストロンボーが対戦、6分41秒、体固めでストロンボーが勝ち、決勝リーグ戦進出が決定。
第9戦、5月1日、熊本県牛深市漁港裏特設リング(観衆2,400人満員発表)大会では予選トーナメントEブロック2回戦、長州vsニコリ・ボルコフ戦が行われました。前77年の「第4回ワールド・リーグ戦」では両者は公式戦で対戦し両者リングアウトになっていますが、9分24秒、ボルコフが長州を体固めで破り決勝リーグ戦進出を決めました。
これでまずはAブロックが猪木、Bブロックがストロンボー、Cブロックがバグジー・マグロー、Dブロックが藤波、Eブロックがボルコフと5人の決勝リーグ戦進出が決定。1、2回戦の敗者が敗者復活枠か3人進出することになります。
第10戦、5月2日、鹿児島根占町グラウンド特設リング(観衆3,500人満員発表)大会では猪木&藤波が2度目のタッグを結成、外国人留学生のバッファロー・アレン(バッドニュース)とのトリオで福岡・浮羽大会と同じ上田&ボルコフ&Mジョーンズ組と6人タッグで対戦。
1本目は17分20秒、猪木が上田に反則勝ち、2本目は4分20秒、猪木がMジョーンズを体固めで降し、2−0のストレートで猪木&藤波&アレン組が勝利を飾りました。
第11戦、5月4日、沖縄県那覇市奥武山体育館(テレビ収録、観衆4,500人満員発表)大会。この日から決勝リーグ戦から公式戦参加のアンドレ・ザ・ジャイアントが特別参加。
アンドレはメインイベントでボルコフとのタッグで猪木&長州組と対戦、1本目は16分9秒、猪木がボルコフを回転エビ固め、2本目は1分52秒、アンドレがジャイアント・プレスで長州を体固め、決勝の3本目は2本目のジャイアント・プレスのダメージで長州がダウンしたまま起き上がれず、試合放棄となり、2−1でアンドレ&ボルコフ組が勝っています。
セミファイナルは藤波とトニー・ガレアのシングルマッチ。ガレアはWWWF地区ではベビーフェイスの人気者で、藤波のWWWFジュニア・ヘビー級王座は当初は1月23日、MSGで「王座決定戦」が行われると報じられ、対戦相手はガレアが有力視されていました。
結局、MSG大会の3日前の1月20日、ニューヨーク州ユニオンディール、ロングアイランドのナッソー・コロシアムでカルロス・ホセ・エストラーダとガレアが王座決定戦を行い、エストラーダが新王者になった、とされていますが、実際にこの試合が行われたかどうかは不明です。
藤波には「幻の王座決定戦」の相手だったガレアとのシングル戦で、ベルトが賭けられてもおかしくない試合でした。7分1秒、藤波が回転足折り固め(ジャパニーズ・レッグロール・クラッチホールド)で鮮やかなフォール勝ちをして見せました。
予選トーナメントはこの日から敗者復活戦がスタート、A枠の1回戦敗退者による2試合が行われ、永源遙と上田は5分3秒、体固めで上田の勝ち、山本小鉄はピート・リーブスを3分4秒、体固めで破りました。上田と小鉄は同枠の2回戦敗退者と対戦することになります。
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