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2023年03月08日21:06

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週プロ流智美あの日あの時予想2022年総括(8)

第225戦、2月22日発売号●【予想】マイティ井上&アニマル浜口組、敵地新日本プロレスのリングでヤマハ・ブラザーズを破りIWA世界タッグ王座奪回(79年2月23日新日本プロレス千葉公園体育館)【正解】藤波が凱旋帰国!「ドラゴンブーム」の幕開け、藤波が猪木に伴われて帰国(78年羽田空港)

【予想解説】本連載2021年編(46)、11月17日発売号正解でも一部書きましたが、国際プロレスの吉原功社長が、自身のプロレス生活25周年を記念した「日本リーグ争覇戦」に全日本プロレスから選手を借りていながら、新日本プロレスのストロング小林、小林邦昭の2選手を11月25日、蔵前国技館大会に参加させたことで馬場が激怒、全日本プロレス旗揚げの72年10月から続いた国際と全日本の業務提携は解消されました。

そこからの吉原社長の行動は早かった。11月30日、千葉公園体育館での「日本リーグ争覇戦」優勝決定戦でラッシャー木村がプロフェッサー・タナカを破って優勝すると、「R木村を同時期に行われている新日本プロレスの『プレ日本選手権』優勝者と対戦させたい」とアピール。

12月14日、新日本プロレスの大阪府立体育会館に来場し来日していたロサンゼルスのプロモーター、マイク・ラーベルと共にリングに上がり紹介されると、「12月16日、新日本プロレスの蔵前国技館大会に浜口と寺西勇を送り込む」と宣言しました。

12月16日、蔵前国技館で新日本プロレスと国際プロレスの初の対抗戦が行われ、浜口&寺西組が新日本プロレスの長州力&木戸修組と30分時間切れ引き分け。さらにはエースのR木村と半年間に亘るカナダ・カルガリーでの武者修行を終えた原進(阿修羅・原)を連れてファンに挨拶しています。

年が開けて79年1月21日、国際プロレスの「新春パイオニア・シリーズ」後楽園ホールで新日本プロレスの星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズがグレート草津&浜口組の持つIWA世界タッグ王座に挑戦、浜口が2フォールを奪われベルト移動。星野、小鉄共に新日本プロレスでは中堅で、小鉄は現役としてはセミリタイア状態であり、スポット参戦で試合に出ていたにも関わらず国際プロレスの看板タイトルがヤマハの手に渡りました。

吉原社長は悔しがるかと思いきや、「さすが、力道山に鍛えられたレスラーは違う」とヤマハを絶賛してしています。

シリーズ最終戦の1月29日、勝田市(現在のひたちなか市)総合体育館では井上が草津に変わって浜口と組んでヤマハに挑戦。「ミスターIWAタッグ」として70年からサンダー杉山、S小林、R木村、井上、浜口とパートナーを変えて王座に君臨し続けていた草津は今回の転落を機にタイトル戦線から撤退しました。

井上&浜口組は「和製ハイフライヤーズ」、「ナニワ・ブラザーズ」(2人共大阪のナニワ・ボディビルジム出身)全日本プロレスのグレート小鹿&大熊元司組の極道コンビを破ってアジア・タッグ王座を獲得したことのあるチームであり、気の強い井上は対抗戦向きかつ猪木嫌いで有名。吉原社長が自信を持って送り込んだチームでした。

試合は1−1からの3本目、小鉄と浜口の攻防の際、星野がノータッチで入ってきて、2人がかりで浜口をロープに飛ばしてのクローズライン、試合権利のない星野が浜口をフォール。レフェリーの遠藤光男は気がつかずカウント3をも入れてしまいました。

一度はヤマハの勝ちが宣せられましたが、リング下にいたサブレフェリーのマンモス鈴木が、「星野はノータッチで入って来ており、フォールは無効、試合は続行」とアピール。遠藤もミスジャッジを認め、試合再開を命じましたが小鉄がツカツカと遠藤の前にやってきていきなり張り手一発。

確信犯による反則負けでヤマハが初防衛に成功しています。

国際プロレスの「新春パイオニア・シリーズ」はこの日が最終戦、後がない井上&浜口組は2月23日、新日本プロレスの「ビッグ・ファイト・シリーズ」開幕戦の千葉公園体育館に乗り込み、ヤマハに再挑戦。

この日は国際プロレスを放送する東京12チャンネルの中継スタッフが乗り込み、放送席は2階席に作られていました。テレビ朝日の「ワールドプロレスリング」が午後8時より生中継があった為、IWA世界タッグ選手権試合は全9試合中、第5試合に組まれました。

1本目は11分54秒、小鉄が浜口をダイビング・ボディプレスから体固め、2本目、ヤマハのラフプレーで浜口が額から流血、5分6秒、国際組の反則勝ち、決勝の3本目は流血してグロッキーの浜口を小鉄がブレーンバスターに担ぎ上げたところ、レフェリーの死角を突いて井上がガラ空き状態の小鉄の脇腹に得意のフライング・ショルダーアタック、不意を突かれた小鉄は浜口を抱えたままダウン、そのまま浜口が上になりカウント3。1分21秒、体固めで浜口が小鉄を破り2−1で井上&浜口組が王座獲得しました。

【正解解説】78年は年頭から「ドラゴンブーム」に日本マット界が大きく沸き上がりました。1月23日(現地時間)、ニューヨークMSGで、75年6月に西ドイツ、アメリカ(NWAミッドアトランティック地区)、メキシコと海外武者修行に出ていた藤波辰巳がカルロス・ホセ・エストラーダを11分31秒、過去に試合で誰も見せたことがない、フルネルソンの体勢から後方に投げて固めるドラゴン・スープレックスホールド(飛龍原爆固め)で破り、WWWFジュニア・ヘビー級王座を獲得しました。

この試合はテレビ朝日「ワールドプロレスリング」で放送され、全国のプロレスファンに大きなインパクトを与えました.

藤波は1月27日(現地時間)、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムでマスクド・カナディアン(ロディ・パイパー)、2月20日には再びMSGに出場し、テッド・アダムスを降してWWWFジュニア・ヘビー級王座を2度防衛。2月のMSG定期戦には藤波の激励に猪木も来場しています。

藤波は猪木に伴われ、2月22日に帰国、3月3日、群馬県高崎市体育館で開幕する「ビッグ・ファイト・シリーズ」に凱旋することとなりましたが、羽田空港では猪木も同席しての記者会見が行われました。

新日本プロレスで猪木が同席しての凱旋帰国記者会見はこれが初、凱旋帰国記者会見はそれまでは日本プロレスでは馬場と坂口征二、全日本プロレスではジャンボ鶴田位しかおらず、藤波の凱旋帰国は破格扱いだったことが理解出来ます。

※対戦成績は225戦41勝184敗、勝率182。
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