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2021年08月21日06:23

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ジャンボ鶴田怪物伝説(853)

長州力から「ジャパンプロレスを捨てて選手達だけで新日本プロレスに戻ろう」と説得された谷津嘉章でしたが、この頃には既に永源遙の説得を受け入れ、全日本プロレスに残留することを決意していました。

谷津は新日本プロレス時代の83年10月に維新軍団入りしてからは、表向きは先輩として長州を立てていたものの、内心では「大して強くない」、「金に汚い」と見下したように醒めた眼で長州を見ていた部分もあり、81年6月24日、蔵前国技館での国内デビュー戦(&猪木組vsスタン・ハンセン&アブドーラ・ザ・ブッチャー組)で大恥をかかされた猪木を初め新日本プロレスに対しても同じような感情を持っていました。

またジャパンプロレスの選手会長だった永源も選手全員に去られたら馬場の面子が立たないとして、長州は無理でも何人かの選手は引き止めようと独自で暗躍していました。

ジャパンプロレスは新日本プロレスとの話し合いを進める長州と加藤一良次長、全日本プロレスに残留する谷津と永源、そして双方の間に立っていたアニマル浜口と、この騒動に嫌気が差してWWFへ行くことが決まっていたキラー・カーンの中立派と三つに分裂、関係は修復不可能となっており、竹田勝志会長と大塚直樹取締役は立場上残留側に回っていましたが、大塚はこの時点でもうこれ以上ジャパンを存続させることは困難と解散することを考え始めておりました。

何年かして都内の料亭の女将が「馬場と猪木が連署しているサイン色紙」を公開して話題を集めましたが、色紙の日付を見ると「62(昭和).3.18」とあるところから、馬場と猪木がこの問題について会談したことはほぼ間違いのないところ。

馬場に呼び出された長州は馬場にシリーズを休んだことを詫び、87年3月28日、後楽園ホールから開幕する「創立15周年記念チャンピオン・カーニバル」への出場を約束。シリーズ中の4月2日、2年間に亘る建替え工事で新装オープンとなった大阪府立体育会館大会はジャパンプロレスの主催興行であり、代表権を持った社長である長州は出場しなければいけない興行でした。この大会は鶴田にトミー・リッチが挑戦するインターナショナル・ヘビー級選手権試合に加えて、天龍&輪島大士組vs長州&浜口組という、輪島と長州の初顔合わせの刺激的なカードを組み、チケットも既に発売されていました。

また馬場は猪木に対しては引き続き85年12月に締結した「レスラー引き抜き防止協定」を守るようにキツく言い渡したということです。

長州は「創立15周年チャンピオン・カーニバル」開幕前に行われたジャパンプロレスの全体会議の席上で次期シリーズで復帰を発表するが、3月いっぱいで全日本プロレスとジャパンプロレスとの提携を解消して完全独立をすることを併せて発表します。

長州は一旦全日本プロレスとのこれまでの関係を見直し、ジャパンプロレスは独立して全日本プロレスと新日本プロレスとは選手個別にシリーズ契約にして出場し、そのバーターとしてジャパンプロレスの主催興行には全日本と新日本両団体の選手に参戦してもらう。

団体同士で選手を貸し借りする、現在の日本プロレス界においては普通に行われている、このような形で馬場と猪木、双方の顔を立てつつ、見返りにジャパンの興行にも協力してもらう構想を明かしました。

しかしこの構想に関するマスコミへの記者会見が開かれるまでに時間を要していました。理由は谷津と永源が反発したことによるものでした。谷津らは長州の考える構想は口実に過ぎず、いずれは新日本プロレス一本に絞り全日本プロレスに戻る気はないのではと糾弾します。当然ながら馬場が納得する訳もありません。

ジャパンプロレスが全日本プロレスと契約を更新しない場合はその6か月前から申し出をしなければいけない契約になっており、全日本と新日本との間でかわされていた引き抜き防止協定によってジャパンの所属選手が全日本側の選手として扱われていたことから、全日本からジャパンとの契約を破棄しない限り、新日本のリングには上がれないことになっていた訳です。

長州と大塚以下を切り離して一本釣りを狙っていた新日本プロレス側もこれは納得するわけがなく、長州の考えた構想はジャパン、全日本、新日本3団体をも納得させるにはこれしかないと考えた窮余の一策でしたが、「長州は自分のことだけしか考えていない」と却って周囲から反発を食らい、長州は孤立していくことになります。

そんな中、3月25日、大阪の「ホテル南海」で行われた新日本プロレスの「INOKI闘魂LIVEパート2」の前夜祭調印式に長州が猪木と対戦するマサ齋藤の代理人として来場。公の場で2年半振りに猪木と長州が顔合わせ。

翌3月26日、大阪城ホールでの「INOKI闘魂LIVEパート2」メインイベント、猪木vsM齋藤戦の際、M齋藤は長州の入場テーマ曲である「パワーホール」で入場して来るなど、新日本プロレスとテレビ朝日は長州の復帰はもはや既定路線とばかり煽りまくりました。

猪木とM齋藤、84年5月27日、後楽園ホールでのIWGP決勝リーグ戦(11分42秒、猪木が回転エビ固めで勝利)以来2年10か月ぶりのシングルマッチは好試合となりましたが、海賊男が乱入しM齋藤に手錠をかけてグダグダの展開になり、25分34秒、猪木の反則勝ち。不満を抱いた観客が騒ぎ出し帰ろうとしない暴動騒ぎに発展してしまいました。

次期「創立15周年チャンピオン・カーニバル」開幕戦まで中1日、長州らジャパンプロレス勢の去就は果たしてどうなるのか!?
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