この連載では何度も書いておりますが、97年8月に表面化した女子プロレス団体の老舗であり業界最大手だった全日本女子プロレスの経営悪化から、離脱した選手、フロントにより2つの団体が98年年頭に相次いで旗揚げしています。
先行して1月9日に後楽園ホールで旗揚げ興行を行ったのは篠泰樹が代表を務めるネオ・レディース(法人名新日本女子プロレス)で井上京子をエースに下田美馬、三田英津子、チャパリータASARI、元気美佐恵、田村欣子、タニー・マウス、椎名由香、遠藤信江(紗矢)らが参加。
続いて2月18日、後楽園ホールで旗揚げ興行を開催したのが全女広報だったロッシー小川こと小川宏が代表となったアルシオン。所属選手は吉田万里子、玉田凜映(りえ)、府川唯未(由美)が全女からの移籍組でJWPを引退していたキャンディー奥津、矢樹広弓(フリー)LLPWから二上美紀子(GAMI)、大向美智子を引き抜きました。
アジャ・コングは所属とはならず、フリーとして「ファイティング・プロデューサー」という肩書きで参加しています。他にレフェリーは村山大値、リングアナウンサーに沖田佳也(オッキー)、広報は全女を引退していた長谷川咲恵が担当、フロントも元全女の人材が集まりました。
アルシオンはプロレスラーを「ハイパー・ビジュアル・ファイター」と呼び、選手にライセンスナンバーを付け、選手入場式には当時流行のファッションブランド「BADBOY」のユニホームを着用して入場するなど、まず外観を変えて新しい時代の女子プロレスをアピールしました。
興行用ポスターには選手が「手ブラ」をしている上半身裸のバストアップ写真を使用してインパクトを与え、男性ファンをターゲットとするマーケティング戦略を駆使。7月に秋野美佳、8月にはグラン浜田の四女・浜田文子の生え抜き新人がデビューしています。
アルシオン初の横浜文化体育館大会は旗揚げイヤーの年末、12月18日に「HYPER VISUAL FIGHTING CARNIVAL ARSION98」として団体初のビッグマッチを開催しましたが観客は1,650人発表と年末の平日の金曜日開催ということを考慮しても厳しい客入りとなりました。
メインイベントは新設された団体の看板シングルタイトル、クイーンオブ・アルシオン初代王座決定戦(30分1本勝負)。アルシオンではタイトル戦は30分1本勝負、通常の試合は15〜20分1本勝負を原則とし、ロングマッチになりがちな女子の試合にスピード感とメリハリを打ち出すのに成功しています。
初代王座決定戦を争ったのは吉田と奥津で、全女時代には「万里(マリ)ポーサ殺法」と呼ばれ、ルチャリブレ的な試合ぶりだった吉田は脂肪を削ぎ落として肉体改造に成功、シックスパックに割れた腹筋が見える黒蜘蛛をモチーフとしたコスチュームに変身、サブミッションファイターに生まれ変わっています。試合は16分5秒、吉田が蜘蛛絡み(変型スリーパー)で奥津を破り初代王者の座に就きました。
セミファイナルはアジャと浜田の一騎討ち。(15分1本勝負)デビューしてまだ4か月の浜田にはアジャは高すぎる壁、善戦健闘空しく13分32秒、裏拳からの片エビ固めに轟沈。後1分半弱粘れば時間切れに持ち込めましたが、アジャが浜田の持ち味を引き出したと考えるのが妥当でしょう。
セミ前に組まれたのはバーリ・トゥードマッチ「ワールド・フリーファイト」レジー・ベネットとロシアのロジーナ・イリーナの対戦。両者はこれより2年前の96年8月13日、全女日本武道館で行われた「ディスカバー・ニューヒロイン〜真夏の夜の武道館」でディスカバー・ニューヒロイン・タッグトーナメントと並行して行われたアルティメットファイトの「U☆TOPトーナメント」準決勝で対戦しロジーナが9分47秒、裏十字固めでギブアップ勝ちを奪っています。
U☆TOPトーナメントはライオネス飛鳥をV1クロス・アームロックで破って決勝に進出して来た堀田祐美子とロジーナが対戦し、腕ひしぎ逆十字固めでロジーナが勝って優勝を果たしています。
レジーにとってはリベンジマッチとなりましたがロジーナの壁は厚く、6分49秒にアームロックが決まり、レジーは意地でもタップしませんでしたがレフェリーストップがかかり、TKO負けで返り討ちに遭ってしまいました。
12月7日、後楽園ホールでの新設されたタッグ王座、ツインスターオブ・アルシオン初代王座決定リーグ戦の優勝決定戦でタイガー・ドリーム(奥津)&浜田組を破って初代王者チームとなった玉田&矢樹組はこの日、大向&府川組と初防衛戦を行い、12分17秒、玉田が大向をフルネルソン・スープレックスホールドでフォール。初防衛に成功しています。
女子キックボクシングの試合が組まれ、(3分3ラウンド)三井綾が中沢夏美に3回45秒、左ハイキックでKO勝ちを収めました。
ワールド・フリーファイト、二上が韓国のチィ・ウンジュ(DEEP JEWELSで活躍しているチェ・ウンジ、女優のチェ・ウンジュとは別人)を7分51秒、足首固めでギブアップさせました。
ブラジリアン柔術のエキシビションマッチ(5分)が行われ、佐藤愛香がSAYAに時間切れ判定勝ち。第1試合はマリー&ファビー・アパッチェ&秋野組とレディー・メタル&エステル・モレノ&ジェシー・ベネット(バイオニックJ)組のルチャリブレ色の強い6人タッグマッチは8分58秒、秋野がメタルを腕ひしぎ逆十字固めでギブアップさせています。
ほぼ同時期に旗揚げしたネオ・レディースが利害関係一致で古巣全女、Jd’等他団体と交流戦を行っていたのに対し、アルシオンは鎖国政策を取り、純血興行に拘りましたが、横浜文体クラスのビッグマッチではバーリ・トゥードやキックボクシング等の試合を入れないと試合数が多く組めなかったのが現実でした。
ネオ・レディースは00年には早くも篠社長が退陣して運営会社が代わりNEO女子プロレスとなりました。アルシオンも01年にエースに成長していた浜田が退団、フリー(新間事務所預り)としてガイアジャパンに参戦した以降、観客動員が低下、02年5月11日、有明コロシアムで開催されたビッグマッチのスポンサーが雲隠れしてしまい、アテにしていたスポンサード収入数百万円が入って来なかったことが致命傷となり資金繰りに窮して活動休止。
全女を退団していた堀田がプロデューサーとなった「メジャー女子プロレスAtoZ」に選手の大半が移籍。代表のロッシーは一時期、Jd’の後継団体となったJDスターのスタッフとして働き、法的整理も行って全て失いましたが11年1月に新団体「スターダム」を旗揚げ。
スターダムは19年、ブシロードグループの傘下に入り、今や女子プロレス業界では一人勝ち状態。来年21年3月3日には日本武道館に進出も決定。女子プロレスが日本武道館で興行を行うのは前出の真夏の夜の武道館以来実に25年ぶりの快挙となります。
現在ロッシーはGMとして活躍。スターダムの源流は紛れもなくアルシオンにあり、ロッシーがアルシオンでトライしていたビジネスモデルは今でもスターダムに受け継がれています。
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