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2023年02月20日21:47

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週プロ流智美あの日あの時予想2021年総括(43)

第209戦、10月27日発売号●【予想】トップの座に迫る猪木に馬場が見せつけた王者の意地、インターナショナル選手権試合vsザ・デストロイヤー(69年日本プロレス熊本市体育館)【正解】NWF王座からの"世界"削除に難癖をつけた創業者、ジョニー・パワーズが猪木に対して王座剥奪を通告(76年新日本プロレス南青山事務所)

【予想解説】69年という年は日本プロレスに復帰して3年目の猪木が5月16日、東京体育館でクリス・マルコフを破り第11回ワールド・リーグ戦に初優勝、馬場の4連覇にストップをかけました。

その4日前の5月12日にはNETによる日本プロレスの中継開始が発表され、日本プロレスは従来の日本テレビと併せて民放2局放映となり、2局からの放映権料が入り、まさに「我が世の春」を謳歌することになります。

これに対し日本テレビは面白い訳はなく、NETが放送する条件として�’肋譴了邱膈▲錙璽襯鼻Ε蝓璽粟錣慮�式戦��坂口征二の試合、この3つを放送させないことを条件に渋々応諾、3つの条件のうち、�△鉢�はなし崩し的に破られ、最後の�,呂海譴泙撚薪戮�書いて来たように71年12月に猪木が日本プロレスを除名・追放処分となった時に日本プロレスがNETからの強硬な要請に従い、馬場を登場させたことで日本テレビが放送を打ち切ることになります。

NETの「ワールドプロレスリング」は7月2日水曜日午後9時より放送開始。猪木をエースに大木金太郎、吉村道明、ミツ・ヒライ、星野勘太郎、山本小鉄らが毎週ブラウン管に登場しました。

猪木は日本テレビとNET2局両方に登場することになり、露出も増えて知名度もグーンと上昇、馬場に追いつけ追い越せで卍固め、ジャーマン・スープレックスホールドなどの大技で大活躍、エースである馬場に迫る勢いでした。

追われる立場となった馬場は「日本プロレス界のエースだ!」という自負のもとに猪木との差を見せつけるべくインターナショナル王座防衛戦を積極的に行い、充実した試合を見せました。年齢的にも31歳と全盛期を迎えています。

NET参入後初のビッグマッチとなった7月3日、蔵前国技館では力道山が苦戦した「銀髪鬼」フレッド・ブラッシーをジャイアント・バックブリーカーでギブアップさせて8度目の防衛、9月13日には初の海外での防衛戦を敢行、ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムでこの時点で未来日の「アラビアの怪人」ザ・シークを2−1で破り10度目の防衛を果たしました。

※9度目の防衛戦は8月10日、田園コロシアムでザ・ブッチャー(ドン・ジャーデン、スーパー・デストロイヤー、ザ・スポイラー。翌70年初来日するアブドーラ・ザ・ブッチャーとは別人)を2−1で降しています。

そんな馬場の前に立ちはだかったのは「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤー。デストロイヤーとはこの年の3月5日、東京体育館で同王座を賭けて対戦、1本目馬場が速攻の55秒で先制の体固めでフォールを奪いましたが、2本目は時間切れとなり1−0で馬場が防衛しましたが、

「レフェリーのカウントが早かった、あの試合は引き分けだ!」とデストロイヤーがクレームをつけ、熊本で再戦が実現しました。

1本目は馬場が27分43秒、片エビ固めで先取しましたが、2本目デストロイヤーの執拗な足殺しからの伝家の宝刀足4の字固め、馬場の強靭な長い脚に4の字地獄が絡んで離さない、4分55秒、デストロイヤーがギブアップ勝ち。

決勝の3本目、2本目の足4の字固めのダメージを引きずる馬場にまたもデストロイヤーが足4の字、ガッチリ決まりました。馬場は懸命に身体を回転させて両者場外へ、レフェリーの沖識名は場外20カウントを数えて4分14秒、両者リングアウト。1−1の引き分けで馬場が12度目の防衛に成功。

