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2022年09月18日07:15

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ストロング小林さん追悼(253)

76年新日本プロレス「闘魂シリーズ第2弾」前半戦、ナンバー2である坂口征二の南アフリカ共和国遠征の留守を預かるストロング小林の激闘の模様です。

関東、甲信越を回った新日本プロレス一行は東海・関西地区へと移動。第8戦、11月7日、大阪・松原市役所横広場特設リング(観衆3,000人満員発表)大会。

S小林はセミ前で老雄リップ・ホークとシングルマッチで対戦、8分17秒、片エビ固めでフォール勝ちを収めています。

松原大会メインイベントは猪木&木戸修組とラリー・ヘニング&リッキー・ハンター組が対戦、1本目は15分32秒、木戸がハンターを回転エビ固め、2本目は1分27秒、Lヘニングが木戸を体固め、決勝の3本目は2分21秒、猪木がLヘニングを体固めで破り2−1で猪木&木戸組の勝利。Lヘニングのフォール負けは今シリーズ初。

セミファイナルでは星野勘太郎とパット・パターソンがシングルマッチ45分1本勝負で対戦し10分32秒、体固めでパターソンのフォール勝ち。

第9戦、11月8日は愛知県半田市民ホール(観衆2,800人満員発表)大会。S小林はセミファイナルでLヘニングと今シリーズ3度目のシングルマッチ45分1本勝負で対戦、12分9秒、リングアウト勝ちを拾いました。

メインイベントは猪木&星野組がパターソン&ハンター組と対戦、1本目は16分19秒、星野がハンターに反則勝ち、2本目は3分23秒、猪木がハンターを体固めに決めて2−0で猪木&星野組がストレート勝ち。

開幕戦で星野をメキシカン・ストレッチで破り、期待されたシエン・カラスでしたが、この日は小沢正志(キラー・カーン)に10分40秒、体固めでフォール負けを喫してしまいました。

南ア遠征の初戦、10月30日にヨハネスブルクのウェンブリー・スケートセンターでジャン・ウィルキンスを破りEWU世界スーパー・ヘビー級王座を獲得した坂口ですが、11月8日(現地時間)ケープタウン・グッドフッドショー・グラウンドで68年5月、69年3月の国際プロレス「ワールド選抜シリーズ」に2度来日し、初来日時には欧州武者修行に出発する前の小林省三時代のS小林と何度も対戦、S小林が完膚なきまでに完敗している「ドンカスターの岩男」アルバート・ウォールと初防衛戦を行いました。

この一戦は当時「東京スポーツ」だけが報じており、「ゴング」、「月刊プロレス」には掲載されておりませんが、(当時「週刊ファイト」は未購入)11月12日付(11日発行)の東スポには試合記録の記載はなく、試合経過のレポート記事があるのみ。そこから抜粋してみたいと思います。

1本目は10分過ぎ、坂口の足を攻めたウォールがレッグスピンからレッグロール、自分の身体を回転させての足攻めに坂口がギブアップし、ウォールが先取。これはおそらく、アベ・ヤコブ(エイブ・ジェイコブス、マスクマン、レッド・ピンパネールとしても活躍)の得意技であるキウイ・ロールかと思われます。

2本目はウォールの必殺技、フライング・ヘッドバットを自爆させた坂口がブレーンバスターからスリーパー・ホールドでギブアップ勝ちを奪い、決勝の3本目は7分過ぎに坂口が同じくスリーパー・ホールドでウォールをギブアップさせて2−1で坂口が王座初防衛に成功。

11月13日、ヨハネスブルクでの坂口の最終戦では前王者であるウィルキンスが「負けたら引退」を表明し背水の陣で坂口の王座に挑戦することになりました。

東スポは南アには特派員は派遣しておらず、10月30日のヨハネスブルク大会の記事にはUPI通信社の名前がありますが、ケープタウン大会はソースの記載はありません。スリーパーを繋ぎ技でしか使っていなかった坂口が海外とは言え、2本同じフィニッシュで連取するのは考えにくく、坂口との国際電話取材から「ファンタジープロレスの巨匠」桜井康雄記者が創作したのではないかと思います。

