1か月半のヨーロッパ、西ドイツのハノーバー・トーナメントへの出場、ケニア遠征を経て、70年11月よりストロング小林は国際プロレスの提携先であるアメリカ本土のAWAのテリトリーで武者修行をスタートさせています。
小林は日本人であり、スタイルはヒール、マネージャーには68年1月のTBS体制初のシリーズとなった「オープニング・ワールド・シリーズ」に来日したスタン・コワルスキーことビッグKがつきました。
小林のAWA地区での活躍ぶりを紹介したいと思います。
11月11日、イリノイ州ロックフォード (勝敗不明)ボブ・ウィンダム(ブラックジャック・マリガン)
11月13日、カナダ・マニトバ州ウィニペグ ○ビリー・レッド・クラウド
11月26日、ミネソタ州ミネアポリス バトルロイヤル出場。参加選手は小林、ビリー・クリスティー、ブラックジャック・ダニエル(ジート・モンゴル)、ブル・バリンスキー(バッドボーイ・シールド)、ヘラクレス・コーテッツ、ラーズ・アンダーソン、ポール・ダイヤモンド(86年10月に全日本プロレスに来日した選手とは別人)、ペッパー・ゴメス、レッド・バスチェン。優勝小林。
11月27日、ウィニペグ ○バスチェン
12月5日、ウイスコンシン州ミルウォーキー ○Pダイヤモンド
12月11日、ウィニペグ ○ボビー・ジョーンズ(11分)
12月12日、イリノイ州シカゴ ○イワン・カルミコフ(6分22秒)
12月16日、ミネソタ州ダルース ○Pゴメス
同日、バトルロイヤル出場。参加選手は小林、ビリー・クリスティー、ブラックジャック・ランザ、Pダイヤモンド、ラーズ、バスチェン。優勝ラーズ。
12月26日、ミネアポリス ○Pゴメス
12月30日、ノースダコタ州ファーゴ ○Pゴメス
1971年
1月2日、ミネソタ州セントポール (ノーコンテスト)バスチェン&コーテッツvs小林&ビッグK
1月7日、ウイスコンシン州デパー ○ビル・ハワード
1月8日、ロックフォード ○バスチェン
1月9日、シカゴ ○プリンス・ピューリン
1月14日、ミルウォーキー ●バスチェン(反則負け)
1月15日、コロラド州デンバー ●バスチェン(3本勝負)
1月16日、ミネアポリス ○エドワード・カーペンティア
1月23日、シカゴ ●バスチェン(反則負け)
1月30日、ミネアポリス ●バーン・ガニア(AWA世界ヘビー級王座挑戦)
1月31日、ダルース ○クラウド
2月4日、ミルウォーキー ○カーペンティア
2月9日、イリノイ州モリーン ○Pダイヤモンド
2月13日、シカゴ ○Pダイヤモンド
2月17日、ロックフォード (勝敗不明)Pダイヤモンド
2月18日、ミネソタ州ウィノナ ○オックス・ベーカー
2月23日、モリーン ●ディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーvs小林&ビッグK
2月26日、ミルウォーキー ●カーペンティア&バリンスキーvs小林&ビッグK
(71年3月〜凱旋帰国までは次回)
AWAテリトリーでは流石に日本でもよく知られたおなじみのレスラーが対戦相手に名を連ねています。ウィンダムは小林と対戦した直後に国際プロレスの「ビッグ・ウィンター・シリーズ」に初来日、ラリー・ヘニングとのタッグでサンダー杉山&グレート草津組を破ってIWA世界タッグ王座を獲得する活躍ぶりを見せ、将来の大物を感じさせます。
「赤毛の悪魔」バスチェンは68年に日本プロレスに初来日し、71年に国際プロレスに登場、後にIWA世界ヘビー級王者になる小林のライバルとして何度も同王座に挑戦する名レスラー。また、バスチェン&コーテッツ組はAWA世界タッグ王者チームとして71年9月に国際プロレスに来日が決定していましたが、来日前にコーテッツが交通事故死。コーテッツの代打で来日したのがハワードでした。
特筆すべきはやはりAWA入りして僅か2か月の71年1月30日にAWAの本拠地であるミネアポリスでガニアのAWA世界ヘビー級王座に挑戦していることでしょう。NWAで言えばミズーリ州セントルイスのキール・オーデトリアムのメインイベントに出るようなものです。
2月には69年8月に日本プロレスに来て馬場&猪木組のBI砲からインターナショナル・タッグ王座を奪取した「ブル・クラ」とも対戦。世界のトップクラスと対戦することで、確実に力をつけていきました。
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