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2023年04月16日22:22

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週プロ流智美あの日あの時予想2022年総括(47)

第264戦、11月22日発売号●【予想】猪木vsアントン・ヘーシンク戦流れる、代打ウィリエム・ルスカと引き分け(78年11月23日オランダ・ロッテルダム・マホイ・スポーツランド)【正解】日本テレビの独占に殴り込んだ「TBSプロレス」の野望と挫折、TBSが放送開始の記者会見(67年水道橋・後楽園飯店)【参考】2016年11月22日発売号は85年世界最強タッグ決定リーグ戦開幕戦、鶴田&天龍組vsニック・ボックウィンクル&カート・ヘニング組、スタン・ハンセン&テッド・デビアス組vsダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミス、長州力&谷津嘉章組vsラッシャー木村&阿修羅・原組(85年11月23日全日本プロレス後楽園ホール)

11月23日は勤労感謝の日で祝日にあたり、22日発売となりました。

【予想解説】「シュツットガルトの惨劇」で猪木史上最も過酷な遠征だったと言える78年11月の「欧州世界選手権シリーズ」。猪木以外の参加メンバーはプロモーターでもあるローラン・ボック、ジャック・デ・ラサルテス(71年8月に国際プロレスに来日)、ウィルフレッド・デートリッヒ、ウィリエム・ルスカ、ユーゲン・ウイズバーガー、オットー・ワンツ、チャールズ・ベルハースト(ジョニー・ロンドス、チャールズ・ベレッツ)ジーン・ブレストン(71年1月にイワン・ブレストン名義で国際プロレスに来日)、ミレ・ツルノ、クラウス・カーロフ(70年9月にメッサーシュミット名義で国際プロレスに来日)、クラウス・ワラス他。

日程は11月7日、西ドイツ・ラーベンスブルクから11月29日、オーストリア・リンツまで全20大会を開催。

なお、当初の「東京スポーツ」の報道では11月23日、オランダ・ロッテルダムで猪木とアントン・ヘーシンクが対戦すると報じられています。

ヘーシンクは73年に日本テレビが主導でキョードー東京の嵐田三郎社長がコンタクトしプロレス転向を表明、10月9日、蔵前国技館のリングで観客に全日本プロレス入団挨拶をし、すぐにテキサス州アマリロのドリー・ファンク・ジュニアの元に預けられてプロレスの手解きを受け、ジョージ・マックォーリー戦でデビュー。

日本デビュー戦は11月24日、蔵前国技館で馬場と組んでブルーノ・サンマルチノ&カリプス・ハリケーン組を破っています。

以後、全日本プロレスのリングで日本側で試合をしていましたが、柔道の癖が抜けず、試合が上手くならずに徐々に「お荷物扱い」になっていきました。

76年5〜6月の「NWAチャンピオン・シリーズ」への参加を最後に全日本プロレスから姿を消していましたが、唐突にこの年1〜2月の「新春ジャイアント・シリーズ」後半戦に1年7か月ぶりに全日本プロレスに参戦。

76年のモントリオール五輪のオランダ柔道のコーチに呼ばれ、この後決まっていた契約をキャンセルせざるを得なく、残った契約を消化するために来日、これまでの上半身裸で柔道着の下だけを着用したスタイルではなく、柔道の上着を着用、柔道家スタイルとなり日本側への助っ人参戦ではなく外国人枠で、シングルマッチ中心、肥後宗典、グレート小鹿、大熊元司、ロッキー羽田を袈裟固めなど柔道殺法で撃破。

タッグマッチながら馬場、鶴田、ザ・デストロイヤーとも対戦、シリーズ最終戦、2月5日後楽園ホールでは鶴田のUNヘビー級王座に挑戦、全日本プロレス版異種格闘技戦の様相を呈しましたが、試合は間延びしてグダグダな展開になり、最後はエプロンにいたヘーシンクがリング内の鶴田に裸絞めを見せジョー樋口レフェリーが反則カウント5を入れて17分5秒、鶴田の反則勝ちとなりました。

これが最後の来日で、全日本プロレスとの契約は満了になっており、猪木と対戦することは何ら問題はなく、「プロレスの試合なら経験あるから出てファイトマネー稼ぐか」位の気持ちでいたでしょうが、オランダの国民的英雄でありスポーツ界の要人になっていたヘーシンクは猪木、ルスカを初め、ボック、デートリッヒなどヤバそうなメンバーが揃っているのを見て何か仕掛けられると察知したか、キャンセルしています。

生活に困っていなければわざわざ自分から出て行って怪我を負わされる必要もなく、出なくて正解だったでしょう。

代わってこの日、猪木と対戦したのがルスカ。ルスカはこの「欧州世界選手権シリーズ」はプロレススタイルで闘っていますが、猪木とは初戦の11月7日、西ドイツ・ラーベンスブルク、11月17日同ミュンヘンと2回対戦し1敗1時間切れ引き分け。

母国オランダの大会で負けられないルスカは必死に食い下がり4分10ラウンド闘い抜いて猪木と堂々の時間切れ引き分け、猪木が地元のルスカに敬意を表して華を持たせたかと思われます。

