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2022年03月02日05:12

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ストロング小林さん追悼(55)

72年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」終盤戦、1月28日、大田区体育館(テレビ収録、観衆1,700人発表)大会。前日の横浜文化体育館がストロング小林vsキング・イヤウケアの金網デスマッチによるIWA世界ヘビー級選手権試合で6,500人、超満員札止めの観客を動員した国際プロレスでしたが、翌日も首都圏で興行を開催しましたがこちらは不入り。

メインイベントはサンダー杉山&ラッシャー木村組の保持するIWA世界タッグ王座にイヤウケア&ダン・ミラー組が挑戦。イヤウケアとミラーのコンビは1月20日、静岡県富士市体育館で同王座に挑戦したローム・マスク&ジ・アベンジャー組とは桁違いに強いチームでした。

1本目は24分30秒、イヤウケアが木村を体固め、2本目は3分13秒、日本組の反則勝ち、決勝の3本目は2分6秒、木村がイヤウケアにリングアウト勝ち、2−1で杉山&木村組が6度目の王座防衛に成功していますが、王者チームは強力な挑戦者チームを相手に1フォール、ギブアップも奪えない屈辱の防衛戦でした。

セミファイナルでは小林がLマスクとシングルマッチ45分3本勝負で対戦、両者はシリーズ最終戦の2月1日、大阪府立体育会館でIWA世界ヘビー級王座を賭けて対戦することが決定しており、その前哨戦として一騎討ちを行ったものでしたが…。

1本目は22分20秒、両者リングアウト、決勝の2本目は12分25秒、小林が体固めで取り、2−1で小林が勝ってしまいました。前哨戦で決着がついてしまってはタイトル戦をやる意味があまり感じられないと思います。逆の展開でマスクが最終戦の大阪で勝ってベルトが海外流失というのも今シリーズのマスクの扱いを見ると現実的ではないです。

そこである疑惑が生じました。2014年にベースボール・マガジン社から発汗された「忘れ時の国際プロレス」のテレビ放映リストには大田区大会での小林vsマスク戦がIWA世界ヘビー級選手権試合として記録されていたのです。(3月15日放送)

最終戦の大阪はテレビ中継なし。よって収録用にタイトルマッチと称して実況して放送したのではないかという疑いです。国際プロレスは後期の東京12チャンネル(テレビ東京)時代にも非公式のタイトル戦や非公式の金網デスマッチを行っていて、記録のないタイトル戦をやったかも知れないです。実際には当時の放送をリアルタイムで見ていないのであくまで疑惑ですが、国際プロレスのいい加減なマッチメイクを考えると有り得る話です。

寺西勇とジェリー・オーティスのシングルマッチは19分33秒、アバラ折り(コブラツイスト)で寺西がギブアップ勝ち。アニマル浜口とチャールズ・ベレッツのシングルマッチは17分53秒、体固めで浜口の勝利。ミスター珍とアベンジャーのシングルマッチは11分13秒、アバラ折りでアベンジャーが勝ち、大剛鉄之介とケニー・ジャイのシングルマッチは16分2秒、回転エビ固めで大剛が勝ちました。

シリーズ最終戦、2月1日、大阪府立体育会館(観衆3,500人発表)大会、メインイベントは予定通り小林にLマスクが挑戦したIWA世界ヘビー級選手権試合が組まれています。

1本目は14分35秒、小林がブレーンバスターから体固め、2本目は6分25秒、マスクが凶器攻撃から体固め、決勝の3本目は4分27秒、小林が逆エビ固めでマスクをギブアップさせて2−1で小林の勝利、11度目の王座防衛に成功していますが、それにしてもこのシリーズ、Dミラー、イヤウケア(2回)、Lマスクと1か月足らずの間にIWA世界ヘビー級タイトル戦が4回行なわれたのは多すぎると言わざるを得ません。

セミファイナルは木村&浜口&大剛組がミラー&ジャイ&オーティス組と対戦する6人タッグマッチ。1本目は21分35秒、大剛がジャイを片エビ固め、2本目は8分30秒、オーティスが浜口を片エビ固め、決勝の3本目は3分45秒、浜口がオーティスを体固めに決めて2−1で木村&浜口&大剛組が勝ちました。

杉山とベレッツのシングルマッチは9分3秒、杉山が体固め、大磯武はアベンジャーに14分30秒、アバラ折り(コブラツイスト)でギブアップ負けを喫しています。

最終戦にイヤウケアが出場していませんが、イヤウケアは1月30日、三重県大谷三瀬谷町特設リング大会に出場した後アメリカに戻り、2月1日(日本時間2日)にはWWWFのペンシルバニア州フィラデルフィア大会に出場、バロン・シクルナとのタッグでカール・ゴッチ&レーン・ゴルト(レネ・グレイ)組を破りWWWFタッグ王座を獲得しています。

ゴッチは「第3回IWAワールド・シリーズ」に出場した後、アメリカでカムバック、前71年12月6日、ルイジアナ州ニューオーリンズでゴルトと組んでルーク・グラハム&ターザン・タイラー組を降してWWWFタッグ王座に就いたばかりでした。

1週間後の12月13日、「会社乗っ取りを企てたクーデター犯人」として日本プロレスを除名・追放処分と猪木は72年の年が明けるとすぐさま行動を開始、1月13日には当時の自宅だった世田谷区野毛を本店に「新日本プロレスリング株式会社」を登記、自宅を改装して道場兼合宿所を作り、1月26日には新日本プロレス設立記者会見を行い、3月6日、大田区体育館での旗揚げ興行を発表。

外国人招聘ルートを日本プロレスに押さえられていた猪木は、日本プロレス時代にコーチを受けて師弟関係にあったゴッチに外国人ブッカーを依頼、ゴッチは猪木のオファーを快諾し、WWWFとの契約解除をプロモーターのビンス・マクマホン・シニアに申出。

そうなればWWWFタッグ王座のベルトは明渡せねばならず、急遽ビンス・シニアはイヤウケアを呼び寄せ、シクルナと組ませてゴッチ&ゴルト組からベルトを奪い取らせることにしました。おそらく、次期タッグ王者になることは決まっていたのでしょうが、それが早まったということかと思います。

WWWFを去ったゴッチは外国人ブッカーとして新日本プロレスに選手を送る一方、自らも選手として旗揚げ興行での猪木の対戦相手を務めることになりました。
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