73年の男子4団体の新春シリーズは新日本プロレスの「新春バッファロー・シリーズ」だけが2月20日、横浜文化体育館までのロングランとなりましたが、他は1月一杯で終了。(日本プロレスの「新春チャンピオン・シリーズ」は1月30日、大阪府立体育会館で閉幕)シリーズオフの間に日本マット界の再編成が行なわれています。
猪木、馬場が相次いで抜けて窮地に陥った日本プロレスと旗揚げ以来ノーテレビで苦しい闘いを強いられた猪木の新日本プロレス。72年の暮れ、「ワールドプロレスリング」の視聴率低下を受けてNETの三浦甲子二専務は日本プロレスの坂口征二と猪木に「もう、お前たち、一緒にやれ!」と、日本プロレスと新日本プロレスの合併案を持ちかけ、猪木と坂口は銀座のステーキ、すき焼きの「らん月」で会談。三浦専務は芳の里日本プロレス社長にも、新日本プロレスと合併するように説得。
これにより2月8日、新宿・京王プラザホテルで猪木と坂口が出席して記者会見を行い、猪木の新日本プロレスを発展的解消とし、猪木を社長、坂口を副社長とする「新・日本プロレス」の発足を発表、芳の里社長は勇退ということになりました。
しかし、2月16日、「ダイナミック・ビック・シリーズ」開幕戦の後楽園ホールで、シリーズオフに韓国に帰っていた大木金太郎が「合併の話は聞かされていなかった。育ててくれた日プロを売るような真似は出来ない」とこれに反対、1年ちょっと前に日本プロレスを除名・追放処分となった猪木と一緒にやるのは抵抗がある人間も日本プロレス内には多く、大木の反対により「新・日本プロレス」計画は頓挫しました。
国際プロレスは2月10日、新宿区体育館で開幕した全日本プロレスの「ジャイアント・シリーズ結集戦」にも国際プロレスから八木宏(剛竜馬)、先シリーズにデビューした栄勇(スネーク奄美)をシリーズ参戦させていますが、開幕戦の新宿大会のみ、マイティ井上と寺西勇が特別参加、「提供試合」として井上vs寺西のシングルマッチが組まれ、20分時間切れ引き分け。
「ウチの試合はどこに出しても恥ずかしくない」、「試合内容ではどこにも負けない」が口癖だった吉原功社長自慢の井上と寺西の試合は馬場と全日本プロレスのファンを唸らせ、高評価を得ています。
国際プロレス「チャレンジ・シリーズ」は2月24日、大田区体育館(テレビ収録、観衆2,500人満員発表)で開幕。マッドドッグ・バション、ホースト・ホフマン、ラパパポスキー(ソルダ・ゴーリキ)、“キングコング“アンジェロ・モスカ、ホセ・クインテロの外国人選手が参加。
開幕戦の大田大会、メインイベントではストロング小林&井上組とバション&ラパパポスキー組が対戦、1本目は14分22秒、井上がラパパポスキーをエビ固め、2本目は6分25秒、日本組の反則勝ち。2−0で小林&井上組が勝ちましたが、最後は外国人組の反則暴走で手痛い勝ち星。
バションとラパパポスキーは同じスキンヘッドに似たような顎髭、同じような黒のツーショルダータイツを身に付けており、体型も小柄でずんぐりしており、遠くから見ると見分けがつかない位似ていました。
セミファイナルはグレート草津とホフマンのシングルマッチ45分3本勝負。1本目は13分35秒、草津がアバラ折り(コブラツイスト)で先制、2本目は5分26秒、ホフマンが体固め、決勝の3本目は45分時間切れとなり1−1の引き分けとなりました。
国際プロレス初登場のモスカは71年4月日本プロレス「第13回ワールド・リーグ戦」以来の来日、開幕戦では田中忠治とシングルマッチで対戦、13分39秒体固めで勝利。寺西はクインテロを20分16秒、体固めで破りました。
第2戦、2月25日、前橋市群馬県スポーツセンター(テレビ収録、観衆4,500人超満員発表)大会。メインイベントは草津とバションが金網デスマッチで対戦、22分33秒、カウントアウトで草津が勝っています。
金網デスマッチで外国人が勝ちというのは国際プロレス史上では79年7月9日、宮城県スポーツセンターでのラッシャー木村&草津組vsアレックス・スミルノフ&オックス・ベーカー組で草津が負けた位で他は引き分けはあっても負けはないですが、エース格のバションはシリーズ最終戦、3月16日、町田市体育館で小林のIWA世界ヘビー級王座に挑戦が決定しており、第2戦で早々と草津に負けてしまってはタイトル戦への興味が失せるというものです。
セミファイナルは小林&寺西組がモスカ&クインテロ組と対戦、1本目は12分1秒、モスカが寺西を体固め、2本目は4分40秒、寺西がクインテロを体固め、決勝の3本目は4分55秒、小林がモスカを体固め、2−1で小林&寺西組が勝利。
井上とホフマンが5分4ラウンド1本勝負のヨーロッパスタイルで対戦しフルラウンド闘って引き分け。大剛とラパパポスキーのシングルマッチは11分7秒、片エビ固めでラパパポスキーのフォール勝ちに終わりました。
2月27日、愛知県体育館(観衆7,000人超満員発表)大会は前72年11月27日、同所で行なわれたディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキー組とストロング小林&グレート草津組の金網デスマッチによるWWA世界タッグ選手権試合で、王者チームの「ブル・クラ」が金網の外に出てしまい、ノーコンテストとなり、観客が暴動を起こした際の代替案としての無料興行でした。
メインイベントはやはり金網デスマッチで井上とクインテロが対戦、16分20秒、カウントアウトで井上が勝利を収めています。カード的には格落ちとなりますが、無料興行と思えば仕方ないかと思います。
セミファイナルは草津&田中組とバション&ラパパポスキー組のタッグマッチ45分3本勝負。1本目は16分50秒、バションが草津を体固め、2本目は4分2秒、草津がバションを足4の字固め、決勝の3本目は4分55秒、バションがアバラ折り(コブラツイスト)で田中からギブアップを奪い、バションが2本取って2−1でバション&ラパパポスキー組に凱歌が上がっています。
ホフマンは寺西とシングルマッチで対戦し、14分2秒体固めでフォール勝ち。小林は前の方でカードが組まれ、モスカとシングルマッチで対戦、19分20秒、逆エビ固めでギブアップ勝ちを収めました。
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