シリーズ第10戦、11月9日、愛知県江南市民体育館(観衆3,000人満員発表)大会。メインイベントは猪木がLヘニングと実に14年7か月ぶりにシングルマッチ60分1本勝負で対戦、11分45秒、アバラ折り(コブラツイスト)でギブアップ勝ち。

S小林はセミファイナルに登場、星野と組んでパターソン&Rホーク組と45分3本勝負で対戦。外国人側は共にタッグの名手、パターソンはレイ・スチーブンスと組んで、Rホークはスウェード・ハンセンとの泥棒コンビで活躍していた実績があり面白い試合だったことは想像に難くないです。

1本目は15分21秒、星野がホークを体固め、2本目は4分6秒、パターソンが星野を体固め、決勝の3本目は2分42秒、S小林がホークを片エビ固めに決めて2−1でS小林&星野組が勝利を飾りました。

第11戦は11月10日、岐阜県大垣スポーツセンター(観衆2,800人発表)大会。メインイベントは猪木&S小林組のニュー・ゴールデンコンビがLヘニング&ハンター組と対戦。

1本目は10分51秒、猪木がLヘニングを体固め、2本目は9分53秒、S小林がハンターを破って2−0で猪木&S小林組のストレート勝ち。珍しく1本目に猪木が先制し、決勝フォールはS小林が奪っています。

セミファイナルは木戸とパターソンのシングルマッチで8分57秒、体固めでパターソンがフォール勝ちしています。

第12戦は関東に戻り、11月11日、木戸の地元、神奈川県川崎市体育館(観衆2,500人発表)大会。地元の木戸が猪木とのタッグでメインイベントに登場、パターソン&ハンター組と対戦。1本目は13分58秒、木戸がハンターを回転エビ固め、2本目は4分37秒、パターソンが木戸を体固め、決勝の3本目は2分14秒、猪木が弓矢固め(ボーアンドアロー・バックブリーカー)でハンターをギブアップさせて2−1で猪木&木戸組に軍配が上がりました。

S小林はセミ前でRホークとシングルマッチで対戦、9分7秒、片エビ固めでRホークを撃破。セミファイナルは星野とLヘニングのシングルマッチで8分40秒、体固めでLヘニングの勝利に終わりました。

第13戦、11月12日、京都・日本正武館(テレビ生中継、観衆2,000人満員発表)大会。日本正武館は新日本プロレス初使用。プロレス興行初使用はこの年の76年1月24日、全日本プロレスの「新春ジャイアント・シリーズ」でこの時もテレビ生中継、この日より特別参加のディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキー組の「ブル・クラ」が馬場&ザ・デストロイヤー組を2−1で破り、鶴田がターザン・タイラーを相手に初めてコーナーポスト最上段からのミサイルキックを披露した時でした。

館長の鈴木正文氏は翌77年8月2日、日本武道館で猪木vsザ・モンスターマン戦のレフェリーを務めるなど新日本プロレスとは関わりの深い人物となります。

メインイベントは前週11月5日、藤岡大会の再戦、猪木&S小林組のニュー・ゴールデンコンビとパターソン&Lヘニング組のタッグ頂上決戦。

試合は前週に続いて大荒れとなり、猪木が外国人組コーナーに捕まる展開に。1本目は26分55秒、猪木がLヘニングに反則勝ち、2本目は4分14秒、ヘニングが猪木に反則勝ち、決勝の3本目は外国人組の反則に業を煮やした猪木がまたしても静止に入るレフェリーに手を出し、2分18秒、パターソンが猪木に反則勝ち。

実に3本とも反則決着という殺伐とした結末となり、猪木&S小林組は同一カード2連敗です。

セミファイナルはこの日より特別参加の「ロシアの怪豪」イワン・コロフが約2か月ぶりの新日本プロレス再登場。来日第1戦は木戸とのシングルマッチ45分1本勝負で4分58秒、カナディアン・バックブリーカーでギブアップ勝ちを飾りました。
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