第201戦、9月1日発売号●【予想】タイガー・ジェット・シンと上田馬之助が壮絶仲間割れ、猪木&藤波辰巳&ストロング小林組vsシン&上田&ジンバ・カーン(78年新日本プロレス福島県会津体育館)【正解】猪木のNWF世界ヘビー級王座から「世界」削除(76年新日本プロレス)
このシリーズも丸4年経過し、5シーズン目に突入しました。
【予想解説】78年9月19日、大阪府立体育会館で行われたシンと上田の試合は、旧府立(85年に解体、87年に同じ場所に建て替えられて、現在はネーミングライツ契約により大阪エディオンアリーナとなっている)始まって以来の大入り、9,500人超満員発表の大観衆で埋まり、当日券も全て売切、入りきれず帰った客が3,000人といういかにも昭和的な話もありますが、猪木が特別レフェリーを務め、14分45秒、シンの猪木暴行による反則負けとなり不完全燃焼に終わりました。
両者が仲間割れに至った経緯というのは意外と詳しく書かれていないのですが、事の発端はこの年の「MSGシリーズ」終了後、アメリカ、メキシコマットに武者修行に出た木村健吾がパク・チューのリングネームでロサンゼルスに登場。
ミスター・イトーを名乗っていた上田とタッグを組み6月23日、オリンピック・オーデトリアムでブラック・ゴールドマン&ヘクター・ゲレロ組を破りアメリカス・タッグ王座を獲得。この試合の模様が「東京スポーツ」、「ゴング」などにも報道されました。(上田が新日本プロレスに参戦する為、8月11日、同所でゴールドマンと国際プロレスを離れて新日本プロレスにフリー参戦していた剛竜馬組にベルトを明け渡す)
日本人選手が海外でヒールになり日本では敵対していたレスラーとタッグを組むということを日本向けの媒体が報道するのは当時としても別にタブーではありませんでしたが、シンと上田が揃って参加するのは8月25日、長岡市厚生会館(現アオーレ長岡)で開幕の「ゴールデン・ファイト・シリーズ」を前に、シンが上田と木村健がタッグを組んだことに噛みつきました。
「何でウエダは猪木のところのボーイとタッグを組んでいるんだ?寝返ったのか?ウエダは信用出来ない」と激怒、前回の78年「新春黄金シリーズ」では上田とのタッグで2度挑戦し奪回に失敗している坂口征二&S小林組の北米タッグ王座挑戦に関して「俺はウエダとは組まない、俺が連れてきた新しいパートナー、ジンバ・カーンと組んで挑戦する」と上田とのタッグでの挑戦を拒否、9月13日、熊本市体育館ではシンはZカーンと組んでの北米タッグ王座挑戦が決定。
これに対し上田は「あれはアメリカでの話、新日本の選手だろうが何であろうがプロモーターから組めと言われれば組むのがプロだ。それを何を勘違いしているのか?子分だか知らぬが、俺以外と組んでベルトが取れる訳がない」と白け気味で両者の間には不協和音が流れました。
開幕戦の長岡ではシン&上田組はメインイベントで猪木&坂口組の黄金コンビと対戦しますが、試合前からシンと上田はタッグを組むことを拒否。しかし、猪木がプロモーターとしての権限で「タッグを組まなければ契約を解消する」と強権発動して渋々試合に出ました。
1本目は14分2秒、両チームリングアウトで1−1、決勝の2本目は5分3秒、日本組の反則勝ちで2−1で猪木&坂口組がスコアの上では勝利。
そして翌週のテレビ生中継、9月1日会津大会、メインイベントの猪木&藤波&S小林組とシン&上田&Zカーン組の6人タッグマッチ。
S小林を鉄柱にぶつけ左コメカミのあたりから流血させるなど、シンと上田の悪の連係は持ち直したかのように見えました。1本目は18分43秒、日本組の反則勝ち。ですが、北米タッグ王座挑戦権を横取りされたZカーンには上田は拒否反応を示しました。
2本目、Zカーンが藤波をボディスラムで投げようとしたところ、滑り降りた藤波は電光石火の逆さ押え込み、2分8秒、カウント3が入り、猪木&藤波&S小林組が2−0でストレート勝ち。
日本組が勝った瞬間、上田が「このウスノロっ!」とばかりZカーンにイスで殴りつけました。子分格のZカーンに暴行を加えられたシンは怒って上田を攻撃、上田もやり返して両者がついに仲間割れの大喧嘩、9月19日、大阪府立体育会館で両者の一騎討ちが決定しました。
【正解解説】76年8月29日、昼間から港区南青山の新日本プロレス事務所で猪木が記者会見を行い、「NWA本部からの勧告に遵い、猪木が保持しているNWF世界ヘビー級王座から『世界』の二字を削除、以後のタイトルの名称は『NWFヘビー級選手権』とする」旨を発表しています。
8月6〜8日にネバダ州レークタホーにおいて開催された76年度のNWA総会で馬場側から指摘がありました。新日本プロレスの興行用ポスターを証拠として出し、「猪木はNWAのメンバーになってから1年も経っているのに未だに『世界王者』を名乗り続けている」と糾弾したのは当時馬場派だったマツダでした。
NWAではNWA世界ヘビー級王座(当時の王者はテリー・ファンク)を唯一無二の世界王者としており、それ以外の世界王者を認めておらず、馬場のPWFヘビー級王座、ニューヨークのビンス・マクマホン・シニアが所管しているWWWFヘビー級王座もNWA加盟を機に「世界」を外しており、猪木にも同じことを要求してきたのは自明の理と言えました。
猪木はこれに応じ潔く「世界」の二字を削除した訳ですが、逆に言えばクリーブランドを中心とし、ジョニー・パワーズ、ペドロ・マルチネスがプロモーターだったNWFが組織として既に機能しておらず、看板タイトルが新日本プロレスの所管にあったことが発覚した事案でもありました。
猪木はモハメド・アリ戦までは「プロボクシングとプロレスリングの世界王者同士の対決」という看板が必要だった為、世界王者を名乗っていましたが、アリ戦も終わり、世界の有無に執着する必要がなくなったということでしょう。
この年のNWA総会では、会長がジャック・アドキッセン(フリッツ・フォン・エリック)からフロリダのエディ・グラハムに交代。これはフリッツが現役へのこだわるを見せた結果でした。
新日本プロレスから全日本プロレスにジャンプした大木金太郎が馬場の推薦で「満場一致」で加盟が認められました。大木はリングでは「猪木に負けた半分の時間で馬場に負け」ましたが馬場はプロモーターとして大木を厚遇し、新日本プロレスに上がっていては絶対不可能だったNWAメンバーというブランドを与えています。
ブラジル遠征の為にNWA総会を欠席した猪木にとっては欠席裁判。モハメド・アリ戦に対する評価で、かつて65年に猪木が海外修行をしていたオレゴン州ポートランドのプロモーター、ドン・オーエンは「猪木に黄金のナイフを贈ろう」(これで切腹しろの意)と辛辣なコメントをしています。
法人格ではなく、個人加盟のプロモーターのカルテルであるNWAに関して猪木は興味を失ったか、時期は不明ですが、新日本プロレスでは坂口と新間寿がメンバーになっています。
こちらは2018年8月29日発売号で予想していますが外れました。今回は9月1日付(8月31日発行)の「東京スポーツ」1面で猪木が桜井康雄記者のインタビューに応えて潔く「世界」をの二字を削除したことについての記事が採り上げられています。
※対戦成績は201戦38勝163敗、勝率189。
ログインしてコメントを確認・投稿する