73年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」のエース外国人レスラーであるザ・プロフェッショナル(ダグ・ギルバート)がストロング小林のIWA世界ヘビー級王座挑戦(1月20日、福岡九電記念体育館)を前に、1月11日、宮崎県体育館でマイティ井上にノンタイトル戦で3本目、リングアウトながら負けてしまっては流石にこのマッチメイクは駄目と書きましたが、タイトル戦前にさらなる追い打ち的な試合記録がありました。
1月14日、鹿児島県姶良郡隼人町(現在の霧島市)体育館(観衆2,500人発表)大会のメインイベント、グレート草津&大剛鉄之介組vsプロフェッショナル&マイク・パドーシス組。1本目は19分23秒、プロフェッショナルが草津を体固め、2本目は9分30秒、草津がプロフェッショナルをアバラ折り(コブラツイスト)、決勝の3本目は3分30秒、大剛がプロフェッショナルを体固めで破り2−1でプロフェッショナルが草津と中堅の大剛に2本フォールされてのプロフェッショナル&パドーシス組の敗戦。
プロフェッショナルの正体であるDギルバートは初来日の71年日本プロレス、2月20日、大阪府立体育会館で、ミル・マスカラスと組んで猪木&吉村道明組のアジア・タッグ王座に挑戦、マスカラスが猪木から1本取り、吉村、猪木がギルバートから2本取って猪木&吉村組が防衛しており、日本プロレスでは中堅の扱いでした。このシリーズ、国際プロレスが招聘しようとしていたスパイロス・アリオンを日本プロレスに持っていかれたことの「間接的報復」というのは考えすぎかも知れませんが、それにしてもこのマッチメイクは不可解です。
小林とプロフェッショナルのIWA世界ヘビー級選手権試合は1月20日、福岡九電記念体育館(観衆4,000人発表)で行われましたが、この試合は何故か金網デスマッチで行なわれています。
これまで金網デスマッチによる同タイトル戦は72年1月27日、横浜文化体育館でのカーチス・イヤウケア戦と11月28日、静岡・駿府会館でのクラッシャー・リソワスキーとの2試合、イヤウケア戦は初戦の1月17日、四日市市体育館大会での試合が両リンに終わり、決着戦としての意味合い、リソワスキー戦はその前の11月27日、愛知県体育館でのディック・ザ・ブルーザー&リソワスキー組と小林&草津組での金網タッグデスマッチが不完全燃焼の終わり方で観客が暴動を起こす事件があり、その為に今度はこんな不手際をしないように、金網で決着を、という大義名分がありました。
そこへいくと、今回のプロフェッショナルとの一戦は興行的以外には金網デスマッチにしなければならない明確な理由がありませんでした。試合は22分50秒、小林がカウントアウトで勝ち、17度目のタイトル防衛に成功しています。
セミファイナルは草津&寺西勇組とラリー・ヘニング&パドーシス組のタッグマッチ45分3本勝負。1本目は16分5秒、ヘニングが草津を体固め、2本目は6分2秒、草津がヘニングを体固め、決勝の3本目は4分35秒、寺西がパドーシスを体固め。2−1で草津&寺西組が勝利を収めています。
井上はイワン・ストロゴフとシングルマッチで対戦、14分47秒に体固めでフォール勝ち、大剛とグラン・ラパンは10分47秒、両者リングアウトの引き分け。ケン・パテラは田中忠治を12分2秒、ベアハッグでギブアップさせました。
1月25日、板橋区体育館(テレビ収録、観衆2,000人発表)大会。メインイベントは小林&草津組の保持するIWA世界タッグ王座にプロフェッショナル&ヘニング組が挑戦、1本目は11分24秒、ヘニングが小林を体固め、2本目は3分25秒、小林がヘニングを体固め、決勝の3本目は4分4秒、エビ固めで草津がプロフェッショナルをフォール。2−1で小林&草津組が4度目の防衛に成功しています。
セミファイナルのAWAバトルロイヤルは11分26秒、寺西がオーバー・ザ・トップロープでヘニングを破り、1月6日、大阪府立体育会館の開幕戦に次いで優勝。
井上&田中組のヨーロッパ遠征コンビとストロゴフ&ラパン組のタッグマッチ45分3本勝負。1本目は11分25秒、日本組の反則勝ち、2本目は6分23秒、井上がラパンを体固めに決めて井上&田中組が2−0でストレート勝ちを飾りました。
大剛はパドーシスとシングルマッチで対戦し、13分53秒、体固めでフォール勝ち。寺西とパテラのシングルマッチは17分20秒、ベアハッグでパテラがギブアップ勝ちを収めています。
シリーズ最終戦、1月26日、横浜文化体育館(テレビ収録、観衆4,000人発表)大会、メインイベントは小林vsヘニングの金網デスマッチで19分50秒、小林がカウントアウトでヘニングを降し最終戦を白星で飾っています。
セミファイナルは井上&寺西組がプロフェッショナル&ラパン組とタッグマッチ45分3本勝負で対戦、1本目は12分50秒、プロフェッショナルが寺西を体固め、2本目は4分37秒、井上がプロフェッショナルを体固め、決勝の3本目は46秒の速攻で寺西がラパンを体固めで破り2−1で井上&寺西組の勝利。
プロフェッショナルは国際プロレス側の扱いにも問題はありましたが、エース外国人の器ではなかったように感じます。ベテランのヘニングをエースに持って来た方がシリーズは盛り上がったのではないでしょうか。
草津はパドーシスとシングルマッチで対戦、12分18秒、足4の字固めで快勝。初来日が力道山時代の59年日本プロレスであるパドーシスはこの時50歳、66年にはフリッツ・フォン・ゲーリングと共にインターナショナル・タッグ王者チームとして来日、馬場&吉村道明組に同王座をもたらした日本プロレス界にとっては「恩人」ですが、さすがにこの時は歳をとった印象でした。
田中とストロゴフのシングルマッチは16分3秒、逆片エビ固めで田中がギブアップ勝ち、パテラは全日本プロレスの「新春ジャイアント・シリーズ」から戻ってきた鶴見五郎を6分2秒、ベアハッグでギブアップさせています。パテラは、中堅どころがジョバーとなって連勝、無敗で帰国していますがこの時はまだグリーンボーイで試合もしょっぱく、小林らトップクラスと当たることはありませんでしたが帰国後AWA、NWAで揉まれて出世、WWFルートで新日本プロレスに登場、81年1月の「新春黄金シリーズ」で小林と対戦、小林はパテラの「噛ませ犬」にされてしまうのでした。
全日本プロレスの「新春ジャイアント・シリーズ」(1月6日岐阜市民センター〜24日日大講堂)には国際プロレスから鶴見と八木宏(剛竜馬)が全戦参加、協調路線は73年も継続されました。が、前72年3〜5月の「第4回IWAワールド・シリーズ」に参加したドン・レオ・ジョナサンが全日本プロレスに参戦、以後はレギュラーとなり、国際には一度きりの来日に終わっています。
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