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2021年01月13日21:59

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週プロ流智美あの日あの時予想2020年総括(7)

第123戦 2月19日発売号○ミル・マスカラス初来日第1戦vs星野勘太郎(71年日本プロレス後楽園ホール)【参考】2014年2月19日発売号は「プロレスの日」日本初のプロレス国際試合、力道山&木村政彦組vsベン&マイクのシャープ兄弟(54年日本プロレス蔵前国技館)

【解説】この年7戦目にしてようやく片目が開きました。週プロの全身、プロレス誌、プロレス&ボクシングよりもゴング向けのネタであり、果たして流さんが予想するかどうか半々位のイメージでしたが、ここは躊躇せずに予想。

マスカラスは本名アラン・ロドリゲス、42年7月15日メキシコ出身(38年生まれ説もあり)、65年にプロレス入りし、68年にアメリカ西海岸ロサンゼルスに出現、伝説となった「ドロップキック22連発」で話題を集め、同年6月にはアメリカス・ヘビー級王座を獲得。東スポの桜井康雄記者がロサンゼルスから送られて来たマスカラスの連続写真を見て衝撃を受け、弟分にあたるゴング編集長、竹内宏介にその存在を教えました。 

マスカラスの写真に魅了された竹内氏はゴング誌上でマスカラスを大特集、「マスカラスのゴングか、ゴングのマスカラスか」と言われた程その編集方針は徹底していました。

69年8月15日には後に全日本プロレスのリングで宿命のライバルとなるザ・デストロイヤーとアメリカス王座を賭けて対戦し1−1から両者リングアウトの引き分けでタイトル防衛。同年11月21日、日本プロレスヘの初来日を控えたドリー・ファンク・ジュニアがロスに登場、マスカラスの挑戦を受け、1−1から60分時間切れ引き分け、日本でも力道山、豊登、馬場のライバルとして知られるデストロイヤーとNWA世界王者ドリーの互角の闘いをしたことで実力的にもトップクラスであることを証明しました。

ゴングではこれらのマスカラスの海外でのビッグマッチをカラーグラビアで特集する増刊号「プロレス写真画報」を発売してフォローしこの増刊が69年12月15日に創刊された「別冊ゴング」となった訳です。

翌70年にはテキサス州ダラスのフリッツ・フォン・エリックが主宰する「エリック王国」ビッグタイム・レスリング(後のワールドクラス・レスリング)で試合をし、71年2月の日本プロレス「ダイナミック・ビッグ・シリーズ」に初来日。

来日第1戦はメキシコ遠征経験のある星野勘太郎とのシングルマッチが組まれ、13分35秒、ダイビング・ボディアタックからの体固めで快勝。星野はマスカラスの良さを全て引き出す名ジョバーぶりを見せ、マスカラスの初来日第1戦が強いインパクトを観客に与え後世に語り継がれる試合となりました。

このシリーズ、マスカラスは2月20日、大阪府立体育会館でダグ・ギルバート(ザ・プロフェッショナル、後にW☆INGに来日した選手とは別人)と組んで猪木&吉村道明組の保持するアジア・タッグ王座に挑戦、(2−1で負け)3月2日、蔵前国技館ではスパイロス・アリオンと組んで馬場&猪木組のインターナショナル・タッグ王座に挑戦(2−1で負け)、3月6日、前橋・群馬県スポーツセンターでは猪木とノンタイトル60分3本勝負で対戦、1−1からリングアウト負け。 

馬場とのシングルマッチは実現しないまま終わりましたがエース格の扱いでした。

※対戦成績は123戦25勝98敗、勝率203。
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