72年国際プロレス夏の陣「ビッグ・サマー・シリーズ」は6月25日、足立区体育館(テレビ生中継、観衆2,000人発表)で開幕。
参加外国人選手はバロン・シクルナ、レーン・ゴルト(レネ・グレイ)、ジプシー・ジョー(パンチョ・ロザリオ、後に国際プロレスのレギュラー外国人となるジョーとは別人)、セレソ・ソテーロ、ジョー・アデール。中盤戦からビル・ミラーが特別参加。
当初はターザン・タイラー、バディ・オースチンの参加が発表されていましたが、タイラーは来日前にカナダ・モントリオールでモンスター・ロシモフと対戦した際、ロシモフのツームストン・パイルドライバーの受け身を取り損ねて首を痛め(以後、ロシモフはツームストン・パイルドライバーは封印してしまう)、オースチンはビザの不備で来日中止になり、Bミラーは急遽参加がきまったものでした。
日本側は前71年6月からヨーロッパ、イラク、アメリカと遠征に出ていたグレート草津、71年3月からヨーロッパ、アフリカに遠征していた田中忠治が凱旋帰国。また71年9月にデビューしたばかりの松本勝三(大位山勝三)が6月にアメリカのテネシー地区ヘ修行に向け出発しています。
日本プロレスの大木金太郎が韓国で主宰している金一道場の若手精鋭陣である羮成英(南海山)、呉均銭(呉大均)、梁鎮五の3人が外国人留学生として参戦。所属団体である日本プロレスで修行させなかったのか?という疑問大アリですが、橋渡しをしたのは吉原功社長のブレーンであるフリーライターの菊池孝氏であったとのことです。
大木は、菊池を「お兄さん」と呼んで(菊池は1932年生まれ、大木は実際は1929年2月24日生まれであったが、長年1933年2月2日生まれと4歳サバ読んでいた)慕っており、愛弟子達を国際プロレスのリングで修行させたいと相談。菊池は「何で日プロじゃ駄目なんだ?」と聞いたところ、大木は「冗談じゃないです!日プロなんかに入れたら可愛い弟子たちがいじめられてしまいますよ!」と日本プロレスへ留学させることを拒絶。
最終的には敵対関係にはあるもののホットラインで繋がっていた吉原社長と日本プロレスの芳の里淳三社長との間で話がつき、3人は国際プロレスのリングに上がることが決まりました。また、スウェーデンから日本武術の修行に来日していたヤーン・ヘルマンソンがこの年国際プロレスに入門、今シリーズでデビューすることが決定しています。
また、TBS体制になってから国際プロレスの屋台骨を支えて来たと言っていいサンダー杉山が名古屋の医薬品販売業者「スズケン」の観光部長に就任、兼業レスラーとして二足のわらじを履くことになり、今シリーズより毎試合には出場しないセミレギュラー出場になっています。
杉山は早くから「プロレスは一生出来る仕事ではないから」とシリーズオフを利用してビジネスの勉強を始め、ホテル経営を副業として始めました。また、特異なキャラクターを活かしてタレントとしても活躍、テレビ番組にも出演するなど多才な一面もありました。今シリーズ終了後にはラッシャー木村がヨーロッパ遠征に向かうことも決定していたところから、杉山&木村組が保持していたIWA世界タッグ王座は返上されています。
松本は6月12日に吉原社長に伴われて羽田東京国際空港を出発、先ずハワイに向かい、6月14日、ホノルル・インターナショナルセンター(ニール・ブレイズデル・センター、NBCアリーナ)で行なわれたジン・キニスキーと草津のシングルマッチで草津のセコンドに付きました。
当時のハワイマットはNWAだけでなくAWAとも交流があり、日本では日本プロレスにしか参加したことがないキニスキーが草津と対戦するという注目のカードが実現、1−1から草津のセコンドに付いた松本に先にキニスキーがうるさいとばかり手を出し、松本も反撃したことから草津の反則負けとなっています。
ハワイの試合の後、松本は単身テネシーへ、草津は吉原社長と共に日本へ帰国、約1年ぶりに日本の土を踏みました。
シリーズ開幕戦の足立区体育館大会は日曜日の午後4時試合開始で、午後6時からのTBS「TWWAプロレス中継」の生中継に合わせての開始時間となりました。1月5日、テレビ中継が毎週水曜日午後7時〜7時30分に短縮された初回の北九州市小倉区三萩野体育館での「新春パイオニア・シリーズ」開幕戦以来、約半年ぶりの生中継となりました。
メインイベントはストロング小林&木村組がゴルト&Gジョー組と対戦、1本目は25分25秒、小林がジョーに反則勝ち、2本目は1分3秒、小林がジョーを体固めに決めて2−0で小林&木村組がストレート勝ちをしています。
凱旋帰国の草津はセミファイナルでシクルナとシングルマッチ45分3本勝負で対戦しています。1本目は2分58秒、草津が体固め、2本目は5分58秒、シクルナの反則勝ち、決勝の3本目は5分40秒、両者反則裁定となり、1−1の引き分けに終わりました。
杉山はアデールとシングルマッチで対戦し9分35秒、カウントアウト勝ち。草津と同じく凱旋帰国の田中はソテーロを9分58秒、体固めで破り帰国第1戦を白星で飾っています。
第2戦、6月27日、水戸市茨城県スポーツセンター(テレビ収録、観衆6,000人超満員発表)大会。メインイベントは金網デスマッチで木村とシクルナが激突、20分20秒、カウントアウト勝ちで木村の勝利。
セミファイナルは凱旋帰国の田中が寺西勇とのタッグでソテーロ&アデール組と45分3本勝負で対戦。1本目は15分34秒、ソテーロが寺西を体固め、2本目は10分26秒、寺西がソテーロを回転エビ固め、決勝の3本目は6分11秒、田中がアデールを体固めに決めて2−1で田中&寺西組が勝ちました。
草津はGジョーを13分12秒、足4の字固めでギブアップ勝ちを奪い、小林はゴルトを14分25秒、体固めで破っています。
6月30日、岐阜市民センター(テレビ収録、観衆5,000人超満員発表)大会、メインイベントは草津が初の金網デスマッチ出場、シクルナと対戦し、18分32秒、カウントアウト勝ち。
小林はセミファイナルでゴルトとの45分3本勝負。1本目は13分46秒、ゴルトが回転エビ固め、2本目は3分33秒、小林が体固め、決勝の3本目は5分6秒、小林が逆エビ固めで曲者ゴルトをギブアップさせて2−1で小林に軍配が上がりました。
寺西はソテーロに16分44秒、アバラ折り(コブラツイスト)でギブアップ勝ち。田中とアデールのシングルマッチ45分3本勝負は1本目は8分2秒、両者リングアウト、決勝の2本目は2分46秒、田中が体固めで取り、2−1で田中の勝利。Gジョーはミスター珍とシングルマッチで対戦し15分54秒、体固めでフォール勝ちを収めています。この日木村の試合記録がありませんが外国人選手の記録が全員あるところから欠場かと思われます。
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