馬場は「相手の力を引き出した上でベルトを守る」王者のレスリングを見せ、猪木に対し「まだお前にはこんな試合は出来まい」と見せつけた試合だったと思います。

【正解解説】正解は本連載(35)の9月1日発売号正解の続編とても言うべき内容で、76年8月、ネバダ州レイクタホーで行われたNWA総会にて、当時馬場派だったヒロ・マツダが新日本プロレスの興行用ポスターを呈示して、「猪木はNWAのメンバーになって1年経つのに、未だにNWF王座から『世界』の二字を削除していない、ルール違反だ」と糾弾。

ブラジル遠征の為NWA総会を欠席した猪木ですが、8月29日に南青山の新日本プロレス事務所でNWF世界ヘビー級王座から『世界』の二字を削除、以後はNWFヘビー級王座が正式名称となり、世界を外してからの初の防衛戦となった10月10日の韓国・ソウル市奨忠体育館でパク・ソンナン(朴松男)を血ダルマにして18分3秒、リングアウト勝ちで5度目の防衛を果たしています。

そんな猪木の『世界』削除にクレームをつけてきたのが同団体の創業者だったパワーズ。今でこそ、猪木がパワーズを破ってNWF世界ヘビー級王座を獲得したのは団体経営が不振だったパワーズが猪木にベルトを売却したという裏事情は色々な方面で書かれていますが、当時はそんなことは全く表に出ていませんでした。

74年にNWFは主要マーケットだったニューヨーク州バファロー、オハイオ州クリーブランドからは撤退しており、ノースカロライナ州の一部でローカルインディー団体として細々と活動を続けていました。

パワーズは文書で「猪木が我々の了解を得ずに勝手にNWF王座から『世界』を外したのは納得がいかない。NWF会長であるジェリー・アラン・プラターがこれに対して黙っているなら、我々はプラターを会長職から解任し、猪木の王座は剥奪、我々で新しいNWF『世界』ヘビー級チャンピオンを決めるだろう。」と王座剥奪を通告。

これに対し新日本プロレスの新間寿は「今回のNWAとの一件についてはウチはプラター会長に連絡を取って許可をもらっている。会長でもないパワーズが何でこのような手紙を送り付けて来たか理解に苦しむ」と反論しています。

プラター氏と言えば、前75年2月、猪木がNWF本部からのタイガー・ジェット・シン挑戦者指名に抗議してバファローのNWF本部に乗り込み、ベルトを返上した時に責任を取って辞任したデビット・ヘルマン(ディック・フェラルドマン表記の文献もあり)会長に代わり会長代行として新日本プロレスに来日したことがありますが、本職はプロレス雑誌の記者だったと言います。

代行から会長に就任していた訳ですが、プロモーターの寄り合い所帯だったNWAは別として、オーナー団体であるバーン・ガニアのAWAにはスタンレー・ブラックバーン、ビンス・マクマホン・シニアのWWWFにはウィリー・ギルゼンバーグ、馬場の全日本プロレスのPWFのロード・ブレアースなどオーナー以外の人物を「会長」に据えていました。

プロレス雑誌の記者がプロレス団体の会長になった、と言うと違和感のあるようにも思われますが日本で言えば「ゴング」の竹内宏介氏初め柴田惣一氏、小佐野景浩氏などがタイトルマッチの認定宣言を読み上げるのはよくある話で、古くは日本プロレスリングコミッショナー事務局の門茂男氏は「東京スポーツ」出身ですし、全日本女子プロレスのコミッショナーだった植田信治氏は「デイリースポーツ」出身なので日本では受け入れられるのではないかと思います。

ただし、この時点でプラター氏はプロレスと離れた仕事をしていたとのことで、新間がNWF王座から『世界』を外す為にわざわざ業界外のプラター氏に許可を求めてコンタクトし、了解をもらったという話も怪しい…。

このソースは76年10月29日付(28日発行)の「東京スポーツ」1面ですが、他の「ゴング」や「月刊プロレス」にはこの記事は載っておらず、会見と書いてはありますが、実際は新間の話題作りにパワーズの名前を使ってそれを東スポが取材した、というレベルの話かと思います。

パワーズが本気で猪木のベルトを剥奪する気であれば新日本プロレスに言わずに黙ってNWF『世界』ヘビー級王座を新設してトーナメントをやっていたでしょう。それをやらなかったのはパワーズがマトモな神経の持主だったということが言えます。

※対戦成績は209戦38勝171敗、勝率182。 
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