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2022年01月24日05:35

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ストロング小林さん追悼(18)

68年10月、小林省三は初の海外武者修行、ヨーロッパ遠征に出発、イギリスで数試合行い、69年の新年はイギリスで迎えました。4月から東西融合前の西ドイツに転戦し、カールスルーエ・トーナメントに出場。

4月28日からはほぼ同じメンバーでベルリンに移動、ベルリン・トーナメントに参加しています。ベルリンでの対戦成績は以下の通り。

4月28日、○フランク・オリーク

4月29日、○デーブ・モーガン

4月30日、○ハンス・ロックス

5月1日、○ジェフ・ポーツ 

5月2日、○ギディオン・ギダ

5月3日、△ジーン・ルイス・ブレストン(時間切れ)

5月4日、△ヘルマン・レファンド(時間切れ)

5月5日、○ジル・ボワニー

5月6日、△マイケル・ネイダー(ミッシェル・ナドール、時間切れ)

5月7日、○ブレストン(反則勝ち)

5月8日、△レファンド(時間切れ)

5月9日、○ギダ

5月10日、○ネイダー

5月11日、●ブレストン(欧州初黒星)

5月12日、△小林&ポーツ組vsルディ・サトルスキー&ウォルフガング・サトルスキー(サトルスキー親子、時間切れ)

5月13日、○ポーツ

5月14日、●レファンド

ここで、ベルリンのサーキットは終了、1日の移動日を経てメンバーはケルン入り、ケルン・トーナメントがスタートしました。以後はケルンでの対戦成績。

5月16日、○オリーク

5月17日、○ジョセフ・モルナー

次の5月18日がブランクになっていますが、この日小林はフランスへ飛び、パリのエリーゼ・モンマルトルで日本からやって来た豊登と合流、新設された初代IWA世界タッグ王座決定戦に出場しています。世界タッグ王座決定の前にIWA誕生の経緯について書いておきます。

IWA(インターナショナル・レスリング・アライアンス、国際レスリング連盟)は、国際プロレスの吉原功社長がグレート東郷の垢がついたTWWAから脱却し、ヨーロッパマット界を中心に、新たな権威を創造しようと、68年10月に渡欧、提携先であるイギリスのジョイント・プロモーション代表、ジョージ・レリスコウが中心となり、フランスのロジャー・デラポルト、イギリスの独立系プロモーター、ポール・リンカーン、ジャック・デール、西ドイツのグスタフ・カイザー、スペインのエンリケ・エドらの協力を得て、フランスのパリを本拠地に設立されたタイトル管理団体です。

このIWAのスキームを見て、何か思い出した方は相当のプロレスマニアです。そう、これは「全欧」を「世界6地区」に置き換えると80年12月に新日本プロレスが構想を発表した「IWGP」に似ています。

会長にはフランス・パリのプロモーター、デラポルトが就任、興行会社であるIWE(国際プロレスの登記上の商号はインターナショナル・レスリング・エンタープライズ株式会社であり、「国際プロレス」、あるいは「TBSプロレス」は通称に過ぎない)がIWAの認定を受けたタイトルマッチを開催する、ということになりました。

IWAは設立に際し、まず世界ヘビー級王座を創設。初代王者を決める一大公式戦、「ワールド・チャンピオン・シリーズ」が11月4日、札幌中島スポーツセンターで開幕、ビル・ロビンソン、ジョージ・ゴーディエンコ、ピーター・メイビア、レイ・ゴールデン・アポロン、ジルベール・ボワニー、マイケル・ネイダー(ミッシェル・ナドール)、レイ・ハンターの外国人選手が参加。

小林の渡欧中に開催されたトーナメントであり日本側からは豊登、グレート草津、サンダー杉山の3選手が日本代表として出場、なお、この「ワールド・チャンピオン・シリーズ」が「第1回IWAワールド・シリーズ」に後付で定義付けられました。

予選リーグ戦は10人による総当たりリーグ戦でしたが、加点法ではなく、アマレスのバッドマークシステムを使った減点法。持ち点10でスタート。○勝ち、失点なし、△時間切れ引き分け、失点1、▲両者リングアウト、失点2、●負け、失点3で持ち点が0になったら失格となり、以後の公式戦には出られなくなってしまう訳で、全選手が対戦出来るということではありません。

日本側は草津と杉山が途中失格になっており、豊登vs草津、豊登vs杉山は実現していませんが、草津vs杉山の公式戦は11月12日、山形県鶴岡市体育館(観衆3,500人満員発表)で行われ、13分36秒、両者リングアウトに終わっています。

10選手の中で失格にならなかったのは7戦4勝1敗1時間切れ引き分け、1両リン、失点6で持ち点4のロビンソン、1敗はメイビアに反則負けでした。6戦3勝3両リン、失点6で持ち点4の豊登、6戦2勝1時間切れ引き分け、3両リン、失点7で持ち点3のゴーディエンコの3人のみ。この3選手に三つ巴よる決勝リーグ戦が行われました。(決勝リーグ戦は45分3本勝負)

決勝リーグ第1試合は68年12月14日、大田区体育館(テレビ収録、観衆4,500人満員発表)豊登とゴーディエンコが対戦、1本目は6分9秒、ゴーディエンコが体固め、2本目は33秒の速攻で豊登が逆片エビ固めでギブアップ勝ち、決勝の3本目は9分15秒、両者リングアウトとなり、1−1。共に失点2となり豊登が2点、ゴーディエンコが1点。

決勝リーグ第2試合は12月16日、長野市長野公民館(観衆1,500人発表)でマニア垂涎のロビンソンとゴーディエンコの対戦、両者は、開幕戦の札幌で予選リーグで対戦、30分時間切れ引き分けとなっており、決着戦となりました。1本目は16分55秒、ロビンソンが体固め、2本目は4分58秒、ゴーディエンコが体固め、決勝の3本目は1分22秒、ロビンソンが体固めで取り、2−1でロビンソンの勝利となりました。

ロビンソンは失点0の4点、1点のゴーディエンコは持ち点がなくなり失格です。

ゴーディエンコの失格により、決勝リーグ3試合、12月19日、岡山県体育館(テレビ収録、観衆5,000人超満員発表)でのロビンソンvs豊登が優勝決定戦となりました。ロビンソンが4点、豊登が2点の為、豊登は勝った場合のみ、優勝出来ることになります。

1本目は22分3秒、豊登が逆片エビ固め、2本目は10分6秒、ロビンソンが体固め。決勝の3本目は45分時間切れ引き分けとなり1−1、共に失点1となりロビンソンが3点、豊登が1点でロビンソンが優勝、初代IWA世界ヘビー級王者に輝いています。

バッドマークシステムというのは観客には分かりづらかったと思います。
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