08年6月14日から12年3月10日まで3年9か月もの長きに亘り、横浜文化体育館での興行開催を行って来なかったプロレスリング・ノアですが、当時は有明コロシアム大会でさえ2階スタンド席の上は開放出来ず、集客には苦労していた時期であり、横浜文体のキャパは手頃だったか、12年はもう一回、秋にも興行を開催しています。
10月8日「GREAT VOYAGE12 in Yokohama Vol2」(テレビ収録、観衆3,200人満員発表)として開催されました。メインイベントはGHCヘビー級選手権試合、王者森嶋猛に秋山準が挑戦。21分11秒、バックドロップ2連発からの片エビ固めで森嶋が秋山をマットに沈め、8度目の王座防衛に成功しています。この頃の森嶋は試合後のマイクで「やる気、元気、モリシ!ドントストップだ、このヤロー!」とアピールしていました。
セミファイナルは7月22日、両国国技館大会でTNAサモア・ジョー&マグナス組の手に渡ったGHCタッグ王座にノーマーシー、KENTA&マイバッハ谷口組が挑戦。16分21秒、KENTAがマグナスを「GAME OVER」(変型STF)でギブアップさせてベルト移動。KENTA&谷口組が新王者になっています。
7月22日の両国国技館では旗揚げメンバーで元GHCヘビー級、同タッグ王者の力皇猛が慢性化した頚椎ヘルニアから回復せず、引退セレモニーが行われました。
ちなみにマグナスは日本ではほとんど馴染みがないレスラーですが、ブラザー・レイ&ディーボンのチーム3D(ダッドリー・ボーイズ)が新日本プロレスでIWGPタッグ王座を獲得してベルトをアメリカに持ち帰った時、ブルータス・マグナスのリングネームで09年7月、TNAのフロリダ州オーランド・ユニバーサルスタジオでのTV収録マッチでノアにレギュラー参戦していたダグ・ウィリアムスと組んでチーム3Dを破り短期間ながらIWGPタッグ王者だった時期もあり、日本を主戦場にしていない外国人レスラーながら両団体の看板タッグベルトを巻いた稀有な選手です。
TNAは他にも全日本プロレス、13年に全日本から分裂して旗揚げされたWRESTLE−1にも選手を送っており、ギャラさえ折り合えば基本的には全方位外交でした。
セミ前に組まれたのはGHCジュニア・ヘビー級タッグ選手権試合、王者チームスペル・クレイジー&リッキー・マルビン組に石森太二&大阪プロレスから移籍して来た小峠篤司組が挑戦、12分14秒、ソルプレッサでクレイジーが小峠を破り王座防衛に成功しています。
ノアvsZERO1対抗戦4番勝負、こちらは試合が行われた順に列挙していきますが、第1戦目はノア鈴木鼓太郎&青木篤志組とZERO1日高郁人&クレイグ・クラシック組。6分34秒、青木が腕ひしぎ逆十字固めでZERO1外国人留学生のクレイグをギブアップさせてキャリアの差を見せつけてノアの先勝。第2戦目、ノア潮崎豪とZERO1崔領二のシングルマッチは15分32秒、ゴーフラッシャーからの体固めで潮崎が勝ち、ノアの連勝。
第3戦、ノア杉浦貴vsZERO1橋本大地、大地は05年7月11日に脳幹出血の為40歳で亡くなった橋本真也の長男で11年3月6日、ZERO1両国国技館大会の蝶野正洋戦でデビュー、まだキャリア1年半であり杉浦の敵ではなく6分45秒に杉浦がフロント・ネックロックによるレフェリーストップ勝ち。ノア3連勝で対抗戦の勝ち越しが決定。大将戦にあたる第4戦、ノア丸藤正道vsZERO1佐藤耕平の一戦は耕平が丸藤の変幻自在な攻撃を得意のニーリフトで完封、11分7秒、ジャーマン・スープレックスホールドで耕平が勝利を収めて対抗戦はノアの3勝1敗でしたが、実績では遥かに上の丸藤の敗戦はノアにとっては痛手でした。
ノーマーシー、高山善廣&平柳玄藩組とダイヤモンド・リング、佐々木健介&宮原健斗組。ノーマーシーではリーダー、KENTAを立てて脇役に徹している高山でしたが、この日は8分27秒、宮原のジャーマン・スープレックスホールドが平柳に決まり、ダイヤモンド・リングに軍配が上がっています。
外国人留学生チーム同士の対決、マイキー・ニコルス&シェイン・ヘイスト組のTMDKとGHCタイトル管理委員に就任したケビン・フォン・エリックの息子、「鉄の爪三世」ロス&マーシャル・フォン・エリック組の一戦は6分56秒、シェインがダブルタップ(合体式DDT)からの片エビ固めでロスを破りTMDKの勝利。
第1試合は金丸義信が今や新日本プロレスでヘビー級のトップに君臨しているザック・セイバーJrを5分4秒、逆さ押さえ込みでフォールしています。
三沢光晴亡き後、苦しい状況ながら新体制が軌道に乗りつつあったノアですが、12年末に再び激震に見舞われます。欠場中だった小橋と秋山、潮崎、金丸、鼓太郎、青木がノア退団を発表しました。
ログインしてコメントを確認・投稿する