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2020年11月29日21:50

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ありがとう!横浜文化体育館(82)

00年代前半はプロレスリング・ノアにとっては躍進の時期であり、業界最大手の新日本プロレスが橋本真也、武藤敬司と言った90年代のドーム興行を成功させてきたスーパースター達が相次いで退団、橋本はZERO1を旗揚げし武藤は全日本プロレスに移籍して代表取締役に就任。

手薄になったところ、総合格闘技ブームが起き、新日本の選手も猪木の介入により格闘技戦に駆り出されては惨敗を喫し、ストロングスタイルの看板が揺れ動きました。いわゆる「暗黒時代」へと突入しています。

そんな中、小橋建太の復帰もあってノアは勢いを増し、03年には年頭の1月10日から日本武道館大会を開催、三沢光晴&前年新日本プロレスの東京ドーム大会で三沢と対戦した蝶野正洋組vs小橋&田上明組が組まれ、小橋がリアル・ブレーンバスター(垂直落下式ブレーンバスター)でGHCヘビー級王者の三沢を倒してベルトに挑戦宣言。

また、GHCタッグ王者チームに返り咲いた秋山準&齋藤彰俊組はZERO1の大谷晋二郎&田中将斗組の「炎武連夢」を降し王座防衛。

3月1日、日本武道館では三沢と小橋のGHCヘビー級選手権試合が行われ、三沢が小橋を花道から場外へ投げる危険な投げ捨てジャーマンを見せて観客の度肝を抜き、試合は33分28秒、小橋がバーニング・ハンマーで三沢をフォールし、ベルト移動。故障に悩まされた小橋の時代がようやくノアにやって来ました。が、一方でリング上の闘いはさらに過激に危険度を増していきました。

なお、ラッシャー木村はこの日の日本武道館大会が結果的には最後の試合となってしまいました。

この日は関東地区はプロレス・格闘技興行戦争となり、ノアの日本武道館と前02年に新日本プロレスを退団した長州力が旗揚げしたWJの旗揚げ興行が横浜アリーナで、「K1 WORLD MAX」が有明コロシアムで開催、冷たい雨の降る寒い土曜日でしたが、プロレス・格闘技界は盛況を極めました。

5月2日にはGHCヘビー級王者小橋が新日本プロレスの東京ドーム大会に参戦、蝶野をハーフネルソン・スープレックス6連発からの豪腕ラリアットでマットに沈めて王座防衛。

7月にはGHC4番目のベルト、GHCジュニア・ヘビー級タッグ王座が新設され、7月16日、大阪府立体育会館で行われた初代王座決定トーナメント決勝では丸藤正道&KENTA組の「丸KEN」が獣神サンダー・ライガー(新日本プロレス)&村浜武洋(大阪プロレス)組を破り初代王者チームとなりました。(もう一つ、04年に秋山が作った「白GHC」ことグローバル・ハードコアクラウン王座がある)

この年のノアの横浜文化体育館大会は12月6日、「Navigation Uprising Sprint03」最終戦(テレビ収録、観衆4,500人超満員発表)が開催されています。

メインイベントはGHCタッグ選手権試合、11月30日、札幌・北海道立総合体育センターで秋山&彰俊組を破って新王者となった新日本プロレスの永田裕志&棚橋弘至組が森嶋猛&力皇猛組のWILD�兇猟�戦を受けての初防衛戦、28分34秒、永田がナガタロック�靴膿硬茲�らレフェリーストップ勝ちを収め、永田&棚橋組が王座初防衛に成功。前年のIWGPジュニア・タッグ王座とは逆パターンでノアの至宝であるGHCタッグベルトは新日本プロレスへ流失したまま越年となりました。