【正解解説】国際プロレスが3か月間だけ団体名を「TBSプロレス」にしていたというのは当時のパンフレットなどの資料を見ればわかる人はわかりますが、そこはスルーされる傾向があります。

かくいう私も2009年1月から書き始めた当該日記において国際プロレスを「TBSプロレス」と表記して書いたことは一度もありません。理由は子供の頃より日本プロレス史的な著書の中でそういった区分けが明確になっておらず、そのように自分の頭に刷り込まれて来ていることが第1番目に来て、次にご覧頂いている皆様には「団体名の使い分け」は伝わりにくい。3番目は運営法人が同じということです。

国際プロレス(法人名インターナショナル・レスリング・エンタープライズ株式会社)は66年10月、日本プロレスを退職した元日プロ取締役営業部長の吉原功と、在米フリーのヒロ・マツダによって設立されました。吉原とマツダのすぐ下にはマツダの弟子筋にあたるマティ鈴木がおり、事実上は3人の共同オーナー体勢でした。

日本プロレスから新人の草津正武(グレート)、杉山恒治(サンダー)を引き抜いて、将来のエースとしてアメリカ修行に出しており、国内にいる所属選手がマツダとマティ鈴木しかいなかった国際プロレスは既に先行して旗揚げしており、日本プロレスの妨害工作やプロモーターとのトラブルなどで自力での興行開催が不可能になった豊登、猪木の東京プロレスとの合同興行で67年1月5日、大阪府立体育会館で旗揚げしました。

しかし合同興行は僅か1シリーズで頓挫。日本プロレスから移籍してきた猪木、柴田勝久、北沢幹之は4月に日本プロレスに復帰、東京プロレスでデビューした永源遙は日本プロレスに移籍しています。

東京プロレス勢で国際プロレスに残ったのは豊登、田中忠治、木村政雄(ラッシャー)、寺西勇、マンモス鈴木、仙台強(大剛鉄之助)などで、半年間という長いオフを経て7月21日に名古屋・金山体育館で「パイオニア・サマー・シリーズ」が開幕。

国際プロレスの生え抜き1期生として覆面太郎(ストロング小林)、井上末雄(マイティ)がデビュー。

吉原社長の早稲田大学レスリング先輩にあたるTBSプロデューサー、森忠大の肝入りでTBSの国際プロレスの放送が決定。しかし、吉原社長はノーテレビ時代の国際プロレスの運転資金の赤字補填から借金がかさみ、スポンサーとして紹介された広島県で乳業会社「三ツ矢乳業」を経営していた岩田浩に泣きついて肩代わりしてもらい、その代わり会社の代表権を岩田氏に一時的に譲渡、表舞台から消えます。

本来であれば、共同オーナーである吉原、マツダ、マティ鈴木の3人が公平、もしくは按分にて負担すべき負債でしたが、中身がアメリカ人のマツダはこれを拒否(マティ鈴木は国際プロレスを離れた後、相応負担分を分割して吉原に支払ったと後に証言している)。吉原が借金を全て背負わされました。

吉原とマツダの関係も悪化、さらにTBSは外国人レスラーのブッカーとして力道山時代に日本プロレスのブッカーをしていたグレート東郷を起用すると発表、自身のフロリダルートから外国人を呼べなくなったマツダは国際プロレスから離れ、マツダの弟子筋のマティ鈴木もマツダと共に撤退しました。

草津、杉山の凱旋帰国も決まり、この日の記者会見に出席したのは新社長の岩田氏、TBSの森プロデューサー、TBS運動部長だった鶴田全の3人で吉原の姿はなく、会見を取材に行ったプロレスライターの菊池孝氏は「吉原さんがいなかったことに強い違和感を抱いた」と当時の印象を語っています。

席上、鶴田部長は「団体名を『TBSプロレス』に変更する。但しTBSは興行部門を持たないので、興行の運営に関しては国際プロレスが行う」と発表しています。

エースと目されていた草津はTBS体制になってからの第1戦、「オープニング・ワールド・シリーズ」開幕戦、68年1月3日、日大講堂でルー・テーズのTWWA世界ヘビー級王座に挑戦、バックドロップで失神KO負け、これで団体の舵取りは大きく狂いました。

次の「ワールド・タッグ・シリーズ」の途中でブッカーの東郷は「約束されたギャラが支払われない」とダニー・ホッジ、アル・コステロ&ドン・ケントのザ・ファビュラス・カンガルーズ、フレッド・カリーらの外国人勢をシリーズ途中にも関わらず、引き上げて帰国させるという暴挙に出て、国際プロレスは残りの大会を無料興行にして損失を被りました。

2月20日、新橋の日本料理店「新橋亭」で吉原、プロモーターの日新プロダクション社長永田貞雄、国際プロレス専務の岡村繁雄の3人が会見行い吉原が社長が復帰、団体名を国際プロレスに戻すことを発表、外国人ブッキングルートを日本アマレス協会会長、八田一朗氏の紹介でイギリスのジョイント・プロモーション代表、ジョージ・レリスコウを窓口にすることを明かしています。

※対戦戦績は264戦47勝217敗、勝率178。

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