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2023年03月02日06:49

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週プロ流智美あの日あの時予想2022年総括(1)

第218戦、1月7日発売号●【予想】「猪木を内側から研究したい」ストロング小林がフリーで新日本プロレス参戦。vsコーリン・ジョイソン(75年新日本プロレス長野市民体育館)【正解】「究極のゲテモノ」が正月の日本マット界を席捲、マクガイヤー・ブラザーズvs永源遙&大城大五郎(74年新日本プロレス愛媛県民館)

1月最初の週プロは年末年始編成で例年通り新日本プロレス1・4東京ドーム大会速報を入れて7日(金)発売。

【予想解説】先ず、この予想をしたのが1月5日深夜で、翌6日、ストロング小林さん(本名・小林省三)が2021年12月31日に81歳で亡くなったという訃報に接しましたことを解説の冒頭に記載しておきます。

2021年12月31日午前7時21分、膿肺のため、東京都青梅市内の病院で死去、21年夏頃から特別養護老人ホームに入居し生活していたが、同年11月9日に吐血して入院。一時危篤に陥り、4日目に意識を取り戻したものの、寝たきりの状態が続いていたことから肺の状態を悪化させ、痰が左肺に入り込んだうえ、右肺には水が溜まる状態となっていて、その後12月末に症状が悪化し、家族に見守られながら息を引き取ったといいます。

年が明けた2022年1月6日に死亡が発表された後、葬儀・告別式は年1月9日に青梅市民斎場で行われ、生前故人と縁の深かった新間寿元新日本プロレス専務取締役営業本部長らが参列しました。戒名は「金剛院釈誓省」。

さて、75年1月3日、新日本プロレス「新春黄金シリーズ」開幕戦の越谷市体育館に、前74年12月12日、蔵前国技館での2度目の挑戦で猪木に返り討ちに遭い、その去就が注目されていたストロング小林がスーツ姿で現れ「猪木さんを内側から研究したい」と今シリーズよりフリーとして特別参加することが発表されています。

小林はメインイベントの前にリングに上がり、倍賞鉄夫リングアナから紹介され、花束を受け取り観客に挨拶、リング上で猪木、坂口征二と握手を交わしました。小林は1月7日、長野市民体育館からフリー参戦することになりました。

初戦となった長野大会ではセミファイナルでジョイソンとシングルマッチ45分1本勝負で対戦し7分24秒、片エビ固めでフォール勝ち。猪木戦以外での新日本プロレスのリングで初白星で飾っています。

【正解解説】NETの中継がついて最初の正月シリーズとなった新日本プロレスの74年「新春黄金シリーズ」は1月4日、船橋市民体育館で開幕。

「黄金」は猪木&坂口征二の黄金コンビを現すネーミングで85年まで11年間、12回に亘り連続して使用されました。(86、87の2年間は「ニューイヤー・ダッシュ」に変更されたが88年に元に戻る。平成以降は「ファイティング・スピリット」に変更されるがスポット的に復活)

馬場の全日本プロレスは1月4日、後楽園ホールから「新春NWAシリーズ」を開幕させ、終盤戦は「新春NWAチャンピオン・シリーズ」としてジャック・ブリスコ、ハーリー・レイス、ドリー・ファンク・ジュニアの現・前・元の3人のNWA世界ヘビー級王者を同時招聘、さらに立会人としてサム・マソニックNWA会長も呼び、3選手による夢の対戦に加え、日本側は馬場、鶴田、ザ・デストロイヤーが豪華メンバーを迎撃。日本プロレス時代にも見られなかった豪華ラインナップをぶつけて来ました。

猪木の新日本プロレスでは逆立ちしたって呼べっこないメンバーです。

そこで新日本プロレスが招聘したのは「2人合わせて600kg」の双子の巨漢レスラー、ベニー&ビリーのマクガイヤー・ブラザーズ。

流さんのコラムでは、当時猪木の参謀であった山本小鉄から生前このあたりのことを聞いていました。

「当時ウチはNWAのメンバーではなく、大物外国人は呼べなかった。マクガイヤーは前73年の秋にカナダのモントリオールのプロモーターだったジョニー・ルージョーからブッキング候補リストとして送られてきた写真の中にいました。面白いから呼んでみませんか、と猪木さんに言ったら、『ふざけるな』みたいな顔色をされました。

ウチはストロングスタイルを売りにしていてそんなの呼んだら看板に傷がつくと思ったんじゃないですかね。でも馬場さんが『ブリスコ、レイス、ドリーを同時に呼ぶ』と聞いてからは考えが変わって招聘に踏み切ったんです。実力派の外国人を呼んだところで馬場さんには勝てない、ならば話題作りとして全日本に対抗するにはこれしかない、という賭けでした」

マクガイヤー・ブラザーズらは来日したばかりの時、力道山時代にグレート・アントニオがバス引きパフォーマンスを行った明治神宮絵画館前広場でデモンストレーションを行い、同時に来日したマイティ・カランバは歯で皮を加えてバスを引っ張って見せました。新日本プロレスは「化け物路線」に思い切り舵を切った訳です。

結果的にはマクガイヤー・ブラザーズは学研の子供向けの本に掲載されたり、プロレス以外のマスコミにも採り上げられて社会現象となり、興行的には大ヒットになりました。

しかし使われているマクガイヤーの写真は開幕戦の船橋なのに、出来事として第2戦の松山大会の新聞記事を出してきて選んでいるのは謎です。

※対戦成績は218戦40勝178敗、勝率183。
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