ハッスル初の試みとなった「ハッスルGP2008」は08年10月26日、「モンスターK」川田利明の地元である栃木県宇都宮市清原体育館(サムライTV収録、観衆3,826人超満員発表)の大観衆を集めて行われ、川田が坂田亘を22分56秒、パワーボムからのエビ固めで破り優勝を果たしました。私はこの興行は生観戦しています。
この日、現在「スターダム」で活躍中のドンナ・デル・モンドのリーダーでありゲームメーカーと言える「モノが違う女」朱里がKG(カラテガール)のリングネームでデビュー。
10月16日、後楽園ホールでまずビジョンでレイザーラモンHGが常連客として通うお笑い芸人、ほんこんのおやっさんが経営する喫茶店「ともだち」でバイトをしている娘として登場、HGを心から尊敬している空手少女という設定、しかし、高田モンスター軍の目に止まってしまい、リング上で蹂躙されてしまい、HGに救出されました。
高田モンスター軍にリベンジを果たすべくHG&RGと組んで鬼蜘蛛&モンスター℃&栃木のご当地モンスター、ザ・キヌガワン・ピラニアン・モンスター組と対戦、13分20秒、HGがスーパー69ドライバー(ツームストン・パイルドライバー)からピラニアンを片エビ固めで降しデビュー戦を勝利で飾りました。
この日のセミハッスルでは03年12月31日、格闘技ブームの真っ只中、大晦日民法格闘技戦争(日本テレビが猪木ボンバイエ、TBSがK−1Dynamite!!、フジテレビがPRIDE男祭り)ののうちK−1Dynamite!!(大阪ドーム、現京セラドーム大阪)の超目玉カード、瞬間最大視聴率43.3%を弾き出した曙vsボブ・サップの再現、ボノちゃんとサップのシングルマッチが行われ、4分44秒、ボノちゃんがボノちゃんフリップ(サモアン・スープレックス)からの体固めでフォール勝ちしています。
08年12月30日には有明コロシアムで「ハッスル祭り2008」が行われ、川田&高田総統の悪の化身、エスペランサー・ザ・グレート組とボノちゃんの父親とされるグレート・ムタ&ボノちゃん組の試合でキックに来たエスペランサー・ザ・グレートの蹴り足を捉えたムタがドラゴンスクリューからの足4の字固めを見せて化身同士ながら、95年10月9日、東京ドームでの新日本プロレスvsUWFインターナショナル全面戦争での「あの」シーンを再現してみせました。
ムタは花道にあった魔界の入口からエスペランサー・ザ・グレートを道連れにして魔界へ連れ去って無理心中となりました。この大会もテレビ東京が当日深夜枠にて2年連続放送、他には故・林家三平の娘、泰葉が参戦しアン・ジョー司令長官を「回転海老名固め」で破っています。
母ニューリン様(08年5月24日、有明コロシアムで降板)に続き、父ムタも失ったボノちゃんですが、09年1月のハッスル新シリーズより、成長して「ボノくん」に改名、ハッスル大将、天龍源一郎からハッスル軍新キャプテンに命名されました。
ハッスル最後の横浜文化体育館大会となったのが09年5月4日「横浜港開港150周年記念 ハッスルツアー2009 in YOKOHAMA 」(サムライTV収録、観衆5,150人超満員発表)として開催されました。私はこの興行も生観戦しましたがこの日の集客を見る限りまだまだハッスル人気は衰えず、と感じましたが…。
第1ハッスル、TAJIRI&開国仮面&KG組とレイ大原(大原はじめ)&小路二等兵(小路晃)&鎖国仮面組は9分43秒、開国仮面が鎖国仮面を文明開化(フェニックス・スプラッシュ)からの片エビ固めでフォール。
第2ハッスル、「モンスターK」川田とザ・グレート・サスケのシングルマッチは2月19日に常磐線で起きた「サスケ写メール暴行事件」(常磐線内でサスケが一般人を盗撮されたとして暴行を加えた事件)禊ぎマッチとして行われ、5分44秒、川田がパワーボムからのエビ固めで勝利。敗れたサスケは試合後に「禊ぎ撮影会」を行っています。
