グレート東郷がギャラへの不満から参加外国人レスラーを途中帰国させる暴挙に出て、TBS体制になって2シリーズ目の68年「ワールド・タッグ・シリーズ」は途中で打ち切り。
新体制発足から僅か2か月で窮地に追い込まれた国際プロレスの吉原功社長。2月28日の水曜日にはテレビ中継が入っており、ここで穴をあける訳にはいきませんでした。
そこで吉原社長はアマレス時代の人脈を頼り、日本アマレス協会会長、八田一朗氏に相談。八田はコネクションがあったイギリスの大手プロレスプロモーション、ジョイント・プロモーションのジョージ・レリスコウに働きかけ、急遽イギリスよりトニー・チャールス、リー・シャロン、ジョン・キーガン、ジョン・フォーリーの4人の外国人が来日。
中止となった「ワールド・タッグ・シリーズ」は3月6日、水戸市茨城県スポーツセンター大会まで予定されていましたが、テレビ生中継の日にあたる2月28日の栃木県足利市月見ケ丘学園体育館と水戸の2大会だけは会場をキャンセルしていませんでした。
外国人選手が揃ったことで足利大会(テレビ生中継、観衆2,000人発表)は「日欧決戦シリーズ」の開幕戦として開催されました。しかし外国人選手は急遽参戦が決まったので観光ビザでの来日の為、無料興行となりました。国際プロレスは2月だけで3回の無料興行を開催、見込んでいた興行収入が激減。それでも東郷に高いブッキング料を払うことを考えれば、欧州路線を軌道に乗せて乗り切れば、新しいチャンスが見えてきます。
開幕戦のメインイベントは豊登&グレート草津&田中忠治組とチャールス&キーガン&フォーリー組の6人タッグマッチ。1本目は16分20秒、田中がチャールスをドロップキックから体固め、2本目は15分40秒、フォーリーが田中をボディプレスから体固め、決勝の3本目は3分35秒に日本組の反則勝ち。2−1で豊登&草津&田中組の勝利。
セミファイナルは杉山がシャロンと45分3本勝負で対戦し1−1から両者リングアウトの引き分けとなりました。小林の試合記録は残念ながら確認出来ていません。
東郷がブッキングしてきた怪物的北米大陸のレスラーから比べると欧州勢は身体も小さく地味でしたが、とにかく外国人レスラーを揃えたことで、テレビ生中継に穴を空けずに済んだ訳です。
シリーズ第2戦まで1週間間隔が空いたので4人の外国人選手はワーキングビザヘの切り替えを行い、3月6日、水戸市茨城県スポーツセンターでの第2戦のテレビ生中継(観衆4,200人満員発表)から有料興行を再開。この年はメキシコ五輪の開催があり、閏年。
メインイベントは豊登&杉山組のTWWA世界タッグ王座にチャールス&シャロン組が挑戦。1本目は14分50秒、杉山がチャールスを体固め、2本目は6分56秒、チャールスが杉山をドロップキックの連発から体固め、決勝の3本目は2分50秒に両チームリングアウトとなり、1−1の引き分けで豊登&草津組が王座初防衛に成功。
ちなみに、この水戸大会を会場で観戦していたプロレスライターの流智美氏(当時10歳)がチャールスのドロップキックの連発を見て痺れ、プロレスにどっぷりと嵌まるきっかけになったというのは、御本人のコラムで何度となく書かれているエピソードです。
セミファイナルは木村政雄がフォーリーと45分3本勝負で対戦し1−1から反則勝ち。小林は先輩の田中と20分時間切れ引き分け。
3月13日のテレビ生中継はTBS時代の国際プロレスの常打ち会場となる横浜スカイビル内の横浜スカイホール(観衆1,500人発表) に進出、小林はテレビ生中継のメインイベント初登場、杉山&田中とトリオを結成しシャロン&キーガン&フォーリー組と対戦。
1本目は6分37秒、杉山がシャロンをジャーマン・スープレックスホールドで破り先制、2本目はこれまでクリーンファイトをしていた欧州勢がラフファイトに出て田中を鉄柱攻撃で血ダルマにし、5分43秒、キーガンが田中を体固め、3本目は2分20秒、田中がキーガンから決勝フォールの体固め。2−1で豊登&小林&田中組に凱歌が上がっています。
セミファイナルは草津とチャールスの45分3本勝負で2−1で草津の勝利。
小林の国際プロレス退団のきっかけといわれた確執を起こした草津ですが、翌週の3月20日、大田区体育館(観衆2,200人発表)からのテレビ生中継のメインイベントで6人タッグも含めて初めてタッグを結成、チャールス&フォーリー組と対戦しています。
1本目は10分5秒、草津がチャールスを体固め、2本目は3分35秒、チャールスが草津を逆さ押さえ込み。決勝の3本目は4分15秒、小林がフォーリーを背骨折りに決めて2−1で草津&小林組が勝利を飾りました。
この時は決勝を小林に譲っており、また小林がIWA世界ヘビー級王者になって2年目の72年7月7日、千葉県体育館で木村の海外遠征に伴い空位となったIWA世界タッグ王座決定戦で小林&草津組がビル・ミラー&バロン・シクルナ組を破って王座に就いていることから、両者の確執が表面化するのはこの後だろうと思いますが、これはいずれ稿を改め書きます。
シリーズ最終戦の3月27日、愛知県半田市民ホール(テレビ生中継、観衆2,000人)大会、メインイベントは豊登がシャロンとシングルマッチ60分3本勝負で対戦、1本目は8分8秒、背骨折り、2本目は4分、逆片エビ固めでいずれもギブアップでのストレート勝ち。
セミファイナルは杉山&草津&木村組が2−1でチャールス&キーガン&シャロン組を破り、小林はベテランのマンモス鈴木に苦戦し20分時間切れ引き分けに持ち込まれました。
東郷の外国人レスラー引き上げにより、TBS体制移行時に国際プロレスの筆頭株主となり、代表権を得たオーナーの岩田浩氏は退陣、吉原社長が再び会社の実権を握っています。
東郷とのトラブルから欧州路線に活路を見出した国際プロレス、決して最初からヨーロッパをターゲットにしていた訳ではありませんが、次のシリーズに初来日する「未だ見ぬ強豪」が国際プロレスの救世主となるのでありました。
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