76年新日本プロレス「闘魂シリーズ第2弾」最終戦、12月9日、蔵前国技館(テレビ収録、観衆10,500人満員発表)大会。
メインイベントは2月6日、日本武道館での再戦となるプロレス対柔道、猪木vsウィリエム・ルスカの「格闘技世界一決定戦」。
前回、20分35秒、猪木のバックドロップ3連発の前にセコンドのクリス・ドールマンがタオルを投入、TKO負けを喫したルスカは「猪木のプロとしての汚さに負けた。プロレスを習得したい」と5月より新日本プロレスと親密関係にあったロサンゼルス地区でプロレスラーとして活動開始。
しかし「シュートマッチをやりたがる」との悪評と試合が硬すぎて対戦相手を務めるレスラーから敬遠されて1か月ちょっとでリリースされてしまい、8月には新日本プロレスのブラジル遠征シリーズに参加。
しかし初戦の8月7日、リオデジャネイロで元新日本プロレスの外国人留学生、バーリトゥードの王者イワン・ゴメスと壮絶な喧嘩マッチを行い、リングアウト勝ちを収めたものの、リオデジャネイロの体育協会から出場停止処分を受け、第2戦の8月11日、ブラジリアで予定されていたストロング小林との対戦は中止になり、怒ったルスカは途中で母国オランダに帰国してしまいました。
10月の「闘魂シリーズ」終盤2大会に登場したルスカは猪木との再戦をアピール。今シリーズ、まさかのカール・ゴッチがルスカ側に寝返りコーチとして打倒・猪木の秘策を伝授しています。
試合は時間無制限1本勝負。立会人には秋田大助衆議院議員の他、特別立会人としてゴッチが登場。前75年の猪木vsビル・ロビンソンとのNWF世界ヘビー級選手権試合に続き、「実力世界一」のゴッチ個人所有の世界ヘビー級のチャンピオンベルトを勝者に贈呈すると宣言。
なおプロレス界発展の為に多大に貢献、猪木に強い思い入れを持っていた東京スポーツ新聞社、井上博社長が12月5日、胃癌の為53歳の若さで死去、リングサイドには故人の遺影が飾られていました。(同日同時刻開催の全日本プロレス日大講堂大会も同様)
前年の猪木とロビンソンが引き分けだった為、ベルトは引き続きゴッチが所持していましたが、正直、ルスカは「プロレスの実力世界一」とはかなりかけ離れており猪木とルスカの勝者にベルト贈呈、というのはかなり無理がありました。
レフェリーはミスター高橋。ルスカは柔道着の上着に赤いショートタイツに同色のリングシューズ。ゴング前に猪木に握手を求めるルスカ、猪木がこれに応じたところ、ルスカは猪木の腕を取って倒し、腕ひしぎ逆十字固め、無防備な状態で腕を取られた猪木は抵抗出来ず。
ゴング前でありこれはノーカウント。猪木は一旦応急処置の為、控室に帰り、戻って来てから改めて試合開始のゴングが鳴りました。
ルスカは柔道着の上着を脱いで上半身裸のプロレススタイル。こうなれば試合は猪木のもの。
猪木はルスカを逆エビ固めで絞り上げていきましたが、ルスカは腕立て伏せと強靭な脚力でこれを返しました。しかし、ルスカの逆エビを返すタイミングが、プロレスラーのそれとは全く異なる動きで返して来た為、猪木は上手く前方に回転出来ず、首からマットにのめり込むように前屈みに倒されてしまい、変な角度で首をマットに打ち付けてしまい、首に大きなダメージを負ってしまいました。
私個人的にはこの時の猪木の「つんのめっての首をマットに打ち付けた」ダメージはS小林との初戦で見せた「両足が宙に浮いた」ジャーマン・スープレックスホールドで受けたものと同等位のダメージがあったように思います。
ルスカはゴッチとの特訓の中から得た投げ捨て式のジャーマン・スープレックスを見せましたが身体が反っておらず不十分、猪木はバックドロップのお返しからルスカの額をを鉄柱に打ち付けて流血させると、先程のゴング前の腕ひしぎ十字固め、逆エビ固めを変なタイミングで外しにこられて首を痛めたダメージの恨みを晴らすべく流血したルスカの頭部めがけて怒りの形相でナックルパンチの連打。
ルスカは戦意喪失しダウン、21分47秒、レフェリーストップで猪木がルスカとの再戦を制して2連勝をあげました。勝った猪木はゴッチから実力世界一のチャンピオンベルトを贈呈されています。
テレビ中継は翌12月10日に猪木vsルスカ戦のみ録画放送されています。
セミファイナルは坂口征二とラリー・ヘニングのシングルマッチ45分1本勝負で7分4秒、坂口がジャンピング・ニーアタックから体固めでフォール勝ち。Lヘニングのセコンドにはタッグパートナーのパット・パターソンがついていましたが、松葉杖をついて歩いており、前日の横浜文化体育館大会での北米タッグ戦で足を負傷し最終戦は欠場です。
セミ前が木戸修とリッキー・ハンターのシングルマッチで9分20秒、ジャーマン・スープレックスホールドで木戸がフォール勝ちしています。
S小林は小沢正志(キラー・カーン)と組んで星野勘太郎&山本小鉄組のヤマハ・ブラザーズとのタッグマッチ30分1本勝負で対戦、小鉄はこのシリーズ唯一の試合出場がこの一戦。
スロースターターのS小林&小沢組に対し、ヤマハはスタートから機動力ある連係プレーでこれを制し、13分49秒、小鉄がダイビング・ボディプレスからの体固めで小沢を破り星野&小鉄組のヤマハ・ブラザーズに軍配が上がっています。
永源遙とシエン・カラスのシングルマッチは5分10秒、エルボードロップからの体固めで永源が勝ちましたが、試合後、永源がCカラスのマスクを剥がしてしまいました。タオルで顔を覆っており、素顔は見えず。
10月29日、福生大会での開幕戦ではテレビ生中継に登場し、メキシコ遠征経験のある星野を相手に空中殺法からメキシカン・ストレッチで勝ったCカラスでしたが、まだ藤波辰巳、グラン浜田、タイガーマスクが帰国前の新日本プロレスマットではメキシカンのルチャドールが本領発揮する余地はなかったと言えます。
この興行を私は会場で生観戦していますので当時の観戦チケットの半券画像を添付しておきます。
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