第3ハッスル、坂田vsパンチ・ド・C(志賀賢太郎)は6分35秒、坂田がスーパーキック2009からの片エビ固めでパンチ撃破しました。
セミハッスル、この年からハッスル軍入りした元ドラゴンゲートのマグナムTOKYOと高田モンスター軍に捕まり改造されたモンスターHGとのシングルマッチ、16分20秒、「絶縁」(側頭部ヘのハイキック)からの片エビ固めでマグナムが勝ちました。勝ったマグナムは高田総統に「最終決戦」を申入れ。
メインハッスル、ボノくん&越中詩郎&RG組vsカウボーイ・ランス・ケイド&レネ・ボナパルト(デュプリ)&フランソワーズ組の6人タッグマッチはフランソワーズ(大阪プロレスでガンマのマネージャーをしていたフランソワーズ・ヒロタ)にパンティーを頭から被せられる逆セクハラ攻撃を受けてトラウマになっていた(少年という設定)ボノくんが、またもやフランソワーズにパンティーを頭から被せられましたがこれを克服し、12分10秒、ボノくんスプラッシュからの体固めでフランソワーズをフォール。
7月26日、両国国技館で行われた「ハッスルエイド2009」で高田総統の繰り出した最終兵器、エスペランサー・ザ・ゴッドをシューティングスター・プレスで破り「アルマゲドン」に勝ったマグナムに対し、高田総統が敗北を認め握手、大団円を迎えようとしたところ、竹内力の双子の弟で「ハッスルを破壊しに来た」RIKIのレーザー砲で高田総統は最後を迎えました。
主役である高田総統が降板したことで急激にトーンダウンしたハッスルですが、09年に入ってから週刊誌にギャラ未払い問題が書かれ、「高田総統劇場」でも「お前ら、未払いないのか?」と自虐ネタを披露していました。主力スポンサーだった享楽がスポンサードから撤退したのがトドメとなった訳ですが、08年頃よりハッスルのスポンサーに付き、「ハッスルどライブ」という、自動車教習所を利用しての音楽ライブイベントをタイアップで行ってきた動産コンサルティングのクオンタム・ジャンプジャパン株式会社(酒井正和代表)がハッスル救済に名乗りを上げ、10月10日、両国国技館でハッスル新章「ハッスルジハード」を開催。
ハッスル軍vsRIKI軍団の新しい抗争が始まり、RIKI軍団は長州力を投入しましたが、両国大会は不入りに終わりました。酒井代表はハッスル支援の為に12月25日、両国国技館で「ハッスルマニア2009」の開催をリング上でぶち上げたものの、ハッスルは高田総統の為にあったイベントのようなもので、観客の反応は冷ややかなもの。
ハッスルエンターテインメントの山口日昇代表が債権者からの督促を怖れて姿を見せなくなり、予定されていた10月29日、後楽園ホール大会は中止に。5階入口前でKG、大原はじめ等選手が机を出して既に発売してあった前売券の払戻対応に追われており、選手は、払戻に訪れた客一人一人に丁寧に対応していました。
選手が悪くないことは明らかでほとんどの客は温かい言葉をかけていましたが自分は雲隠れして選手を矢面にたたせるのは山口代表の経営者としての資質が問われました。山口代表は本業はライターであり、編集者ですから、面白いブックを書くのは得意でも、運転資金を集めて来るのが代表の仕事であり、それには向いていなかったということです。
酒井代表の肝いりで開催を発表した両国大会はギリギリまで引っ張った揚げ句、中止に。ハッスルは約6年の歴史に幕を閉じました。功罪半ばといった印象はありますが、日本プロレス界では根付かなかったエンターテインメント路線を成功させた部分とKUSHIDA、朱里(KG)、大原はじめという優秀な人材を輩出したことは高く評価されていいと思います。
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