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2021年01月09日22:42

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週プロ流智美あの日あの時予想2020年総括(3)

第119戦 1月22日発売号●【予想】馬場、ブルーザー・ブロディに国内初フォール勝ちでPWFヘビー級王座を防衛。(80年全日本プロレス長野・諏訪湖スポーツセンター)【正解】鶴田&ザ・グレート・カブキ組vsテリー・ゴディ&マイケル・ヘイズ組(84年全日本プロレス東村山市民スポーツセンター)【参考】2014年1月22日発売号はアジア・タッグ選手権試合、高千穂明久&サムソン・クツワダ組vsザ・クルセーダーズ1&2号組(77年全日本プロレス津市体育館)

【解説】予想、正解、参考いずれも全日本プロレスネタ。というのも1月22日前後というのは「新春ジャイアント・シリーズ」最終戦をこの近辺に持ってくることが多かったからだと思います。

「未だ見ぬ強豪」超獣ブルーザー・ブロディは水面下で全日本プロレスと新日本プロレスが激しい争奪戦を展開した結果、ブロディの優先ブッキング権を持っていたフリッツ・フォン・エリックのラインから全日本プロレスが獲得、79年1月の新春ジャイアント・シリーズに初来日。

テレビ初登場となった1月3日、後楽園ホールでは10人参加のバトルロイヤルで中堅どころを相手にほぼ1人で闘って優勝、本戦ではキム・ドクをキングコング・ニードロップからの体固めで破り完勝。

1月5日、川崎市体育館ではこのシリーズで大きな影響を受けたキング・イヤウケアと組んで馬場&ザ・デストロイヤー組と対戦、馬場の巨体をアトミック・ドロップで叩きつけておいてからキングコング・ニードロップでフォール勝ちを奪い、大きなインパクトを与えました。(45分1本勝負)

馬場とのシングルマッチはシリーズ最終戦、1月29日、大阪府立体育会館で実現しましたが、9分49秒、馬場の反則勝ちに終わり、ブロディは初来日のシリーズをノーフォールで帰国。

1年後の80年、新春ジャイアント・シリーズにブロディが再来日、最終戦の諏訪湖スポーツセンターで馬場のPWFヘビー級王座に初挑戦。

1本目は6分24秒、チェーンで馬場の首を絞めたブロディがアトミック・ドロップからキングコング・ニードロップを決めて体固め。2本目は4分8秒、またもチェーンを使って馬場の首を絞め続けたブロディが反則負け。決勝の3本目は1分55秒、ブロディが持ち出した椅子を奪った馬場がブロディの脳天を一撃し、コーナーポスト最上段からのダイビング・ボディアタックを決めて体固め。2−1で馬場が2度目の王座防衛を果たし、国内で初のピンフォール負けを許しました。

ブロディはこの時はまだ、エゴイズムを全面に出すタイプではなかったです。ブロディの第一次全日本プロレス参戦時代(79年1月〜85年3月)のフォール負けは他に同年8月7日、後楽園ホールでの鶴田とのUNヘビー級選手権試合の3本勝負の内の1本、(1−1から両者リングアウト)、81年4月23日、大阪府立体育会館での馬場との第9回チャンピオン・カーニバル最終公式戦で8分11秒、フライング・ボディシザースドロップからの体固めに一本負け。同年10月3日、富山市体育館での馬場とのPWFヘビー級選手権試合の3本勝負の内の1本(1−1から両者リングアウト)の4回のみ。

81年4月23日の第9回チャンピオン・カーニバルでの負けは4日後の4月27日、愛知県体育館での復活インターナショナル・ヘビー級王座決定トーナメント準決勝で同一カードが組まれ、大阪より短い5分59秒、ブロディがキングコング・ニードロップからの体固めで馬場を倒し、星を返していますから実質的にはイーブンです。

新日本プロレス移籍後(85年4〜12月、86年9月)は猪木にもフォール負けは許さず、第二次全日本プロレス時代(87年10月〜88年4月)では88年4月19日、仙台・宮城県スポーツセンターで、3月27日、日本武道館で鶴田を破りインターナショナル・ヘビー級王座を獲得、谷津嘉章、天龍と2度の防衛に成功した後、鶴田のリターンマッチを受け、20分34秒、バックドロップからの体固めに敗れ王座を明け渡した時、全部で5回しかありません。それを考えると貴重なブロディのフォール負けだったと思います。

テキサス州ダラスの「エリック王国」で80年代に入り新しい風をリング内に吹き込んだのはテリー・ゴディ&マイケル・ヘイズ、プレーイング・マネージャーのバディ・ロバーツを加えたザ・ファビュラス・フリーバーズ。

日本マット界との接点は82年2月28日、ジョージア州アトランタ・オムニセンターでの馬場、鶴田、天龍の海外遠征シリーズでゴディが馬場のPWFヘビー級王座に挑戦、11分47秒、馬場の河津落としからの体固めに敗れたのが最初です。14歳で初マットを踏んだとされるゴディの巨体とレスリングセンスに惚れ込んだ馬場は、翌83年8月の「スーパー・パワー・シリーズ」にゴディを単発で初来日させました。

8月31日、蔵前国技館でのテリー・ファンク引退試合(&ドリー・ファンク・ジュニアとのザ・ファンクスvsスタン・ハンセン&ゴディ組)にハンセンのパートナーに抜擢、12分35秒、テリー・ファンクがゴディをコーナーポスト最上段からのダイビング・ローリング・クラッチホールドでフォール。馬場の期待に応える大仕事をやってのけました。

ゴディ2度目の来日が84年の新春ジャイアント・シリーズ。この時ゴディはパートナーであるヘイズとのフリーバーズで来日しています。シリーズ前半の1月10日、室蘭市体育館大会から特別参加したフリーバーズは第1戦で天龍&石川敬士組と対戦、ゴディが石川を強烈なパワーボムでフォールしています。

1月20日、後楽園ホールでフリーバーズは馬場&鶴田組の保持していたインターナショナル・タッグ王座に挑戦、17分14秒、リングアウト勝ちで馬場&鶴田組が2度目の王座防衛を果たしました。

シリーズ最終戦となった1月22日、東村山市民スポーツセンターでフリーバーズは鶴田&「東洋の神秘」ザ・グレート・カブキ組と対戦、コーナーポストに昇ったゴディにカブキがしたから毒霧を吹き付けてゴディは場外に転落、13分2秒、カブキがゴディにリングアウト勝ちを収めています。

カブキとフリーバーズは同じテキサス州ダラスのエリック王国で仕事をしており、ヒール同士だったので対戦はありませんでしたが、お互いの持ち味を理解しており、アメプロの醍醐味を感じさせ、ゴディが先輩であるカブキを引き立てた試合だったと言えます。

※対戦成績は119戦24勝95敗。勝率202。
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