セミファイナルは三沢と越中詩郎の19年ぶりのシングルマッチ。この日記を御覧下さっている皆様は三沢と越中の全日本プロレス若手時代からの繫がりはご存知と思います。

83年4月22日、全日本プロレス札幌中島体育センターで行われたルー・テーズ杯争奪リーグ戦優勝決定戦で両者は対決、約3年先輩にあたる越中が勝って優勝。優勝した越中と準優勝の三沢は翌84年3月、揃ってメキシコに修行に出発しましたが、2代目タイガーマスクを全日本でデビューさせるプランが持ち上がり、三沢は4か月で帰国。

残された越中は一人メキシコで孤軍奮闘していましたが、翌85年、前年に長州力以下ジャパンプロレス勢の大量離脱により日本人選手が手薄となった新日本プロレスの坂口征二副社長にロサンゼルスで会って口説き落とされて新日本プロレスに参戦。

最初はスタイルの違いからか苦労していたものの、86年2月にはザ・コブラを破って初代IWGPジュニア・ヘビー級王者となり、UWFから戻って来た高田伸彦というライバルを得てからは水を得た魚のように活き活きとして大活躍。92年に結成された反選手会同盟(平成維震軍)のリーダーとして天龍源一郎率いるWARに乗り込みました。

平成維震軍は99年に解散となりましたが越中は新日本本隊の重鎮として活躍、リング上では長い間敵対関係にありましたが、現場監督である長州力の信頼は厚く、その流れから02年に新日本を退団した長州と永島勝司取締役が03年に旗揚げしたWJに移籍。(ノアを退団した大森隆男も参戦)

しかしWJは内部のゴタゴタや資金繰り破綻もあり、旗揚げし半年後にはほぼ団体として機能しなくなっており、フリーとなった越中は11月1日、ノア日本武道館のリングに姿を現し、三沢に対戦表明。三沢も受けて立ちました。

両者のシングルマッチは全日本プロレス時代、2人がメキシコ修行に出る直前の84年2月23日、蔵前国技館で6分31秒、エビ固めで越中が勝って以来19年10か月ぶり。越中は三沢戦用に開発した新技「侍ドライバー84」を見せましたが勝利には至らず、18分39秒、エメラルド・フロウジョンからの体固めで越中を退け、現在の「立ち位置の違い」を見せつけました。

セミ前に組まれたのはGHCヘビー級王者、小橋建太とバトラーツ活動休止後、池田大輔のルートでノアに入団したモハメドヨネのシングルマッチ、11分20秒、小橋がリアル・ブレーンバスター(垂直落下式ブレーンバスター)からの体固めで貫禄勝ち。

小川良成&スコーピオ&リチャード・スリンガー組vs高山善廣&佐野巧真&杉浦貴組の6人タッグマッチは13分29秒、佐野がスリンガーをノーザンライト・ボムからの体固めで破りました。

秋山率いるスターネスが1日限定マスクマントリオで出場、SHURA(秋山)&DEATH(彰俊)&レイ・マルテリオ(金丸義信)組とマイケル・モデスト&ダグ・ウィリアムス&エース・スティール組の6人タッグマッチは13分56秒、DEATHがスティールをスイクルデス(延髄斬り)からの片エビ固めで撃破。

丸藤&KENTA&鈴木鼓太郎組と菊地毅&百田光雄&橋誠組の6人タッグマッチは13分52秒、菊地が鼓太郎を火の玉ボムからの片エビ固めで破り、田上明&池田組と本田多聞&井上雅央組は15分14秒、池田がデスバレー・ボムからの体固めで雅央からフォール勝ち。

第1試合は川畑輝鎮&青柳政司組と泉田純の変身である土曜日限定怪奇派ペイントレスラー、IZU&マーク・ゴディカー組は10分42秒、IZUが川畑を不入ドム(変型アゴ砕き)からの体固めで破っています。

ノアトップ外国人だったベイダーは1月シリーズを負傷を理由に途中帰国していますが実際は地方で観客で来ていた反社会的勢力とトラブルを起こし怪我を負わせ、宿泊先のホテルに乗り込まれて、全身に切り傷を負って警察沙汰になり、強制帰国。以後ノアのリングからはフェードアウト、6月にWJのエージェントだったタイガー服部のルートでWJに来日しています。

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