76年新日本プロレス「闘魂シリーズ第2弾」11月12日、京都・日本正武館〜12月2日、大阪府立体育会館まで特別参加の「ロシアの怪豪」イワン・コロフは先の8〜9月の「闘魂シリーズ」以来約2か月ぶり2シリーズ連続参戦。
先の「闘魂シリーズ」では9月3日、愛知県体育館でスーパースター・ビリー・グラハムと組んで坂口征二&ストロング小林組の持つ北米タッグ王座に挑戦。力対力のスケールの大きな真っ向勝負を展開し1−1からコロフがS小林にリングアウト負けで王座奪取成らず。
9月10日、品川スポーツランドでニューヨーク・WWWFのプロモーター、ビンス・マクマホン・シニアの「親書」を読み上げて猪木のNWFヘビー級王座への挑戦権を手にしました。コロフのような重心が低く体幹のしっかりしたパワーファイターは猪木も苦手なだけに苦戦は免れないか?
11月25日、鹿児島県立体育館〜最終戦の12月9日、蔵前国技館まで特別参加が「オランダの赤鬼」柔道王ウィリエム・ルスカ。8月に参加したブラジル遠征シリーズでは8月7日、リオデジャネイロでバーリトゥードの王者、イワン・ゴメスと壮絶な喧嘩マッチを行い、リングアウト勝ち。普段は酒場のバウンサー(用心棒)をしている裏社会の住人の凄みを発揮しています。
しかし、この試合で柔道では禁じ手とされている「当て身」でゴメスを拳で殴りつけて顔面を流血させています。これによりリオデジャネイロの体育協会はルスカを出場停止処分とし、ブラジル国内での試合に出場出来なくなりました。8月11日、ブラジリアで予定されていたS小林戦は中止に。
ルスカは「出場停止処分は納得出来ない。猪木、S小林と闘えないなら意味はない」としてオランダに帰国してしまいました。10月6日、大阪府立体育会館に現れ、木戸修を裸絞め(スリーパーホールド)で絞め落とし、猪木に対戦要求、柔道着の上着を着用して出てきた坂口と乱闘となり、この流れで「坂口vsルスカの柔道ジャケットマッチ実現か!?」という動きになりましたが、結局猪木との再戦に落ち着きました。
日本側はナンバー2の坂口がシリーズ前半戦、南アフリカ共和国に遠征が決定し不在。モハメド・アリ戦で7億円とも9億円以上とも言われた巨額の負債を出し、NETに肩代わりしてもらった新日本プロレスは猪木、坂口が会社の経営権を失い、NETから出向してきた役員に経営が取って変わられました。
アリ戦で抱えた借金を返済すべく、猪木は以後シリーズオフには海外遠征に出向き、積極的に外貨稼ぎをすることになりますが、副社長だった坂口も経営責任を担って海外遠征を断行することになりました。南アフリカ共和国は73年3月、坂口が加入、NETの放送がついた新日本プロレスの最初のシリーズである「ビッグ・ファイト・シリーズ」に来日した地元のヒーロー、ジャン・ウィルキンスの招きによるもので、カール・ゴッチを通じて新日本プロレスにオファーがあったものでした。
前半戦は坂口不在の為、S小林がナンバー2として猪木を支えることになり、S小林にとっても正念場のシリーズと言えるでしょう。
8月5日、蔵前国技館で閉幕した「アジア・リーグ戦」終了後、短期の西ドイツ武者修行に出ていた第2回ゴッチ杯争奪リーグ戦優勝の藤原喜明と第1回準優勝の小沢正志(キラー・カーン)が凱旋帰国しシリーズ参戦。
シリーズ中のタイトルマッチ、ビッグマッチは12月2日、大阪府立体育会館では猪木にコロフが挑戦するNWFヘビー選手権試合、12月8日、横浜文化体育館では坂口&S小林組の北米タッグ王座にパット・パターソン&ラリー・ヘニング組が挑戦。
シリーズ最終戦12月9日、蔵前国技館では猪木とルスカの再戦「格闘技世界一決定戦」が行われることになりました。
また今シリーズ、「若手の登竜門」第3回カール・ゴッチ杯争奪リーグ戦が開催されます。第1回は藤波辰巳が優勝、第2回は藤原が優勝。ライバルとしてしのぎを削って来て遅れを取った感のある木村たかし(聖裔、健吾)は何としても優勝し、海外武者修行の切符を是が非でも手にしたいところ。
今回は年齢34歳、キャリア15年のベテラン、魁勝司(北沢幹之)がエントリーされ、若手にとっては脅威。5月28日、後楽園ホールでデビューした佐山サトル(当時18歳、シリーズ中に19歳になる)がデビュー5か月で初参加。12月7日、岡山武道館で優勝決定戦が開催されます。
全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは76年最終シリーズとなる「スーパー・パワー・シリーズ」(78年より毎年5〜6月の時期に開催となるシリーズ名。この時初使用となる)が11月19日、後楽園ホールで開幕。
第2週目の11月27日、伊勢市三重県営体育館からビル・ロビンソン、アブドーラ・ザ・ブッチャー、クリス・テーラーにインターナショナル・タッグ王者チームの大木金太郎&キム・ドク組が特別参加という豪華ラインナップで新日本プロレスに対抗。
川崎市体育館は新日本プロレスは11月11日、全日本プロレスが12月2日。
シリーズ最終戦は2団体が面子をかけての同日同時刻開催による完全なるモロ被り12月9日、新日本プロレスが蔵前国技館、全日本プロレスが日大講堂。マスコミは「新・隅田川決戦」と銘打ち煽りましたが、前回の隅田川決戦、68年1月3日、日本プロレス蔵前国技館と国際プロレス日大講堂は、日本プロレスが午後1時30分、国際プロレスが午後5時30分試合開始で完全なバッティングではなく、やろうと思えばハシゴ観戦も可能でした。
前75年は12月11日、新日本プロレスが蔵前国技館で猪木vsロビンソンのNWF世界ヘビー級選手権試合、全日本プロレス、国際プロレス、日本プロレス(団体は崩壊しており、名前だけ)の連合軍が日本武道館で力道山13回忌追善興行を開催。2年連続の興行戦争となりましたが、パワーバランスが均衡が取れているであろう団体単独同士での東京の近隣エリアの大会場での興行戦争はこれが日本初。
1年前猪木と歴史に残る名勝負を行ったロビンソンは馬場の持ち駒の1人になっていました。猪木vsルスカ一本で勝負の新日本プロレスに対し、馬場は豪華ラインナップの物量攻勢。果たして「新・隅田川決戦」はどちらに軍配が上がるのか!?
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