サージェント・スローターとスタン・ハンセンは新日本プロレス時代の81年5〜6月の「第4回MSGシリーズ」に一緒に来日しています。
両者の公式戦は5月25日、佐賀スポーツセンターで行われ、僅か3分32秒にハンセンがウェスタン・ラリアットからの体固めで完勝。両者の日本でのポジションを考えるとAWA世界ヘビー級王座を巡っての抗争の結果は意外かも知れませんが、そこは「所変われば品変わる」です。
ジェリー(クラッシャー)・ブラックウェルとも日本ではハンセンとは前85年6〜7月の「熱風!サマー・アクション・ウォーズ」とこれより2年半後の88年「世界最強タッグ決定リーグ戦」で2度一緒になりました。88年の最強タッグではハンセンはテリー・ゴディと組んで優勝。
ブラックウェルは初来日のフィル・ヒッカーソンと組んでエントリー、ディック・スレーター、トミー・リッチ組と両リンで引き分けた以外は全敗の最下位。ハンセン&ゴディ組とブラックウェル&ヒッカーソン組の公式戦は終盤戦の12月14日、相模原市立総合体育館で組まれ、9分44秒、ハンセンがヒッカーソンをウェスタン・ラリアットから体固めに決めて順当勝ちしています。
私も含めた日本のファンはハンセンがスローター、ブラックウェル相手にラリアットで楽勝防衛の連続を果たしていたと思いがちですが、チャンピオンはあくまで挑戦者の引き立て役に回らなければなりません。
そんな中、未来日だった新人のレオン・ホワイト(後のビッグバン・ベイダー)がハンセンのジョバーながらも王座挑戦に何度も抜擢されているのに注目。後に両者は全日本プロレスと新日本プロレスを代表する外国人頂上決戦として4年後の90年2月10日、東京ドーム、同年6月12日、福岡国際センターと2度に亘り対戦。(いずれも新日本プロレスのリング)
ベイダーが新日本プロレス、WCW、Uインター、WWFを経て98年に全日本プロレスに転戦して来た時にはハンセンとタッグを組んでいます。
ハンセンとホワイトのAWA世界ヘビー級選手権試合はテレビ東京「世界のプロレス」でも放送されましたが、こちらの放送素材は3月13日、ネバダ州ラスベガスでのTVテーピングのものでしょう。
3月22日のインディアナ州ハモンドのTVテーピングで対戦しているアースクエイク・フェリスは後に書きますが8月7日に行われる輪島大士の米国プロレスデビュー戦の対戦相手となります。(馬場&輪島組vsJRホッグ&Eフェリス)
さて全日本プロレス86年「チャンピオン・カーニバル」のスケジュールを4月26日、大宮スケートセンターで終えたAWA世界ヘビー級王者、ハンセンはテキサスの自宅に戻ることなくAWAのサーキットに直行。
4月27日、(日本時間28日、昼夜興行)【昼】ウイスコンシン州グリーンベイ・ブラウン・カウンティ・アリーナ ●vsニック・ボックウィンクル タイトル戦、反則負け防衛。
4月27日、(日本時間28日、昼夜興行)【夜】イリノイ州シカゴ・ローズモント・ホライズン ○vsニック タイトル戦。
4月28日、ニュージャージー州イースト・ルーサーフォード・メドーランズ地区ブレンダン・バーン・アリーナ vs○レオン・ホワイト(ビッグバン・ベイダー)
5月12日、カナダ・ケベック州モントリオール・ポール・サウべ・アリーナ ●vsリック・マーテル タイトル戦、負け(試合詳細不明、ベルト移動なし)
5月13日、カナダ・ケベック州ケベックシティ ○vsマーテル タイトル戦。
5月17日、インディアナ州ハモンド(TVテーピング) ○vsケン・グローバー タイトル戦。○vsラリー・クラーク タイトル戦。(2試合)
5月18日、ウイスコンシン州グリーンベイ・ブラウン・カウンティ・アリーナ ●vsニック タイトル戦、反則負け防衛。
5月31日、ネバダ州ラスベガス(TVテーピング) ●vsカート・ヘニング タイトル戦、反則負け防衛。
6月8日、イリノイ州シカゴ・UICパビリオン ▲vsニック タイトル戦、ノーコンテスト。
6月17日、(米版UWF)テキサス州ヒューストン・サム・ヒューストン・コロシアム ▲vsニック タイトル戦、ノーコンテスト。
6月22日、ウイスコンシン州グリーンベイ・ブラウン・カウンティ・アリーナ ○vsニック タイトル戦。
6月27日、ユタ州ソルトレイクシティ・ソルトパレス ▲vsニック タイトル戦
6月28日、カリフォルニア州オークランド ●vsジェリー・(クラッシャー)ブラックウェル タイトル戦、反則負け防衛。
6月29日、コロラド州デンバー ●vsニック 不戦敗、王座移動。
となり、ハンセンはベルトを失いました。
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