69年国際プロレス「ロイヤル・シリーズ」は9月8日、静岡県沼津市営球場で開幕、前回の「ビッグ・サマー・シリーズ」全35戦の反動か、4週間全12戦とガクッと興行の数が落ちました。
バディ・コルト、ワイルド・アンガス、スパルタカス、ゴージャス・ジョージ・ジュニアの外国人選手が参加、加えて先シリーズからスタン・ザ・ムース、ニキタ・マルコビッチが残留。
ストロング小林が渡欧している間に、参加外国人が欧州勢だけではなくなって来ており、先シリーズに来たオックス・ベーカーとムースは2月に参戦したカナダのデーブ・ラールのブッキングによるもので、前68年10月にIWA設立の為に渡欧した吉原社長は3月に再渡欧、そこからアメリカに回り、当時アメリカとヨーロッパにルートがあった清美川梅之と「酒を酌み交わして」会談しています。
清美川はアメリカのミズーリ、カンザスといったセントラルステーツ地区、オクラホマ、ルイジアナ、アーカンソーなどのトライステート地区で活躍しており、清美川の口利きでラッシャー木村の海外武者修行先がミズーリ、カンザスに決まった訳です。
前回書いたNWAへの加盟申請につきましては実は67、68年にも申請して反対多数で却下されていた経緯があり、(日本プロレスの芳の里社長、遠藤幸吉取締役は67年8月にジン・キニスキーと共に立会人で来日したサム・マソニックNWA会長の肝入りで準会員となり、69年に正メンバーとなっている)3回目の加盟却下は想定内であり、AWAのバーン・ガニアとの提携が「本丸」でだったと思われます。
NWA加盟は成りませんでしたが、清美川との個別ルートでNWA系の外国人選手を招聘することは可能でした。今回のコルト、GジョージJrがそうです。またこのシリーズ、日本の団体所属経験がないフリーランサーの日本人レスラー、「噂の男」シャチ横内が参戦しています。
本名は横内信一(よこうちしんいち)37年愛知県名古屋市出身の当時31歳。リングネームの「シャチ」は出身地、名古屋の名古屋城天守にある金の鯱(シャチホコ)から取りました。日系人ではなく純粋の日本人です。
高校卒業後の56年にブラジルへ移住し、起業するも失敗に終わり、その後アルゼンチンでアントニオ・ロッカに弟子入りしてプロレスラーとなり、南米を振り出しに欧州へ遠征。戦歴を重ね、67年にアメリカへ活動の場を移しました。
NWAトライステート地区ではフリーランス日本人レスラーの先達であるトーゴー・シクマこと清美川との日本人コンビで活動、67年5月16日にジャック・ブリスコ&GジョージJr組を破り、同地区認定のUSタッグ王座を獲得。
68年12月12日にはテキサス州アマリロにて、日本プロレスから修行に来ていたミスター・イトーこと上田馬之助と組んでドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンク組のザ・ファンクスからアマリロ地区のNWA世界タッグ王座を奪取、その後、ダニー・ホッジが保持するNWA世界ジュニア・ヘビー級王座に挑戦、王座を獲得するがクレームがつき、幻の王者となった。
69年にはドリー・ファンク・ジュニアのNWA世界ヘビー級王座にも挑戦するなど、アメリカマット界でもメインイベンターとしての実績を積みました。上田が日本プロレス時代に着用していた腹の部分に日の丸の国旗を刺繍したワンショルダータイツは横内が着用していたモノと同じで、また上田、R木村が後に得意技として使う両腕をクロスしての「十字チョップ」は横内のオリジナル技でした。(木村は独自にアレンジし上腕部で打つ喉輪的に工夫している)
横内ルートから国際プロレスは小規模ながら後に馬場の全日本プロレスと親密な関係となるテキサス州アマリロとも外国人招聘ルートのパイプが繋がりました。
開幕戦の沼津市営球場(観衆5,000人超満員発表)大会、メインイベントはグレート草津&サンダー杉山組がアンガス&ムース組と対戦、1本目は12分6秒、アンガスが草津を体固め、2本目は9分11秒、草津がアンガスを足4の字固め、決勝の3本目は3分41秒、杉山がムースを体固め、2−1で草津&杉山組の勝利。
日本マット初登場の横内は小林と初タッグを結成、コルト&GジョージJr組と対戦、コルトとGジョージJrは横内と何度も対戦経験があることから、手が合っており対横内要員で呼ばれた可能性が大です。1本目は12分8秒、コルトが横内を体固め、2本目は4分21秒、横内がコルトを体固め、決勝の3本目は5分6秒、小林がGジョージJrを体固めに決めて2−1で小林&横内組が勝ちました。
GジョージJrは40〜50年代に活躍したショーマンスタイルのパイオニア、ゴージャス・ジョージの息子、父ジョージのスタイルはバディ・ロジャース、リック・フレアーに連綿と受け継がれています。GジョージJrは父親が偉大すぎてプロレスラーとしては大成せず、マネージャーとして才能を発揮、79年11月にモンゴリアン・ストンパーのマネージャーとして10年ぶりに国際プロレスのリングに来日する予定でしたがキャンセルとなっています。
9月9日、前橋市群馬県スポーツセンター(観衆3,000人発表)が今シリーズ初のテレビ収録。メインイベントは豊登&小林&田中忠治組がコルト&GジョージJr&マルコビッチ組と6人タッグマッチで対戦。1本目は16分17秒、コルトが田中を体固め、2本目は4分20秒、小林がマルコビッチを体固め、決勝の3本目は5分14秒、田中がマルコビッチを体固めに決めて2−1で豊登&小林&田中組が勝利を飾りました。
横内はセミファイナルのシングルマッチに登場、スパルタカスと45分3本勝負で対戦、1本目は37分32秒のロングマッチの末、スパルタカスが体固め、この時点で残り試合時間は7分28秒しかなく、2本目は3分6秒、横内が体固め、決勝の3本目は1−1の時間切れ引き分けとなりました。
セミ前の草津とアンガスのシングルマッチは17分47秒、両者リングアウトでこちらも引き分けでした。
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