76年新日本プロレス「闘魂シリーズ」最終戦、10月7日、蔵前国技館(テレビ収録、観衆10,500人満員発表)大会。
メインイベントは東京の大会場では初対決となる猪木とアンドレ・ザ・ジャイアントによる「格闘技世界一決定戦」(時間無制限1本勝負)。6月26日、日本武道館でのモハメド・アリ戦で引き分けながらもアリの左足を蹴りまくり、血栓症を起こさせて病院送りにした「事実上の勝者」猪木と、同日の6月25日(日本時間26日)、WWWFのニューヨーク・センチュリー・シェアスタジアムで行われたビッグマッチで元世界ヘビー級8位のプロボクサー、チャック・ウェップナーにリングアウト勝ちしたアンドレによる「6・26の勝者のプロレスラー」同士による一戦が行われました。
この試合の立会人として、ニューヨークのWWWFのオーナーであるプロモーター、ビンス・マクマホン・シニアが来日し、リング上から認定宣言を読み上げています。
試合はアンドレが猪木を相手にチキンウィングで両腕を攻め、レッグシザースで足を痛めつける等、ヨーロッパ時代やバーン・ガニアに仕込まれたレスリングで猪木に対抗。試合の前半では猪木がアンドレの巨体を一本背負い気味のアイリッシュ・ホイップで投げて見せ観客席から大きなどよめきが上がりました。
アンドレが猪木をカナディアン・バックブリーカーに担ぎ上げると猪木は咄嗟にコーナーポストのターンバックルをキック、その反動を利してクルッと一回転して着地し、アンドレをリバース・スープレックスで投げたシーンが一番のハイライトでした。
後年のアンドレは新日本プロレスのリングでもボディスラムで投げられることが多くなりましたが、どちらかというとアンドレ自ら「投げられにいっている」感じで、81年9月23日、田園コロシアムでのスタン・ハンセン戦以外で私が映像で見た限りは説得力に欠けるものが多いと思います。
試合は猪木のキーロックを持ち上げたアンドレがバランスを崩して両者場外へ転落、コーナーポストを背にした猪木にアンドレはヘッドバットの洗礼…しかしこれを間一髪かわした猪木、ヘッドバットを自爆したアンドレは額から流血。
リングに上がった両者は乱闘となりましたがアンドレの流血が酷い、血が目に入って動きが鈍ったアンドレを見かねたマネージャーのフランク・バロアが入ってきました。レフェリーのミスター高橋は試合終了のゴングを要請、23分44秒、レフェリーストップにより猪木の勝ちを宣しています。
ストロング小林はセミファイナルで北米タッグ王者コンビの坂口征二と組んでビル・ドロモ&ブラックジャック・モース組と45分3本勝負で対戦。1本目は14分3秒、坂口がドロモを河津落としから片エビ固め、2本目は4分10秒、S小林がモースをブレーンバスターから体固めに決めて、2−0のストレートで坂口&S小林組が快勝しています。
この日の蔵前大会は翌10月8日の「ワールドプロレスリング」で録画中継されたましたが、放送されたのはメインの猪木vsアンドレのみ。結局、S小林の試合は9月10日の品川大会(星野勘太郎と組んでクルト&カールのフォン・スタイガー組に2−1で勝利)以来、9月17日盛岡(生)、24日札幌(録)、10月1日西尾(生)、8日蔵前(録)、15日韓国・ソウル&静岡(録)と5週放送されず、22日、前回の日記に書いた10月6日の大阪大会のメインイベント、猪木&S小林組とアンドレ&モース組の試合で6週間ぶりにようやく放送されました。
セミ前には前日の大阪大会にも出場したウィリエム・ルスカが登場、中堅、若手の栗栖正信(正伸)、荒川真(誠、ドン)、永源遙の3人と「柔道3人掛けマッチ」を行っています。
この中で柔道経験者は荒川だけ。ルスカはまさに「赤子の手をひねる」如く快勝しています。まず先鋒は栗栖、1分36秒、腕ひしぎでギブアップ勝ち、次いで副将の荒川とは2分16秒、腕絡みで勝利。最後は大将の永源で1分54秒、片羽絞めと全く問題にしませんでした。
柔道3人掛け試合の後に前夜の大阪大会に次いで、私服姿です上田馬之助がリングサイドに姿を現しました。レフェリーを務めていた山本小鉄が上田の姿を見て怒りのあまり口論となり、小鉄は赤のショートタイツを上田に向けて投げつけ、「今ここで俺と試合しろ!」とアピール。
小鉄はシャツとズボンを脱ぐと試合コスチューム、白のショートタイツを着用していました。上田は小鉄からタイツを受け取ると一旦支度部屋に引き下がるとタイツをつけて上半身裸の試合コスチュームで上田が登場、小鉄との番外試合が始まりました。
小鉄はリングに上がろうとした場外の上田めがけてコーナーポスト最上段からダイビング・ボディプレスを放ちましたが上田にかわされ自爆、上田は小鉄を何度も鉄柱に叩きつけて小鉄は額から流血、ダウンした小鉄を尻目に退場、記録にも残っていない番外戦でテレビでも放送されず、会場にいた観客だけが目撃した壮絶な喧嘩マッチでした。
この大会は私は人生3度目の会場生観戦。(2回目は8月28日、全日本プロレスの日大講堂)チケット画像を添付しておきます。
ログインしてコメントを確認・投稿する